第20話 思い出の秘密基地

 目を覚ました眠に手を添え、ベッドから立ち上がらせる。

 眠は少しふらつくが、魂の手をしっかりと握りバランスをとる。



「ありがとう…」


「んーん。元気になった?」


「ええ、もう大丈夫。皆見えるわ」



 一行は医務室を出て、1度戦闘課に戻る。

 天はあまり変わらない戦闘課を見て、少し怪訝そうな顔をする。



『なんだァ殺風景なままじゃねぇか。もっと飾れよなぁ』


「どこをどう飾るの……」


「はは、天さんは散らかしそうですね」


『うるせえなりょう……。つかパソコン点いてんぞ』


「お仕事したまま来ちゃった…まぁいーや」



 魂は自分のデスクに戻り、パソコンを消そうと画面に目をやる。

 すると、なにかファイルがメールで送られてきていた。



「………父さん、これ…開いちゃダメ、なやつかな…」


『課長仕様のパソコンじゃなきゃウイルスあっても……っておめ〜課長か!!』


「うん」



 天は腕を組みため息をつく。しばらく考え、ふと課長デスクのパソコンを覗く。



『ハァ……どれどれ。……ほーん。このファイルを……おう、使ってねぇデスクどれだ』


「んーと、あの一番奥の角の」


『えーと。あそこは確か……あ、このパソコンな。じゃあこいつに転送して…あのパソコンで開いてみろ、そしたらダメになるのはアイツだけだ。こっちのメールは消しとけ』


「わかった」



 魂は言われた通りの操作をし、近くにいた茫が角のパソコンでファイルを開く。

 それは映像ファイルだった。



「魂、なんか動画来てんぞ」


「んえぇ……?」



 困惑しながらパソコンを覗き込むと、画面から陽気な声。



『やーやー!魂くん久しぶりじゃない!元気ですか?アハッ元気だよね、僕の子達をいとも簡単に殺してくれちゃってるんだからね!』



 声も加工されており、顔も見えないようになっている。

 そのボイスチェンジャーを介して聞こえる声は、陽気に話す。



『ねーねー、りょーくん、ボクが呼べなくてビックリしたでしょ!アハ!だってお父さんだけ呼べたもんねー!』


「おいこの動画……さっきの出来事のこと話してやがるぞ」


「うぇぇ…気持ち悪いよぅ……」



 犀はうぇ〜という顔をして少しPCから距離を置く。



『ねぇ!蔡くん久しぶり!生きてたね!アハ!肉喰ヒにしちゃえば良かったなぁ。お兄ちゃんに再会できて良かったでちゅね〜〜!!ねぇお兄ちゃん!?大きくなった蔡くんはすごいでしょお!?アハ!アハハ!』


「……この人、本当にいつもこんな口調なんだ。名前すら知らないけど……とにかく変なんだ」


『ねぇ魂、覚えてるかぁい?ボクと、ヘルと、一緒に作った水中秘密基地!海のふかーいところに作ったよね!行けるのは閱が居る時だけ!アハハ、そこはサメの巣穴の中……誰も来られないの!アハ!懐かしいよねぇ!ねぇ!』


「……やっぱり、シヌなんだね…。なにしてるんだ、このひと」



 魂は動画に向けてボヤく。が、動画である以上向こうには届かない。



『ねぇ、天おじさん…ボクの死体、どーだった!?上手かったでしょ!?ほんとにみんな死んだと思ったんだ!でも、悲しかったのは魂だけだよね…?魂、ボク魂に会いたいよぅ。また、ボクのために泣いてくれるでしょ……?ボクの作るユートピア、きっと気に入るよ!ねぇ魂!死の向こう側においでよ!おいでよ!』



 興奮気味に喋る動画に、魂が顔をしかめる。

 眉間に皺を寄せ、気持ち悪いと意思表示をする。


 そんな魂を見て、眠は魂の袖を弱く掴む。



「大丈夫よ。貴方は強いもの。行く気もないのでしょう?」


「……当たり前だよ。…死の向こう側なんか興味無い、…おれは、生きていたい」



 魂がそう言い放つも、向こうの声は尚陽気に続ける。

 無慈悲に、無邪気に。



『ね、閱も、ボクも居るんだよ?茫と霊がそんなに大切……?眠とかいう女がそんなに大切なの?こっち側においでよ、待ってるよ、君が来てくれるまで…!』



 そこで動画は終わった。

 ウイルス等は無かったものの、気味の悪い動画だ。魂は顔を顰めてそのファイルを削除した。



「…頭がいいのか、悪いのか分からないよ。……自分の居場所をやすやす言うなんて…」


「それほど魂に来て欲しいってこったろ。……なんか腹立つな。当たりめぇだろ、俺と霊の方が100倍、万倍マシな友達だっての。眠ちゃんが大切なのも当たり前だろ、何様だアイツ」


