告白は三分後

『昨日、小山莉奈がイタズラしたみたいでゴメン』


 休憩時間を見計らってアプリでメールを送った。

 廊下側のおれの席とは真逆の窓際の席に座っている碧さんがぴくりと反応し、ポケットからスマホを取り出す。


 じっと目を凝らしておれのメールを見ているんだと思うとじわじわとこみあげてくるものがある。

 本当なら直接会って話をしたい。謝りたい。だけどそれは迷惑でしかないと思う。

 ピロリン、とおれのスマホが鳴る。慌てて机の下で盗み見た。


『どうして鴇田くんが謝るのかわからない。わたしがお願いしたわけでもないのに』


 なんとなく苛立ちを感じさせる文章だった。


『でも、幼なじみの非礼を詫びるのは普通のことじゃないかな』


 そう送って返事を待ってみる。が、なかなか着信がない。

 気になって視線を向けてみると、ものすごい勢いで文章を打っているのが見えた。

 待つこと一分。ようやく着信がある。


『それでも、なんとなくイヤ。だって鴇田くんは小山さんの保護者でもないし恋人でもないでしょう。かわりに謝られても許す気持ちにもならないし、なんの解決にもならないし、ちっとも嬉しくないし、ちょっと嫉妬しちゃう……かもしれない』


 お? 文字がぎっしり詰まっていて目が滑るけど、最後の「嫉妬しちゃう」は見逃してはいけないキーフレーズに思える。

 碧さん、おれと莉奈の関係に焼きもちやいている?

 それって期待していいってことかな。



 ※



 放課後、ガチャを回した。

 スマホの中のハートが目まぐるしく点滅したあとピロリーンと盛大な効果音が鳴る。


『三分間話をする』


 ちょっ……ウソだろ。


「鴇田くんベンチに座って。そこから三分計るから」


 碧さんは早速ベンチに腰を下ろす。


「三分間なんて短すぎる」


「いいから座って」


「でも」


「三分間スタートッ」


 しびれを切らした碧さんがスマホを操作する。こうなっては仕方ない。おれは碧さんの隣に座って口を開いた。


「莉奈のこと、怒ってる?」


「ううん。彼女は宇宙人みたいな人だから、人間の尺度に当てはめても無駄だと思っているの。むしろ怒っているのは」


 一分経過。


「わかってる、おれ自身に対してだよな?」


 時間がないので言葉を先回りする。

 本当ならちゃんと話を聞きたいけど碧さんは三分きっちりで話を切り上げてしまいそうだから。


「そうね。鴇田くんは……」


 長い溜めが入る。「巻きでお願いします」と突っ込みたいけどぐっと我慢だ。


「鴇田くんは本当にどうかしている。どうして告白なんかしたの? よりによってわたしに」


 ここまでで二分経過。


「好きだからに決まってる」


「本音を言うとウソ告だと思っていたの」


 バレてた……。


「な、なんでウソ告なんてするんだよ? なんで好きな気持ちを偽る必要があるんだよ」


「優しいからでしょう。ぼっちなわたしに少しでもいい思いをさせてあげようとしていたのかもしれないって、そう思ってしまうくらい優しいんだよ」


「ちがう。おれは本気で」


 好きになりそうなのに。

 ピピピ、と無情にもスマホのアラームが鳴った。三分経過。時間切れだ。

 アラームを切った碧さんがゆっくりと立ち上がる。そのまま背を向けて立ち去ると思った。

 しかしぴたりと足が止まる。


「これは独り言だから三分間にカウントしないけれど――ありがとう。わたしも鴇田くんのこと好きになるかもしれない」


 振り返った瞬間の恥ずかしそうで悔しそうな顔。心臓を射抜かれたような気がした。


 家に帰ったおれは即アクションを修正した。

 『三十分会話したあと、お互いの写真を撮って一日だけ待ち受けにする』に。


 

 しかし悲しいことに、次の日からは『四千文字以上メールする』『一時間以上電話する』が連続で出現し、話は出来ても一緒にいる時間は数えるほどしかなかった。

 くそう、どうしてもっと接触アクションを多くしなかったんだおれは。

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