いつもの日常…?
「おはよう鴇田くん」
翌日の玄関で待ちわびた声が聞こえた。
「おはよ……――あれっ」
振り返って見た碧さんの姿に言葉が止まる。
「へへ」
碧さんは恥じ入るように肩をすくめる。
右目には眼帯。口と鼻はおおきなマスクで覆われている。見えるのは左目だけなのだ。
「やっぱり変、かなぁ」
唯一見える左目が不安そうに揺れる。
「そ……そんなことないよ」
目はケガのせい。マスクは風邪のせいだ。そんな状態でも登校して顔を見せてくれただけで嬉しい。
しかしなんと言ったものか考えあぐねていると碧さんがくすりと笑った。
「ふふ、コンタクトつけておいて良かった。鴇田くんの困ったような顔がよく見えるよ」
「え、そんなに? ごめん」
慌てて自分の頬を叩くと碧さんが眉を下げた。
「冗談だよ。昨日はごめんなさい。お菓子ありがとう」
おれの戸惑いを察して笑わせてくれたのだ。本当に優しい。
「こっちこそ急に押しかけてごめん。言い出したのは莉奈だけど、おれも強く止めなかったんだ……その、少しでも会いたかったし」
碧さんの左目が細められる。それだけで笑っているのだとわかる。
「わたしも鴇田くんに会いたかった」
そのまましばらく見つめあう形になる。
登校した生徒たちが不審そうに視線を送ってくる。
「あ、ガチャ」
思い出したように碧さんが手を叩いた。
「昨日の分のガチャ回していなかったね。今日二回分回そうか?」
あくまでもガチャに拘る碧さん。あまりにもいつも通りで逆に笑ってしまう。
「……いま回してもいい?」
おれのスマホを取り出す。端末の設定がしてあるから出現するのは碧さんの選択肢ということになる。
碧さんが困ったように顔をしかめた。
「こっちにしようよ」
自分のスマホを出してくる。
「ね、こっちにして」
おねだりするようにスマホを押しつけてくるのでそのまま受け取る。
「わかったよ」
いつものようにハート形のボタンを押して点滅を眺める。
『三十分会話したあと、お互いの写真を撮って一日だけ待ち受けにする』
「マジ」
「えっ」
同時に叫んで互いの顔を見た。
おれは撮影されても全然構わないけど、碧さんは明らかに困惑の表情を浮かべている。
「延期しようか。マスクも眼帯もすぐには外せないから……」
最初のルールでは、ガチャで出たアクションを延期できるのは三日までとなっている。三日を過ぎたらお別れだ。
「おれはいまの碧さんの姿で構わないよ。待ち受けにしても他の奴には絶対に見せないし」
「わたしがいやなの。こんな姿で鴇田くんのスマホに残りたくない」
そこまで強く拒絶されては延期するしかない。元々このアクションを決めたのはおれだから責任も感じるし。
「わかったよ。じゃあそれぞれ三日以内に撮影ってことで」
ほっとしたように碧さんが胸を撫でおろす。
「うん、わたしも鴇田くんのベストショット撮るからね」
両手の指でカメラのフレームを作ってみせる。安易な気持ちで入力したアクションだけど、いつ撮られるのかわからないと思うと内心ハラハラするな。
「おっはよー晴臣」
どん、と背中に衝撃を受けた。
「あれ原川さん、その顔どうしたのー? すっごく笑……じゃなくて奇抜じゃん」
莉奈は自分のペースでまくしたて碧さんに近づいていく。碧さんは圧倒されるように後ずさりしておれから離れていく。
「あ、目の中に睫毛が入ってるよ。痛くない? トイレいこー」
そのまま腕を掴んで親しい友達のようにトイレへ連れ立っていく。
「一昨日も昨日もごめんね。痛かったよね、すっごく反省してる」
莉奈の距離の詰め方や対人能力はやはり天才的だ。絶対に真似できない。
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