第22話 たしかに死んだ


「もしもし?どうしたの?」



 飲んでいたミルクティーを一旦テーブルに置いて、茫からの電話を取る。

 電話口の環境音から、茫が外にいるというのはすぐに分かった。



『さっき、コンビニに行ったんだがよ』


「うん」


『帰ったらよォ』


「……うん」


『1番上の姉貴が』



 茫は歯切れ悪く言葉を紡ぐ。その様子に、魂も些か不安を覚え相槌に間が生まれる。

 息を一息、茫は口を開く。



『デケェ肉食い1匹の脳天ぶち破って石取ってた』


「…………。一瞬の心配返して?」


『あの姉貴が食われるわけねェだろ』


「まぁそれもそうなんだけど……それで、その石は?」


『綺麗だからって渋ってたけど、踏まれながら土下座して何とか貰ってきた』


「うち来たらお酒飲む?」


『お前って優しいよな、そうさせてくれ……。とりあえず、この石持ってお前ん家に行く。ウチは別に、アイツらが何体来ようが心配ねェからな』


「わかった、まってるよ」



 電話を切り、またミルクティーを1口。暖かくなった息を一息ついて、父に茫が来ると伝えた。

 こんな時間だ、自分たち以外の家族は寝ているため、インターホンは鳴らさないでおいてと茫にメッセージで伝える。



『そうか、茫が。気にかかってることも多いから、ゆっくり話そうか』


「そうだね」



 そう言ってしばらく雑談をしながら待っていると、玄関をノックする音が聞こえた。

 茫が到着し、リビングへと通す。



「かーっ、あぁーどォもさっきぶりっすね天さん」


『おう、まぁ座れ、ツマミも酒も用意してあっからよ』


「あざす」



 茫は魂の隣に腰掛け、疲れたと言わんばかりの荒いため息をつく。



「姉貴のやつ……あんなクセェ腐乱死体からぶんどった宝石、いくら綺麗だからって捨てろよなマジでよォ」


「確かに、見掛けは綺麗だからねぇ」


『コレが脳みそに……?へぇ。綺麗だけどよぉ……。にしても、茫の姉と妹の姉妹も元気そうだな』


「お陰様で、アイツら2人は俺同様つえーからなぁ。組織にいたら幹部にでもなってるだろうよ」


「なんでこないの?」


「可愛くねーかららしいぜ〜、女ってなァよく分かんねェな」



 グイッと缶のチューハイを飲み、勢いよく息を吐く。そしてツマミを齧る。



『にしても、この石は多分殞の能力なのは間違いねぇだろ。あとは、コレが一体どう言ったもんなのか、あとほかに能力はあんのか、そしてあのビデオの殞が言ってた目的もよくわかんねぇな。あいつはまだ生きてるんだろ?』


「あの言い方から察するに、死後の側の世界に行きてぇ、もしくは居る、そこに魂も仲間入りさせたい。……的な事だろうがなァ」


「それでも、なんでおれなんだろう……。おれは、別に死後なんかきょーみないし……生きていたいし」


『お前、俺には言わなかったよな。自分が学校でイジメられてた事も、その過程で殞と仲良くなったことも』


「えっ……」


『バレてねぇとでも思ったかぁ?んまぁ、俺だっておめぇがいじめられてるところ見た訳じゃあねぇが……。毎日元気も無けりゃ泥だらけ、それだけありゃ十分だろ』



 魂は、ふと視線を落とした。

 幼いながらに、親や下の子に心配をかけまいと必死だった小学生時代。



『殞は少なくともそんときのダチなハズだ。なら、辿って見りゃなんか分からねぇか』


「……。……毎日、おれ、学校行くたびに泥投げられてたり、教科書隠されたり、皆がすごい遠くから叫んで悪口言ってきてた。……その頃は茫も転校してくる前で、霊も隣の地区の学校に居た時だった。……確かにその頃は、死にたかったんだと思う」


「お前……俺らが転校してきた時には、されてなかったよな?」


「うん。これは憶測なんだけど、茫はあの時からモデルだったでしょ?それなのにいつもおれのそばに居てくれた。だから、みんな、茫にいい顔してたんだと思う。霊は危うく同じ目に遭うところだったけれど、茫とおれが一緒にいたからそうならなかった」


