恋人 ≠ 同級生
「おはよう、鴇田くん」
翌朝、学校の玄関で碧さんから話しかけられたときは幻聴かと思ってしまった。
「あれ、ガチャ回してないよね?」
小声で問いかけると碧さんは笑顔で頷いた。
「同じクラスだから挨拶をするくらいは普通だと思って」
たしかにあのガチャは「恋人」としてのアクションを決めるものであって、同級生としての行動を制限するものじゃない。考えてみれば当然のことだ。だけどこれまではその挨拶ですらまともにしたことがなかったわけで。
「大丈夫、クラスで目立つようなことはしないから。わたしなんかに話しかけられたら鴇田くんが迷惑だもんね」
碧さんは慌ただしく立ち去っていく。入れ替わるようにして賑やかな声とともにクラスメイトの集団が現れた。
「おはよぅ晴臣。どうしたの、ぼーっとして」
幼なじみの莉奈が無遠慮に顔を覗きこんできた。髪と同じ茶色に染めた眉が面白がるように吊り上がる。
「べつに」
香水だかなんだか知らないけど、匂いがきつい。
だから逃げるように上履きを床に放り、爪先を引っかけて歩き出した。
しかし莉奈が小走りで追いかけてきた。肩を並べて歩くことになってしまったが微妙に歩幅が合わないせいでおれのテンポが狂う。
「ねぇ聞いて。昨日さ、原川の靴が汚れていたから白い絵具を塗り込んであげたんだよ。原川ってばそれを知らずに履いちゃって、めそめそしながら水道で洗ってたの。あたし言ったんだけどね、乾くまで待ったほうがいいって」
爪に絵具が入り込んでいたのは莉奈たちのイタズラのせいだったのか。
「最低だな、おまえ」
「え? なに? なんて言ったの?」
とぼけつつも威嚇的な眼差しを向けてきたので怯んだ。
「だから、ちゃんと謝れって言ったんだよ」
以前だったらこのまま引いていただろう。
莉奈は小さい子どものように目を丸くして首を傾げた。
「だって原川だよ? 地味で暗くてぼっちで、あたしが気にしてあげなくちゃ泥の中に沈んでいてもわからないような原川だよ?」
莉奈はいじめているつもりはないのだ。
相手にしてあげている、構ってあげている、むしろ関心をもっていると自負している。限りなく真っ黒な善意なのだ。
「それでも」
「そんなことよりさ、ウソ告したの?」
他人の言葉なんかより自分の興味が優先。莉奈はおれの腕をがっちり掴み、いかにも好奇心満々というふうに身を乗り出してくる。
「……したけど振られたよ」
嘘をついた。お試し期間中でガチャを回しているなんて意地でも言いたくない。
「やっぱりねー、お気の毒さまぁ」
莉奈はぱんぱんと手を叩いてやかましいくらい笑っている。
「そんなに落ち込まないでぇ。ストレス解消にさ、今日カラオケ行こうよ。授業なんかサボってオールで歌っちゃおうよ。どうせ四月の授業なんて大した内容じゃないんだから」
「やだよ。どうせ莉奈の歌ばっかり聞かされるんだ」
それに放課後は二回目のガチャを回すのだ。カラオケなんかに付き合っている暇はない。
「えー、めっちゃ上手くなったんだよ。最新曲もマスターしたんだよ」
莉奈がしつこく追いすがってくる。
「ねー行こうよ。割引券もらったんだよー」
割引券。その言葉を聞いて立ち止まった。
「……どうしたの?」
怪訝そうな莉奈の鼻先に手を出す。
「割引券、あるんだろ。くれよ」
「え、いいけど?」
とカラオケ店の割引券を数枚取り出して握らせてくれる。
「サンキュ」
碧さんだったらなにを歌うかな。そもそもカラオケに行ったことあるのかな。そんなことを考えながら先を急いだ。
「え、ちょっと。意味わかんない。あたしと行くんじゃないの? 晴臣ってばーッ」
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