第18話 金眼の男


『魂くん!ねーねー!魂くん!』


『な、なにっ…。ぼ、僕にかかわらないで…』


『なんでなんでなんでー!?なかよしー!!ねーねー魂くん遊ぼーよー!!』


『き、……きみも、消えちゃうよ………あ、あっちいって!』


『消えないよ僕は!!何度も生まれ変われるんだから!魂くん遊ぼ!ねーねー!』


『う、ぅ…………や、やだ!こわぃもん………ぼ、ぼく、しぬくんまでいなくなったら、いや!』


『だーいじょーぉぶー!!へへっ、みててね魂くん!ほら!この石にねー…こーしてー……ほら!光った!』


『えっ、…な、なにしたの…?』



 二人で遊んだ公園。


 照らす夕日。


 帰る家のある俺。



 帰る家のない、アイツ。



『これをね、あのうさぎに……とりゃ!ほらくっついた!それにね……うさぎ!魂くんにダイブしろ!』


『わっわ、なに、なんで!?』



 アイツの言うことを聞くようになったウサギは、帰る頃には死んでいた。


 夜中に家を抜けて、あのウサギを見に行った。


 ウサギは、死んで、腐って、溶けていた。



 それを抱えて、嫌だったけど可哀想で、公園の茂みに埋めたことを覚えてる。


 それから………。



『こ、魂……あのね……とっても言いづらいんだけれど……』


『なぁにかあさん?頼み事?』


『い、いえ……違うの…。その、…殞くんって居たでしょ?学校の……』


『うん。殞くんがどうかしたの?』


『…………。なく、なったの。……お部屋で………亡くなってた、の……』


『…………へ?お、おかあさん?なに、いってるの』


『………ほんとう、なのよ。……今から、殞くんの……お葬式、なの。……。ほら、魂も着替えなさい……』


『……か、かあさん……いくら、かあさんだって、そんなの信じらんないよ!!』



 それから俺は家を飛び出して、公園に逃げた。

 だけど殞くんは来なかったし、来たのは仕事に行ったはずの父さんだった。



『魂。…お母さんだって悩んだんだよ。だけれど殞くんはもう……』


『………おとさんは、………かなしく、ないの』


『………』


『お友達が、いなくなるんだよ……?かなしくないの?絲おじさんが死んじゃったら、かなしくないの?』


『そりゃあもちろん、何も手につかなくなるくらいに悲しくなるだろうさ。……お前の気持ちもわかるよ』


『…………殞くん……ほんとにしんじゃったの……』



 俺が泣きべそをかいてると、父さんは見かねて俺の手を引いて、河川敷に連れていった。その橋のたもとに、小さなダンボール小屋があった。



『ここが殞くんのおうちなんだ。知らなかったろう、俺も知らなかった。魂の学校の子に、こんな子が居るなんて』


『………しらなかった……』


『入学ができたって言うことは、親はそれまではいたんだろうね。……それからはどうやってきたのか分からないけれど、暮らすことは出来ていたみたいだね』


『でも、どして、しんじゃったの』


『……自分で、刺したんだって』


『……………わかんない………消えないって言ったのに…………殞くんは、消えないって言ったのに!!』



 それからは詳しい記憶が無い。殞はあの日消えていったんだ。

 父さんも次の年に病気で死んで、俺はますます一人ぼっちになった。ような気がする。


 それで、一人でいたら、茫と霊に声を掛けられたんだっけ。


 それから仲良くなって、一緒に成長して、…今、一緒に働いている。


 ………あの時、確かに、死んだはずだ。


 あの石に、その風貌。………どうして、こんなにも同じなんだ。


 お前は何してる?




