第23話 戦闘と平和

「じゃ、俺はそろそろ帰るわ。魂、遅刻すんなよな」


「だーいじょーぶ、どうせ父さんに起こされるよ」


『俺をあんま信用するな、起こさねーかもしんねーぞ』


「おこして、おねがい父さん」


『しっかりしろよな課長』



 茫は、そのまま立ち上がると玄関に向かった。石は魂に預けるようだ。



「ああそうだ魂」


「なぁに?」


ウトの弟の巴。…死んだって。闊は今週は休みだ。よろしく」


「あ…。わかった、ありがとう伝えてくれて」


「いいよ。んじゃアな」



 そのまま、茫は家を出た。

 それを見送り、魂は俯いた。職員の家族まで、手が回るだなんて思っていない。だが、それでも、守れなかったという罪悪感と職員の悲しみを思うと潰れてしまいそうになる。


 せめて自分の家族だけは守らなければ…。



「こんな世界、くそくらえ」



 そう、息を吐くほどの小さな声で呟く息子を、天はただ見つめるしか無かった。






 翌日、朝日は昇り午前7:00。



『おい魂!7:00だぞ!ほら起きろ!8:00出勤だろ!』


「わ…はい…起きます…」



 のそのそと布団から起き上がる。階段を降りて洗面台に向かい、歯磨きをして洗顔をして、また部屋に戻り動きやすい服に着替える。

 いつものジャージの様な服はストックが全て洗濯に行ってしまったため、今日は違う服を着ねば。

 だが、魂にはファッションセンスなどなかった。



「うーん…服…どうしよう父さん」


『脱ぐ前に考えてくんねぇ?パンイチで聞いてくんな。なんでもいいじゃねぇか』


「なんでもいいよねー」



 部屋でそう話していると、勢いよく扉が開いた。



「なんでも良くなァい!!兄さん!!ほらどいて!!選んであげるから!!」



 鼻息荒く弟が突撃してきた。

 自分も出勤のくせに、こういう話ばかり地獄耳なのだ。



「兄さんはねぇあんなジャージじゃない方が絶対に良いんだよ。いや、あれも似合ってるんだけどね?動きやすいのは欠かせない要素だよね。じゃあこの黒のVネックシャツに…あ!こんなの持ってたんだ兄さん!じゃあこの白の前開きのパーカーでしょ…あと下は…タイトがいいなぁシルエットとしてはタイトめがいいよね!空気の抵抗も少なくて動きやすいし!ああこれ!この間買ったジーンズ生地のスキニーに…」


『おい魂、巡ってこんなだったか?』


「服のことになるとこうなるんだ、毎回」


『息子、わかんねぇ〜…』


「はい兄さん!!これ着て!!ピアス付けて!」


「はい…」



 弟に言われるがまま、渡されたそれに着替える。

 確かに動きやすいが、見慣れない自分に戸惑う。



「あ、ねえ兄さん」


「なに?」


「あのさ、戦闘課の入出確認画面の隣に、別のモニターあったでしょ?あと各机にも。アレって何?」


「ああ、戦闘員の戦闘がモニタリングできるようになってるの。オペレーターがいつでも撤退命令とか、作戦変更とか出せるようにね。基本的に、集団作戦用に使ってるよ。個人でも使えるけどね」


