第21話 閱

 2階に上がり、魂の隣の部屋をノックする。



「あーい?」


「巡、ただいま。入ってもいい?」


「おー、いーよ」



 そのまま扉を開けて、中に入る。

 デザイン用紙や参考書、トルソーや布の散らばった少し乱雑な部屋だ。



「なに……………って、え?」


『ん、よぉ。久しぶり』


「えっ、と…………」


「お父さんだよ。小さくてうろ覚えなのかな」


「う、ん…えっ、なんで?」


『はは、ほら〜、近所に昔霊ってゆーやついたろ!アイツに召喚されてな!おっきくなったな巡!何歳だ?』


「に、22…」


『かぁ〜!デケー!もうそんなに経ったかぁ』



 天はオーバーリアクションで、息子の成長を実感している。

 自分の年に追いついてくる息子たちに感動を覚えつつ、もう自分がその成長途上に共に居られないのだと思うと寂しさがこみ上げてくる。



『巡は今なんの仕事してんだ?』


「ファッションデザイナーだよ。昔からの夢だったでしょ」


『おおお!叶えたのかぁ!偉いなぁ巡!』


「えへへ…毎日楽しいよ。職場の人とも仲いいし」


『よかったなぁほんとに…』



 息子の成長に感慨深くなり、しみじみと言葉を発する。そんな父親に、巡も少しだけ寂しそうな顔をする。



『にしても、散らかってんなぁ…片付けねぇの?女の子呼べねぇぞ?』 


「よ、呼ぶ子なんか居ないよ!」


『ほぉんとかぁ?お父さん昔お前くらいのときには母さんと付き合ってたぞ』


「し、知らないよぉ!」



 恥ずかしがる様子から、恋愛に興味自体はあるようだ。天はそう思い、いたずらごころが湧いてくる。



『気になる子は?居ねぇの?ほらほら、祈宮の嬢ちゃんとか幼馴染じゃねぇか』


「きっ…は!いまは、た、ただの同僚だから…!」


『へぇ!同じ職場かぁ!なぁ、どう思う魂』


「職場恋愛?いいと思うよ」


「そうじゃないよ兄さん!!!」



 顔を真赤にして憤慨する弟をからかうのが楽しくて、クスクスと笑ってしまう。


 そのまま、その日は夕飯を食べて、家族で団欒して過ごした。

 最近も家族でご飯は食べていたが、その食卓に父親がいるこの光景は一生みれないものだと思っていた。


 この光景を写真に収めたくても、天は写真には映らない。全員がそれをわかっていて、写真と言い出す人は居なかった。

 この光景は、みんなの胸に留めておくだけだ。


 夜も更けてきた頃、午前三時。

 この時間でも、天は眠れないでいるようだった。眠れないというよりは、眠る必要がない。


 月夜の下で、屋根の上に乗り上を見あげてぼうっとしていた。

 下を見ても、この時間だ、誰も人間は道を歩いたりはしていない。


 こんな時間に出るとすれば肉喰ヒだけだが、人間が居ないのでは奴らは本気を出さない。

 すると、後ろから声が聞こえた。



「父さん」



 それは魂だった。部屋着を着て屋根の上に一歩進み、足場を確認してから天へと歩み寄る。



「こんな時間になにしてるの?」


『おお、魂…。いや、幽霊は夜寝ないからな』


「…そっか」


『お前こそ何してるんだ?』


「おれは…目が覚めちゃった。夜風気持ちいね。ここに居たら肉喰ヒも気づかないし」



 二人で屋根の上に座って夜空を見上げる。

 冷たい夜風は、寒いよりも先に清々しさを届けてくれた。


 天も魂も久しぶりに顔を合わせて二人の時間を過ごすため何を話していかがわからない。

 少しの間沈黙が続き、その間に冷たい風がそよそよと頬を撫でていく。



『…お前も、彼女とか作るようになったんだなあ。俺はずっと、誰も居ない世界で眠ってた。…死んでも見守ってるなんて、ねぇんだなぁって。見たくても見れなかった』


「そうなんだぁ…。…うん、俺ももう25歳だから…」


『結婚とか考えてるのか?』


「うんまぁ…。いろいろおちついたら…」


『落ち着いたらなんて言ってられる職ではねぇぞ』



 父の重い一言に、魂はたしかに…と頷く


 自分の部屋にはもう、彼女の指のサイズに作った指輪はおいてある。

 あとはいつ渡すかが問題だが…。

 タイミングというものを、魂は未だにつかめないでいた。



「…いつがいいのかなぁ…。タイミングわかんないよ」


『そんなのいつでもいいさ。いつもらったって、あの子なら嬉しいさ。お前のことが好きだから告白してきたんだろ?』


「そうだけど…」



 渋る魂に、天はしびれを切らす。



『俺だって母さんに訳わからんタイミングでプロポーズしたぞ』


「どんなときに?」


『普通に家デートしてるとき』


「そうなんだ…」


『それでも三人の親になってんだからいいんだよいつでも』


「そうなんだぁ…」



 親にそう言われると、なんともいえない気持ちになる。