 *




「課長、お疲れ様です」


「おつかれさま…」


「ど、どうかしたんですか?」


「………眠が、いないから、おちこんでる、だけ」


「…あ、あぁ……」



 魂や眠、他4人らに起こった出来事は既に明によって周知済みだった。


 犀も珍しくデスクに座って、先程のことを資料に纏めている。

 蔡に関しては、犀の隣に座って魂の帰りを待っていたようだった。


 魂がフラフラとデスクへ戻ると、蔡が近づいてきた。



「こ、魂さん!………その…」


「やりたいことは分かるよ、ここの組織に入りたいんでしょ」


「は、はい!……あ、や、その……でも今、それどころじゃないですよね……」


「……んーん。仕事と、彼女のことは……頑張って分けるから。大丈夫。……いーよ、なかなかここの募集見つからないでしょ。今ここで応募取ってあげる。面接とか試験はちゃんと期日があるから、その日までに準備ちゃんとしてね。お兄ちゃん居るから大丈夫でしょ」


「は、はいっ」


「犀ー」


「はぁーい?」


「弟くんの応募取ったから、サポートしてあげてね。採用するかどうかはその時によるけど、採用されたら、しばらく犀についててもらうからね」


「ん!いーよ!」



 そういうやり取りをした後、一応の終業時間になり仕事を皆やめて帰り支度をする。と言っても、帰る気がない者や仕事がある者は居残りしている。


 魂は、眠が心配なのだろうか。いつもはしない残業を取り、今日の資料をまとめている。

 犀と蔡は、犀が居残りしているからか、蔡も隣に居る。戦闘課には、魂、犀、蔡、そして仕事終わりに寄って資料を作り出した霊と、終業間際に出た出撃司令で出撃していた茫が居た。


 5人はしばらく無言で仕事をしていたが、ふと、魂が口を開いた。



「…ねぇ。蔡くんは今まで、どこで何してたの?お兄ちゃん心配してたのに」


「あ。ぁー。……んと……兄ちゃんが仕事に行ってる間に拉致されて……絶対見つからないところにいたんです。拉致犯人の作った異空間に閉じ込められてました」


「…大事件じゃん…」


「ねぇ拉致されてたの!?!?お兄ちゃん知らないよ!?!?ねぇ!!!」


「うん、都合良かったからずっとその異空間で修行してたの。学校には行けてないからちょとお勉強は自信ないんだけど……でも、異空間からも外の情報は見られたんだ。出られなかっただけなんだ。それで、出られたのが1か月前」


「なんで出られたんだそれ。そーゆーの大抵、能力者が死なねぇと出らんねぇんじゃねぇの」



 茫もパソコンに目をやらながらも会話に参加する。霊は人見知り故、無言だった。



「うん。死んだの。肉喰ヒに喰われて呆気なくね。その犯人の肉喰ヒは俺が倒したんだけど、その後に魂さんに教えた男に会ったの。最初は変だけど良い奴だった。帰る家もなくて兄ちゃんも探せない俺の事しばらく養ってくれた。ごはん不味かったけど」


「……それが、急に?」


「そう。急に。何されたかよく分からないうちに気を失って今ってことです」



 蔡はデスクチェアをくるくるとしながら話す。

 魂はその話を聞いて、また考えた。……写真さえあれば。


 だが、願ってもある訳では無い。


 そんな思考をお構い無しに、蔡は口を開く。



「俺の話なんてそのくらいしかないです!おれ、おれ、それより魂さんと眠さんの話聞きたい!馴れ初めは!?どっちから!?」


「えっ、あー、恋バナ……」



 魂は思考回路と真逆の話題に温度差を感じながら目をぱちくりさせる。



「たしかに。俺らもそれ知らねーわ。こいつ話さねーんだもんそーゆーの。いつの間にか付き合ってたよな」


「あ…お、おれも、それ知りたいかも……。茫とか明差し置いて、魂だけ彼女できた……」



 やっと霊も口を開いたことに驚き、魂は折れる。



「んんー、と。馴れ初め……ここに登録されて…眠と一緒の時期に入ったの。出会ったのは出勤初日……」


「魂さんにも新人時代が……!!」


「おれ、最初は眠なんて女の子がいるんだ。ってしか思ってなくて、興味も無かったの。ただ家族を養うために働き出しただけだから。…8歳、だったかな」


「え!?ここってそんなに小さい子も採用するんですか!?」


「実力があればね。今トップ張ってる人は大抵小さい頃からここにいるよ。…えーと、…うん、最初は、本当に興味なかった」



 魂の話に、全員が黙って耳を傾ける。その沈黙が羞恥心を煽る。



「ええとそれで……いくつ、だっけ。15さい?くらいで俺がナンバーワンになって、眠はその時まだナンバー11くらいだったの。でも同期だったから、よく話はしてた。友達程度だと思ってた……けど、おれ、茫と霊しかその時は友達って呼べる人いなくて、……あんまり人と関わるのもすきじゃなくて、眠のこと、ちょっと避けてた」