「やっぱり!!おねがいっ、幹部の人たちの戦闘がみたい!!製作のために!」



 魂は、ああ確かに…と腕を組んだ。それでいいものができるのなら、いくらでも見せられる。



「いいよ、じゃあ一緒に行こっか。でも出勤は?」


「もう取材のためって電話入れてきた!」


「早いなあ…」



 鼻息の荒い弟の勢いに押し負け、一緒に出勤することになった。

 天はこの勢いに、目を丸くせざるを得ない。



『なァお前ら……いつもこんななのか?俺知らなかったんだけど……?』


「んまぁ……こんなかなぁ……」


「にーさーん?朝ごはん出来てるよほら食べよ〜!!急がないと遅刻だよ〜!」


「はぁーい」



 ドタドタと階段を駆け下りる巡と、それにのそのそついて行く魂。


 その後ろを浮きながらついて行く天。



『わかんねぇもんだなァ……』



 天は、1人そう呟いて家族を見渡した。

 変わらず美しい妻と、生まれた時には見守ることしか出来なかった娘、いつの間にか自分の道を見つけた息子2人。


 自分が見れないと思っていた未来の姿を、こうして見ることが出来た。

 これは霊に感謝しなければならないだろう。



「あ!お兄ちゃんいつもと違う!!かっこいいかっこいい!!」


「そぉ?ありがと。巡がえらんでくれたんだあ」


「そうだよ!巡おにーちゃんが選んだんだよ環!」


「魂にぃかっこいい〜〜!!」


「たまき〜〜〜〜巡お兄ちゃんも〜〜〜〜」


「めぐにぃはふつうー」


「たまき〜〜〜〜!」



 こんな兄妹の掛け合いも、うるさいとは思うが微笑ましい。

 それを何も言わず見守る妻もやっぱり美しい。


 これで、自分が生きていたら……などともうどうにもならない事を考えてしまい、天は頭を振ってそれをかき消した。



 朝食を食べ終え、出勤する。

 いつものように教会へ向かい、眠の部屋の本棚から地下へ潜る。



「あら…天さん、おはようございます」


『よぉ〜眠ちゃん!体調はどうだ?天さんなんて硬いぞ〜お義父さんでいいぞ〜!』


「父さん……」


「まぁ!お義父さんだなんて…まだそんな、結婚もしてないですのに…」


『照れてるな』


「かわいい……」


「彼女ほしい……」



 そうして眠を見守っていると、大揺れの後、本部戦闘課に辿り着く。

 扉をくぐると、闊は勿論居ない。

 デスクには、まだ今日は戦闘が無いのか、珍しく幹部がフルメンバー揃っている。


「わ、めずらしーねえ、みんないる。霊もおやすみなの?あっち」


「いや…無断欠勤…」


「やるじゃん、いけいけどんどん」


『何の話だ??無断欠勤??居るじゃないかここに』


「霊ね、本当は辞めたいし退職届も5回は出してるのに全部破棄されてて製薬会社辞められないの」


『この世界にほんとにそんなブラックあんのか。良いぞやりたい放題やれ。解雇になっても安心しろ、うちで終身雇用だ』


「天さん大好きです」


『俺もだ、召喚してくれてありがとう』


「ん……そういや巡……巡?」



 魂が、近くに居るはずの弟の声がしない事に気付き振り返る。

 すると、そこには確かに居たが、声も出さず震えていた。



「巡ー?おーい、どしたの?おなかいたい?」


「違う……違うんだ兄さん…。だって、だって……!」


「どおしたの……」


「フルメンバーがここの!こっ、この空間に!!居るんだよ!?闊さんだけ居ないけど……!!」


「まぁ闊は不幸があったからね…まぁそれでも、たしかに、めずらしいね」



 大興奮していただけの弟に、なんだ興奮してただけか。と前を向く。

 自席に座り、PCを起動する。


 この時間が1番嫌いだ。

 本部戦闘課の課長になってからというもの、至る所の支部から毎日のように大量のメールが届いている。それを見なければならない。ああもう面倒くさい。


 そう内心でため息をついていたら、自然と口からも空気が漏れている。



「あ、そういえば月初めだ……」



 嫌なことに気がついてしまった。

 そう、今日は月初め。


 月初めの何が嫌か?

 日常業務か?毎朝のメール処理か?否。


 月初めには……



「……はぁい。みなさーん。……月初めのー、……はぁ……。定例報告です……」



 ため息をつきながらそう言うと、いつもの幹部メンバーはいつもの事のように魂を向く。

 新人や他のナンバーからは口々に「こんなだるそうな課長あるんだ」「すごい、俺もだるくなってきた」「課長寝ちゃいそう……」と言われている。散々だ。



「始めまぁす……。えっとー、はい、いいにゅーすとわるいにゅーす、どっちからがいーですか。はい、じゃー、今月はー11月だからNo.11〜」


「なんですかその教師がよくやるやつ。課長1番嫌いそうなのに」


「やる側とやられる側じゃもちべーしょんちがうよねぇ」


「うるさいな。……じゃあ、悪い方からで」


「はぁい。じゃあ先月の殉職者数報告です」


「重すぎる。朝ごはんに牛丼キングサイズくらい重い……!」



 魂が資料を片手に定例報告を開始する。口にするのも気が重い。



「総数は26名、戦闘課本部各支部合わせ10名、本部総合課5名、各支部医療課11名です。その他、当所属めんばーは無事なものの、家族が亡くなったけーすも相次いでます……。本部からの殉職者名読み上げます。No16、砂州さす黎威りい、No36、威蕗いろかい。以上2名です。近年減り続けてますが、皆さん、本部きっての未来予知能力者のNo12の意見をしっかりと聞き、指示を聞き漏らさないようにしてください。完璧なわけでは有りませんので、指示が出たあとも気を抜かないように、よろしくおねがいします」



 悪いニュースを口にして、雰囲気が重くなったところで。

 こればかりでは無い、良いニュースも勿論ある。



「じゃあ、くちなおしにいいニュースも言います。なんとここに前のボスが居ます。はぐしたいひとはしてみてください。すりぬけます」


「できねぇじゃねーか」


「うるさいよ明。あと、総合課の課長と同じく総合課のNo.56が結婚しましたおめでとう」


「うちの課長とNo.5はいつ結婚するんですか」


「うるさいよそこ、まだだよ」


「まだって事はするって事ですよねぇ!?!?」


「座って犀。うるさいよ」


「やだもう皆ったら……、気が早いわよ」


「いいーーーや早くないね!!もうこっちは御祝儀握りしめて待ってんだ!!」


「あぁ……。どうしてこうこの手の話になると戦闘課はうるさくなるんだあ……」


『うんうん、早いこたないぞ、なぁ皆!』


「父さん?」


「「そうだそうだ!!天さんの言う通りだ!!伝説の天さんでさえ同意見だ!!!」」


「うるさああいっ……!もぉ〜!」



 定例報告も終わり、またそれぞれ仕事に戻る。


 巡が見たがっている戦闘はまだ無いようで、幹部はデスクワークに勤しんでいる。


 前日の戦闘記録をまだ書いていない者、前日どころかひと月溜めている課長。

 今週の戦闘総数報告書を纏めている者、今週どころかひと月溜めている課長。

 今月の出勤日数記録をしている者、これだけはは書き逃さない課長。


 この静かな空間も、続けば問題ないのだが……。

 戦闘課ともなると、話は別のようだ。

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生場護衛局ヨリ、輪廻ヘ返還セヨ 春夏冬 @shiz

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