 いつでもいいと言われると、余計に分からない。そう言えばそろそろ眠も誕生日だなぁ…と、ぼんやり思うだけだった。



「……誕生日、とか。かなぁ。……でもね、殞の事だけはどうにかしたいんだ。……殞と、閱をどうにかして倒さなきゃ」


『私怨か』


「……綺麗事言っても仕方ないから言わないよ。私怨だよ。……眠の眼を取ったんだ、ただじゃ置かない」


『それでいい。……綺麗事なんか言うな、恨みを持ってこの仕事に当たれ。ぜってぇに、同情なんかすんじゃねぇぞ』


「わかってる」



 昔、天が死ぬ前に魂に言った言葉があった。



『この仕事ができるのは、恨みと憎しみが腹の底から煮えたぎってる奴だけだ。肉喰ヒを憎め、目には目を、憎しみには憎しみを』


「……最近、採用も担当しててさ。……研究課にね、面白い人が来たんだ」


『へぇ?』


「肉喰ヒへの想いは……『憎くてたまらない』って。戦えないなら、根絶やしにするくらいの憎み方だったよ」


『そりゃ上玉だな。戦えねぇだけで諦める奴もいるが、こりゃ伸び代がある』


「だから採用した。お医者さんだったらしいんだけど、顔にはおっきい傷があって。人見知りなのかまだ馴染めてないのかも…。目が特殊で、成分からソレが持つ記憶、詳細まで細かく分析できるらしい」


『そりゃあ便利だ、研究科じゃ重宝されるだろうよ』



 そよそよと乾いた夜風が、2人の髪の毛を撫ぜていく。

 少し冷えてきた魂は、中に戻って台所でお茶でもと父を誘った。

 飲めねぇよ、と笑いながら、天は魂に着いていく。


 台所に着き、魂はミルクティーの粉末をマグカップに注ぐ。

 お湯を注ぎ、テーブルに着く。

 天は、頬杖を付きながら魂を目で追う。



『なぁー、魂』


「なぁに?」


『お前、モテたろ』


「えっ?…いや…うーん」


『学生時代にあった女の子とのエピソードなんでもいいから掘り出せ』


「ええ?えっと…クラスの女の子たちに…バレンタインですごく沢山チョコレートは貰ったけど、全部、あまりだからっ…て渡された記憶…かな。甘いもの大好きだからニコニコしたけど…」


『…他には』



 天は、両肘を机について手を組み、口元に持っていく。



「他…体育祭の時に、女の子にハチマキで遊ばれたり…?仕事もしてて筋肉は人よりついてたから、よく触られたりしてたけど…どうでもよくって放置してたかなあ…」


『…他には?』


「あと、好きですって何度も色んな人に言われたけどありがとーってお礼言って終わったり…?部活はしてなかったけど、女の子たちがやたらサッカー部に勧誘してきたりしたなあ…」


『……ハーーーーーーーーッ…おまえ、おま、ほんとに俺の息子かぁ?』


「?…こんなに顔似てるんだから親子だよ?」


『そうじゃねぇよ誰に似たんだそういう所!あ!母さんだな!?』


「そうなの?」


『母さんもなぁモテてモテて大変だったんだぞ!でも本人は気付かねぇの、わざとかってくらい気付かねぇ。だから俺といとが常に隣にいて危機回避してたんだ』


「そうなんだぁ。モテるってよく分からないから、おれも気にしてなかったなあ」



 天は頭を抱え、深くため息をつく。

 ヘラヘラと笑いながらミルクティーを飲む息子の後ろには、大きな中庭に繋がるガラス扉が有る。

 どうやら修繕したようで、見覚えのないガラスになっていた。



『窓、直したのか?』


「うん。昼間にうちに規格外サイズの肉喰ヒが2体来て窓割って行ったんだ。数秒で倒したけど、壊れちゃった」


『そうか、ついに家に侵入か…』


「最近おかしいんだよ。殞の能力、おれよく分かってないんだ。操作っていう印象なんだけど…」


『俺もよく分かってねぇ。けど見たんだろ?石を埋めて操るの。一つだけとも限らねぇけど確実にひとつはそれなはずだ』


「あれが能力の応用なら、わかったとは言えない…」


『…そういや、へるってのは?』


「閱も同級生だよ。ただ、人見知りでずっと殞にくっついてた。だから一緒に遊んでたんだ。殞が死んでからは、おれと茫と霊で遊んでることも多かった。性別っていう概念が閱には無くて、どっちとも取れないからこそ仲良く遊べた気がする」


『ソイツはずっと生きてたのか?』


「んーん、死んだ。しかも目の前で、ビルから落ちてきた古びた看板に潰されて。中学一年生のときだったと思う」


『そりゃまた…けど生きてんだろ?今』


「そうみたい…実際、閱の力がなきゃ海の中の基地には行けない。サメがウヨウヨ居るし、サメだけじゃなくてクジラだって居る、危険な魚もウヨウヨいるから」



 そう話をしていると、魂のスマホが鳴った。

 どうやら、メッセージではなく電話のようだ。


 そこには、茫と書かれていた。

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