「ホントだよ。茫と僕以外にも、魂には大切な人が沢山いるじゃないか」



 魂は暫く画面を見つめ、パソコンの電源を切る。



「…はぁ。…疲れた……。残業なんかするもんじゃないね。…帰ろ、みんな」



 溜息をつき、少ししかない荷物を持って戦闘課の出口へ向かう。



「魂、天さんも連れていきなよ。召喚したから、みんな見えるよ」


「あぁ……そっか。…父さん、環の事まともに見られなかったでしょ。帰ろっか」


『あ、あぁ……。なんだ調子狂うな……』



 魂は、父を連れエレベーターを開く。

 全員が乗ると、エレベーターは出口の教会に向け昇っていく。


 レトロな鉄格子のエレベーター扉が開くと、眠の書斎に出る。



『お。もしかしてこの出入口……少し変えられたのか?』


「はい。いくつかはあるのですが、これは私の居住スペースに隠してあります。普段ここから降りていくのなんて、私と魂くらいですけれどね」


『それもそうだろうな、なるほど。眠ちゃんはこの教会施設の管理人なのか?』


「ええ。出身が彼岸所の孤児院兼教会だったもので…一応、そういう習わしは受けておりますし」


『なるほど、魂の彼女はシスターって事だ!』


「そーだよ。シスター。かわいいでしょ。ほら、父さんうるさいからもう行くよ。…眠、またあしたね」


「ええ、またあした」



 父の霊を連れ、教会を後にする。

 他のメンバーも散り散りに家へと帰っていく。


 道中には何も無く、静かな夜が流れた。


 帰り道、魂にとっては通り慣れた住宅街に、天はキョロキョロとする。



「キョロキョロして……どうしたの」


『いや…この辺も随分変わったと思ってな。小さかったし覚えてねぇかお前は。こんなに家が増えてたんだな』


「ああ…。そう、みたいだね。いつの間にかこうなってた。…そういえば、空き地も無くなってたなあ……」



 天は魂の横を歩く。

 無言の時間が続く。響くのは魂の足音だけだった。


 家に着き、扉を開く。



「ただいまー」


「おかえりーーお兄ちゃーーーーぁあああだれぇぇぇええ!?!?!?」


「お父さんだよ、環」


「え!?」



 生まれた時に、入れ違う様にして亡くなった父だったためお互いを見たことがなかった2人は少し硬直する。



『なんつったらいいんだ、えーと……お父さん、の、天………』


「あは、ぎこちな。母さんただいま」



 台所に立つ母親に真っ先に声を掛け、その後にリビングのソファに目をやるとそこには男がいた。



「あ。ぼす居たんだ」


「居たよ。っておおお!?!?天じゃないか!!!」


『よぉ〜絲!!久しぶりだなあ!!』


「えっ!?天くん!?」



 穏やかにおかえりと振り返ろうとしたが、亡き旦那の姿を見て落ち着いていられる訳はなかったようだ。



『久しぶりだなぁ操ぉ!相変わらず可愛いなぁ…。…?おいなんで絲がいるんだ?もしかして…つきあっ…………』


「そんなわけないだろ、操ちゃんが好きなのは後にも先にもお前だけだっての。俺は道中危ないから送ってきただけ。巡くんなら部屋に籠ってデザイン画描くってさ」


『巡は何してるんだ?仕事』


「デザイナーだよ父さん。昔からずっと言ってたでしょ」


『おお!夢が叶ったのか!』


「そ。巡の部屋行く?あ、その前に着替えてくる」


『おう!』



 魂は父をリビングに残し、部屋へと戻る。部屋着に着替え、再びリビングに戻る。

 人見知りな環は、まだボスにも実の父にも人見知りを発動しているようだ。



「お、ぉと…………」


『んっ!なんだ〜たまきぃ』


「ヒョォア………」


『そんな怖がるぅ……?』



 そんな環を見兼ねて、魂が後ろから環を抱き上げて強制的に父の元へ連れていく。



「ひゃあ!?お、おに、お兄ちゃん待ってそんなお兄ちゃんに抱っこされるなんてあたしまだ心の順番が!!!!」


「なにいってるの環…??ほら、お父さんにごあいさつ。こわくないよ」


『お兄ちゃんしてる…………』


「元から長男なんだけど……」



 父の目の前に連れてこられた環は、恥ずかしさからか魂に振り返りぎゅっと抱きついて顔を隠す。



「大丈夫〜、お父さんだよー」


『た、たまき〜、お父さんだよー…?』


「………は…………はじ………はじめ、まし…………………て………」


『うんっ、はじめまして…!』


「…………た、たま、き…です…。じ、17、さいです………」


『え!?も、もう17歳なのか!?はや、はやい…!!』


「あなたが死んじゃってからもう17年経つのよ……?」


『そうかそんなに…』


「あなたが死んじゃってからは、魂が頑張って稼いでくれるからママ助かるわ〜」


「戦えるの、おれだけだもんね」


『そうなのか。そっかぁ…頑張ったなぁ魂』


「!…………うん」



 魂は少し照れくさそうに顔を伏せ返事をする。

 そのまま立ち上がり、巡の部屋に向かおうとする。



「ほ、ほら。とーさん、巡に会うんでしょ。巡音楽でも聞いてやってるんだろうから、こっちの音聞こえてないだろうし」


『そうか!よしいこう』



 魂が照れた事など気にもせず、そのまま魂について行くのだった。

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