突然のメール
『晴臣がそっちに行くからヨロシク』
久しぶりに電源を入れたスマホに届いていた一通のメール。わたしは困惑していました。
相手は小山莉奈さん。家族以外でわたしのメールアドレスを知っている唯一の相手。
一年半前、引っ越しの荷造りをしていたわたしの元へ突然押しかけてきたのです。丁重にお断りしたのですが遂には泣き出してしまって、あのときも随分困りました。
結局教えたものの、もしメールの一本でも来ようものならすぐさまアドレスを変更しようと思っていたのに、あれから一年半、なにも来ませんでした。拍子抜けでした。
そして今日。
無事に卒業式を終え、帰り道のファミレスで遅いお昼をとっているときに一年半ごしの「最初のメール」が来てしまったのです。
『鴇田くんが来るってどういうことですか? いつ? どうやって? なんで?』
大慌てで文面を打って送信ボタンを押しました。
一秒も経たずにピロリン、とスマホが鳴ります。
『送信できませんでした』
(えっ?)
送信済みのメールを呼び出してアドレスを確認します。@マーク以降、特におかしなところはありません。なのでもう一度送信します。
ピロリン、また一秒とかからず鳴ります。
『送信できませんでした』
(えぇっ!?)
なぜでしょう、だって送られてきたアドレスにそのまま返信しているだけなのに。
ためしに新規メールを開いて手打ちでアドレスを入れてみることにしました。
rinachan_7_world--over_3q_……うぐぐ、英語と数字にハイフンとアンダーバーがフル活用されていて物凄く打ちにくいです。それでもなんとか打ち終えて送信ボタンまでたどり着きました。
(今度こそ)
一秒後、
『送信できませんでした』
(ええー……)
思わず机の上にぐったりと突っ伏してしまいました。
一体どんな悪意が働いてアドレスを拒んでいるのでしょう。
考えるのも面倒になってきました。
「碧ちゃんどうしたの? なんだか落ち着かないね」
ドリンクバーで入れたマグカップを手に近づいてきたのは背の高い男の人でした。青いハイネックのセーターに落ち着いた色合いのジーンズをあわせています。長い指先でわたしの前にそっと置かれたカップからはココアの甘い湯気が立ち上ります。
「ありがとうごさいます、……涼介さん」
向かいに腰かけた涼介さんは笑顔だけでお礼を受け止め、自らはブラックのコーヒーに口をつけます。
わたしもそれに倣ってマグカップに口をつけました。甘くて少し粉っぽいココアの味が口内いっぱいに広がり、ゆっくりと喉の奥へと落ちていきます。
「涼介さん、届いたばかりのメールに返信したのに送信できないことなんてあるんでしょうか」
「ん?」
「いまさっき前の学校の……友人からメールが来たんですけど、返信してもエラーが出てしまうんですよ、ほらコレ」
差し出したスマホを受け取った涼介さんはわたしと同じことを繰り返したようでした。rinachan……から始まる長いアドレスも人差し指で丁寧に打っています。でもやはり結果は同じでした。
「ダメだね。サーバー側の問題か、あるいは、向こうから拒否されているのかも」
「拒否? 一方的に送りつけてきて後は知らない、ってことですか?」
たしかに小山さんならやりかねない。
「俺は相手のことは知らないけど、なんとなく心当たりはあるんじゃないの?――この晴臣って人のことでさ」
こちらに向けられた画面とともに涼介さんの眼差しがわたしを射抜きます。
すべてを見抜かれたような気がして思わず顔を背けました。
「勝手に見てごめん。晴臣って人がこっちに来るんだね。碧ちゃんの元カレ?」
返されたスマホをポケットに押し込みましたが、涼介さんの顔を見ることはできませんでした。
「……ちがいます」
「じゃあなに? 遠路はるばる遊びに来てくれる友だち?」
「それもちがいます。正確に言えば、わたしたちはまだ別れていません。だからいまもお付き合いしているんです」
「その理屈は変だ。一年半も音沙汰がなかったのに」
「わたしもそう思います。でも別れてはいないから、元カレではないんです――たぶん」
あの日、鴇田くんがおじさんを殴った日。
警察に連行されていく鴇田くんの背中を見たわたしは、心が引き裂かれそうな気がした。
ぜんぶわたしが悪い。
我慢すればよかったのに。
ひとりで逃げ出せばよかったのに。
警察に訴えればよかったのに。
死ねばよかったのに。
よりによって一番大切な人を巻き込んで、傷つけて、罪を押し付けてしまった。
本当ならおじさんを殴るのは鴇田くんではなくわたしのはずだったのに。
せめてもの罪滅ぼしとして、できることは全部やった。
だけどそうやって振る舞えば振る舞うほど、鴇田くんの心に更なる棘を押し込んでいるような気がしたのだ。
わたしはなにをやっても周りを不幸にする。
――そう、お母さんに言われた通りだ。
「出ようか、碧ちゃん」
涼介さんがレシートを掴んで立ち上がります。わたしも頷いて腰を上げました。
すっかり冷めたココアは二層に分離してしまって、もう口をつけたいとは思えなかったのです。
まるでわたしの心のようです。
鴇田くんに会いたいという上澄みと、もう会わないほうがいいという底の濁り。
会計を済ませた涼介さんが店を出ながらわたしを振り返りました。
「そういえばさっきのメールの送信日付、昨日だったよ。また充電にかかる電気代が勿体ないって電源切ってたんだろう。居候だからって父さんや母さんに遠慮しなくてもいいのに」
――ピロリン、とスマホが鳴りました。
もしかして小山さんかもと期待してスマホを取り出したわたしは見覚えのあるマークに言葉を失いました。
「恋人アプリ」のメール機能でした。これでつながっている相手先はひとりしかいません。
『最寄り駅の
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