十五個の恋人アクション、初めてのメール
「…………めんどくさ」
碧さんと別れて帰宅したおれは自室で頭を抱えていた。
付き合う前にお試し期間が欲しいというのはわかる。おれだって付き合うのは初めてで右も左もわからない。
なにをしていいかわからないというのもわかる。でもそれをガチャアプリで決めるってどうなんだ。そういう時にどんなアクションをとるかで「お試し」ができるんじゃないのか?
恋って面倒くさいんだな。
「ウソ告なんだし、適当に付き合って別れればいいんだよな」
ベッドに横になり、先ほどインストールしたばかりのアプリを立ち上げた。『恋人アプリ』というもので、ピンクを基調とした画面に黄緑や水色といった蛍光色のボタンが配されている。見ているだけで気持ち悪くなりそうだ。元々おれは設定をあれこれいじってみるタイプではないので、気色悪いボタンは全部スルーして碧さんに指示された画面だけを開いてみる。十五個の入力項目が現れた。
碧さんと決めた条件がいくつかある。
一、十五個の恋人アクションと排出率を設定する
二、お互いが設定したものは見られない
三、排出率は合計が百になるように設定する
四、毎日の放課後にガチャを回してその後のアクションを決定する
問題はこのアクションだ。あまり難易度の高いものを選んでしまうと大変なことになる。碧さんとの約束では、実行できなかったアクションは翌日に持ち越し。三日連続で実行できなかった場合はお試し期間は終了とし、アプリをアンインストールして以前と同様の関係に戻ることになっている。つまりゲームオーバーだ。
「べつにアクションは重複してもいいんだよな」
相手に見られることはないのだから、比較的簡単なアクションを十五個設定して排出率を調整したっていいのだ。碧さんだってそうしているかもしれない。
「よし」
おれはスマホを持ち直してアクションを入力しはじめた。
まずは基本、『話をする』――だけだとなんにも考えてないように思われるから『三分間話をする』にしよう。これは排出率を高めの十パーセントくらいにしておこう。
それから『昼を一緒に食べる』『勉強を教えあう』『一緒に帰る』――おぉいいぞ、どんどんアイデアが湧いてきた。
『ゲーセンに行く』『カラオケにいく』『ファミレスで食事する』『公園を散歩する』――なんだかカップルっぽくなってきたよな。
テンションが上がってきたところでふと考える。
カップルなら……『手をつなぐ』もいいよな。うん、全然おかしくない。でも排出率は低めにしておこう。
それから――……。
勢いに乗って『キス』まで書いて慌てて消した。いまはお試し期間だから、いくらなんでもそこまでは無理だ。せめて『好きだと言う』程度にしておこう。おれは実行済みだから何度でも言えるし、ガチャ結果なら碧さんも仕方なく告ってくれるだろう。
残り五つ。思い悩んでいるとピロリンとスマホが鳴った。アプリの右上にある手紙のマークが点滅しているのでクリックして開いてみた。
『こんばんは。原川 碧です』
え、碧さん?
いま気づいたけどインストールしたアプリにはメール機能もついている。
『入力いかがですか? わたしはやっと終わりました』
別れてから一時間しか経っていないのにもう入力終わったのか。早い。
『おれはあと少しで終わるよ』
慌てて返信するとすぐにピロリンと鳴った。
『良かった、明日楽しみにしているね。それから今日ちゃんと言えなかったけど、告白してもらって嬉しかった。ありがとう』
どきん、と心臓が鳴った。
こんな条件を出してくるのは本心では迷惑だったからじゃないかと思っていたんだ。
『じゃあ、おやすみなさい』
え、もう終わり? もっと話したいのに。もしかしてアクションに含まれていないから?
なんだか釈然としない気持ちになって、残りのアクションは全部『四千文字以上メールする』『一時間以上電話する』で交互に埋めたうえ排出率を高めに設定して送信した。
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