莉奈の苦手なもの:ピーマンと謝罪


「……はよ。昨日はごめん」


 翌日学校の玄関で声をかけられてびっくりした。相手は莉奈だ。下を向いていかにも仕方なくといった態度だが、莉奈は元々そういう性格だったと思い出す。


「嫌いなピーマンが給食に入っていたときは目を閉じて真っ先に食べていたよな」


「は?」


「いや、苦手なことは先に済ませるタイプだと思っただけ」


「意味わかンない」


 しおらしいかと思えば次の瞬間には攻撃的になるのも莉奈の性格だ。


「なんでもない。昨日のことは別にいーよ」


 にやりと笑って見せる。


「なにその顔。性格悪い」


「仲直りできて嬉しいんだよ。恋人ガチャのアクションだったからさ」


 莉奈は呆れたように目を細めた。


「ガチャのルールに律儀に従っているなんて晴臣らしいわ」


 互いに上履きをはいて教室へ向かう最中も、莉奈は落ち着かなく視線を巡らせている。


「きょう原川さんは?」


「休みだってさ。明日からは登校するって。ガム噛むか?」


 ハムスターみたいに落ち着かないのでガムを差し出した。


「いらない。昨日オヤジに引っぱたかれて口の中切れてるし、唾呑むだけで痛い」


 莉奈の親父さんはいまどき珍しい家長といった雰囲気の人で、昨日も莉奈が染色したときのように烈火のごとく怒ったそうだ。

 そんな厳しい親に躾けられた莉奈が反抗してしまう気持ちも理解できなくはない。

 ただし昨日みたいなことは論外だけど。


「はぁ、うちに帰りたくないなぁ。晴臣の部屋に泊めてよ」


「外泊なんてしたら親父さんに怒られるぞ」


「思い知ればいいのよ、あんな石頭――あ、そうだ。いいこと思いついた」


 莉奈はおれの顔をじっと覗き込む。


「原川さんの家に行こうよ」


「へ?」


「お見舞いよ、お見舞い。それならオヤジも納得するだろうし」


「だからってなんでおれが」


「あたし原川さんの家を知らないもん。恋人なら当然知っているでしょう?」


「う……」


 思わず腹を押さえた。痛いところを突かれた。昨日の机よりも痛いかもしれない。


「うそ、まさかまだ行ったことないの?」


「うぅ」


 土曜日のデートで待ち合わせするのは例の公園で、帰りも家の近くだというコンビニまでしか送らせてもらえないのだ。碧さんの住所どころか家すら見たことがない。


「本当にそれで恋人なの?」


「うるさいな。まだ二ヶ月。お試し期間中なんだよ」


「ふぅーん……あ、先生だ。おはようございまーす。昨日はすいませんでしたー」


 莉奈は担任教師を見つけて駆けていく。担任が呆気にとられるほど一方的に昨日の謝罪と反省の弁をまくしたてたあと本題に入った。


「それで、原川さんのところにお見舞いに伺いたいんですが住所知らなくて。クラス名簿に載っていますよね?」


 もっともらしい口実をつけて相手を思い通りに動かす点については、莉奈は天才だと思った。

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