第14話 消せ

 魂と麟は、昔ながらの麗所観光名所、「麗炎城」に来ていた。

 城の名前に「炎」と入るのは、火災などを彷彿とさせるニュアンスで不吉な気もするが、この城に関しては火災こそあったものの、全焼状態にも関わらずほぼ無傷で残っている城だ。



「ねー。海も見たし山も見たし、上からも見てきたけどもう残ってんのここしかないよォ?犀と蠍さんにも連絡つかないしさ〜」


「こまったねぇ。電波悪いなんてことあるのかなぁ…」


「この機関専用のシステムにそんな事ある……???」


「ない、よねぇ…」



 不可解に思いながら、とにかくまずは目の前の調査を進めていく。


 城の中には勿論許可を得て入るが、特に何かがいる気配も無い。第一、ここに居たらとっくに管理者に見つかっているはずだし、傍に肉喰ヒがいた場合管理者も居なくなっているはずだ。



「だぁれもいないね。気配もない…」


「ここハズレなんじゃないの〜?…って言っても、後は外しか調べるところないよ?住宅街とかも行く?」


「極力行きたくはないけど…そーだねぇ、でも最終選択にしよっか。…ぁ。麟、少し軽い衝撃波…何にも外傷が出ない程度のって出せる〜?」


「え、うん。出すね?」


「うん」



 魂に支持され、何にも影響の出ない程度の衝撃波を周囲に向けて放つ。


 魂は黙って目を瞑っている。



「…出したけど、なに?どしたの?」


「………居ないと思ってたけど、居る。今、衝撃に揺らぎがあった。音波なら1番わかりやすいけど……」


「え?どこに?」


「どっちにしろ中じゃないみたい。外、この城の裏側。…裏庭の更に奥のやぶの中。衝撃波を受けてもまだ逃げてないってことは、知能が低いか作戦を遂行するためにわざとそこから動かない…だと思う」


「時々魂が何言ってるかよく分かんないけど……行ってみよう」


「うん」



 魂の言う場所へ、2人で向かう。

 城を出て後ろに回りこみ、庭園のさらに奥へと進む。敵がいるのは確実だが、その敵の姿が見当たらない。


 ふと魂が歩みを止める。麟は気付かずに背中にぶつかってしまった。



「わ、なになに。なんで止まったの」


「……居るんだけど、出てこない。というか、離れては止まってる。追いかけっこみたいに」



 ポツリと、前だけを見据えて話す。

 視線の先には何も居ないが、きっと魂には見えているのだろう。それが幻覚であるのか、存在はするものの見えない何かであるのだろうか。



「…誘導されてるってこと?」


「たぶん、そう」


「どーすんの」


「…放っておくのもあぶないし…。ついて行くしかない、かな」



 いつもはゆったりマイペースに仕事をする魂が、今に限ってはプロの目付きで敵を見据える。



「かえりみち」


「え?」


「帰り道分かんないと、敵の策にまんまとハマるよ」


「あぁ…そっか…。どうしよっか」


「んー。ていっ」


「わっ」



 麟は突然声を出すと、生い茂る草を衝撃波で散らし目立つ穴を作る。



「これなら分かるでしょ。ここに、魂の氷埋め込んでよ。杭みたいにしてさ」


「そっか、目印。童話みたいだね」


「魔女にたべられないよーにしないとねー」



 敵を追いながら、目印を増やしていく。

 ずっとずっと藪の中を進んでいくと、突き当たる崖が出てきた。

 そこにぽつんと、小さな社。



「なにここ。お社?」


「なんか神様祀ってるのかな」


「さー。麗所の神話って独特でよくわかんないんだよね」


「…ねー、この中のこの台、何乗ってたのかな」



 社の扉の中には、空になった台座。紫の上質な生地の布が敷いてあり、恐らく何か物を乗せて祀っていたのだろう。


 周りを見渡しても、何も無い。

 比較的社の中は綺麗で、手入れが行き届いているが故に、それだけが無くなっているのが不自然だ。



「…んー、薄い何かだとは思う。跡的に」


「だよねぇ。周りには何も無いけど……」


「あ。魂あれ、なんか光ってる」


「崖の下…?」


「取ってくる」


「うん」



 麟は浮き上がり、崖の下の森へゆっくり降りていく。

 が、途中でピタリと止まる。まだ目当てのものにも届かない距離だ。



「りん?」


「…なんだ、これ……」


「なに?なに?」


「魂!まずい、ここ早く離れないとヤバい!」


「……?どういうこと?」


「この下、肉喰ヒしか居ないんだって…!!」


「え。…………もしかして、この面積に…」


「………ギッシリ、何万どころじゃない」



 世間からは隔絶された、肉喰ヒも登ってこられない崖の下。

 その下の森の中に、ギッシリ所狭しと肉喰ヒが詰まっているらしい。



「…………いいよ、りん、木の上の光ってるのだけ取ってきて」


「え。……わ、分かった」



 麟は、手を使わず風の力で光っているものを巻き上げ手元へ持ってくる。そして、魂の隣へ戻ってきた。



「どーすんのさ?」


「消す」


「は?」


「全部消せばいいんでしょ」


「まって!この規模だよ!?」


「…………でも…」


「…わかった、分かったよ、俺の風で後押しする!でもその前に偵察させて、ここなんかおかしい」


「…わかった」


「あと、流石に本部に連絡しないと」


「繋がらない、写真だけ撮って後で本部に送ろう。消し炭にしたあとじゃ意味無いけど、今なら証拠として残せるから」


「わかった。撮ってくる」



 麟はまたふわりと浮き上がり、森の上空に躍り出る。

 偵察の為縦横無尽に空を飛び回り、森の中央付近まで行くと、麟は動きをとめた。



「?おーい、りん?どーしたの、おーい?聞こえるー?」


「……………」


「ねぇー!りーんー!何があったの〜!」


「……………諦無あきな……?」


「………??」



 一向に戻って来ない麟は、下を見続けている。魂の位置からは何も見えないが、麟は戻ってきそうにもない。

 麟は何も言わないまま、その場で拳を握りしめ歯を食いしばった。

 そして

 予備動作も無しに急降下した。



「麟!?」



 下には肉喰ヒの群れが居るはずだが、そんなのはお構い無しと言うように森に落ちる。


 瞬間、地面が揺らぎ、木が全て倒れるほどの衝撃波が崖下を襲った。

 倒れた木の下から、無数の肉喰ヒが這い出てくる。そして、麟が木を倒したおかげで見えてきたのは



「へ…………なん、…?眠……?」



 気絶して、十字の杭に括り付けられた眠と、麟の恋人だった。

 肉喰ヒ達は一目散にその2人の元へ襲いかかる。が、その肉喰ヒ達は継続的に放たれている衝撃波で全て弾き飛ばされている。



 魂もまた、その瞬間から、自身の恋人しか目の中に入っていなかった。

 氷で足場を作り、その上を渡ってその場へ向かう。途中まで助走をつけると、一気に飛び上がり、まだ距離のあるはずの目的地まで降りる。



「麟…ここだけだよね?……消していいんだよね?」


「…当たり前でしょ。全部、消していい」



 2人は短く言葉を交わすと、衝撃波に乗せて瘴気を放つ。

 瘴気は広がる衝撃波に合わせて、周りのもの全てを消し去っていく。

 鬱蒼と生い茂っていた森林は、跡形もなく消え去っていた。

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