『理由は何でか分かるか?いじめられてた理由』


「おれの能力。この全部消す力が、皆は怖くて気持ち悪かったんだ。触ったら消えるって。別に、モヤにさえ触れなきゃ消えないのにね……だけど気味が悪いのもまた事実だよ」


『殞はどうだ、その頃の殞』


「……確か、同じようにいじめられてたと思う。ただ、自分のことで精一杯であいつの能力なんてしらなかったけど。たしか……『こっちにくんな、さわんな、肉喰ヒになるぞ』って。……どういうことなんだか分からないけど」


『…………』



 天はそのまま、すこし考える仕草をしながら黙った。

 カチカチと、時計の秒針が進む音が響く。


 そうしていると、天がゆっくりと口を開いた。



『……その石を付けられたうさぎは、溶けて死んだんだよな』


「そう、だね」


『……。その石が、人の命を奪った後に操る事を可能とするのか、それともネクロマンサーのような力が別にあって、その石は死体を作るだけの道具であるのか、それは分からん。が、多分狙う理由がお前なのは……かつて自分と同じような理由でいじめられてたお前をまだ信じていて、同時に普通に生きてるお前に恨みを抱いている。……多分、こうなんだろう』


「単純明快、可哀想なやつってこったァな」



 茫は、凝り固まった肩を解すように伸びをしながらそう呟く。



「…だったとして、もっと他に方法なんてあったはずでしょ…。…それに、あの二人は死んでるんだよね…」


『あぁ、話を聞く限りな。…が、俺ァ断言する。死後の世界なんてありゃしねえ。死んでる俺が言うんだ間違いねぇ。暗い暗い、上か下か、横かどうかも分からねぇ空間にただひとりぼっちだ。……アイツらが例えば死んでいるとしても、なら、死後の世界なんて夢見ねぇハズだ』


「…じゃあ、いきてるっ…ってことになる」


「俺ァヘルの死んだところしか見てねぇが、確かにあの日、シヌの葬式はしたし、骨も拾ったはずだな」


『じゃあよぉ、生き返ったとでも?なら俺だってよォ生き返りてぇよ!絲とまだいちゃつきてぇもん』


「親のそういう話はちょっときつい…まぁ、それはその通りだよね。生き返れるなら皆とっくにそうしてる…。生き返る能力、それ自体は無いけど…。眠は奇跡が起きた…けど、でもああいう偶然がなければまず生き返ることは無いよね」



 また暫く沈黙が流れる。何も進まないこの議論、ただ机を囲んで話し合っているだけでは、正解は導けない。


 ふと、茫が口を開いた。



「この石、研究科のあの新入りに見せたらどうだ?」


「確かに、あの人働きすぎて、研究科の副主任から主任に直談判されて強制有給とってたからそろそろ戻ってくるよね」


『ああ、言ってたおもしれー女?』


「口は悪いけど間違っては無い…。あの人に詳細に解析して貰えば、素材や性質以外のこの石そのものの記憶とかも分かるかもね」



 この石のもつ記憶が分かれば、進展は大幅に有るだろう。

 魂はミルクティーを飲み干して、缶チューハイに手を付ける。


 ゴクリと喉を鳴らして飲んでいく。今までの議論で熱を持った身体と脳を冷ますように、冷たいアルコールが染み渡っていく。



「はぁ。おさけ、ひさしぶりかも」


「たしかに。ここんとこ飲み会もねェからな」


『魂、酒飲めるのか?』


「あぁ、コイツ強いですよ。顔色変わんねぇし。あーでも、酔い出すと眠に連れ去られてっかな」


『なんでまた?』


「そりゃー天さん。可愛い彼氏独り占めしてェからに決まってんしょ」


『ふぅん……こりゃ話聞かせてもらわねぇとなぁ?』


「ぜ〜ったい話さない」



 先程までの重苦しい雰囲気を1度捨て、今はただ、ほろ酔いに任せて雑な談義を繰り広げるのだった。

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