「避けてた………今じゃ考えられないですね」


「たしかにその辺は明とも話さなかったよな」


「ほんとに、俺たちが居ないとずっと1人だったよな」



 霊と茫が、その無感情具合を知っているからこその反応をする。



「うん。ひとりぼっちしてた。……でもすぐにね、眠が急にナンバー5に上り詰めてきたの。その時にはもう今の序列が完成してたかな。だけど、そのあたりもおれ、眠に興味はなかったよ」


「え、ずっと無関心だったのに?」


「んー。……。なんかね、ナンバー5になって数週間、おれ遠征出撃で本部に顔出してなかったの。それで、戻ってきたら眠が話しかけてきて。『やっと追いついた、もう、私があがれる最大限までは来れたわ。私から上にはどうしたって勝てないもの。……でも近くにこられて良かった』って」


「ええ、もしかして狙って魂の傍にきたってことぉ?」


「そうみたい。凄いよね、俺のためにそこまで頑張るなんて。んと、それで、あーこのひと凄いなあ。って漠然と思っただけだったの。ビックリしてね。きょとんとしちゃった」



 少しずつなんだか楽しそうに話し始める魂を見て、元気がなかったところを目撃していたからか、その場の全員が少しずつ安心してきた。

 まだ話は続く。



「どうして?って聞いたら、後で屋上で話しましょうって。年上のおねーさんにそう言われちゃったら、行くしかなくて、仕事終わりに屋上に行ったの。…それで、あの金木犀の木の下で、告白された」


「え!?あのオレの昼寝スポット思い出の場所なの!?!?なんかゴメン!!!」


「んー、あんま気にしてない。…ていうか、その言葉があったのに、おれ最初の時は興味でなくて、頑張りが凄かったから付き合い始めた感じ……。でもね、付き合ってたら、眠って凄い頑張り屋さんなのに表に出さない、ほんとに生き方が綺麗な女の人で……。ちょっとずつ好きになったの」



 そこで、魂のキーボードを打つ手が止まる。

 少し俯いて、思い出を少しずつ漏らすように言葉を発する。



「……でも、好きになり始めた時に……眠、任務で肉喰ヒに喰われたの。…すぐに助けたよ、だけど、……その時は見えてたんだ、眠の今出てる方の青い目の反対、綺麗な赤い目。それが、腐って溶けて……。眠に頼まれたの、ここで腐るのは嫌、殺してって」


「あぁ……眠さんの話、それだけは聞いた」


「その場面は俺も麟も見てたよな。討伐班だったから。あれは忘れられねぇよ」



 眉間に皺を寄せ、声をふるわせる。



「……俺の、せいなの。よそ見してた、眠のこと見てなかったから…!……だから、悲しくて……。こんなに人が死んで辛くて苦しくて悲しいこと、父さんが死んだ時よりも辛くって。……それで、眠を埋葬する時に……眠が、炎の中起き上がったの。びっくりした、夢でも見てると思った」


「生き返るなんてな…。でも能力を考えたらありえないことも無い、眠ならな」


「そう。……だから、その時はまた生き返ってくれたことが嬉しくて、煤だらけで髪の毛が無くなってた、そんな見た目の眠でもそこに居てくれるのが嬉しくて………。次の日も教会で笑っててくれて……。だから、守ろうって思って、もう傷つけないようにしようって……でもまた、…あんな目に合わせて……それに!……左目、眠の綺麗な赤い方の目も誰かに取られてた……!」



 珍しく感情を露わにして話す魂を見て、そこにいる一同が相当のことなんだろうと察した。

 そして次の瞬間、魂は1度動きを止める。そして「あ…」と声を出す。



「………蔡くん、どこで養われてたの?」



 魂の目は、いつになく真剣だった。

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