第15話 留まり続けた思い出
『おにーちゃん!』
『なーにー?』
『あのね!おれね!』
『うんうん』
『いつか、おにーちゃんみたいに、とーーってもつよくなる!だっておにーちゃん、あのヒーローのなかの、すごーいひとなんでしょ!?』
『あっはは、そーだよー?おにーちゃんは凄いんだよー?がんばーれー』
まだ幼かった弟と、まだ幼かった俺。機関に居る年月は長い方だ。中学生の時から居たんだから。
だけど、あの機関で働き続ける理由はただお金が欲しかったからで、特に思い入れなんてなかった。
弟の笑顔が見ていたかっただけだった。
*
「蔡!なぁ蔡!」
「犀、おちついて、犀……!」
「だって蔡が!あそこに、あそこに弟が……!」
混乱し狼狽える犀。蠍の方も混乱しているが、目の前の取り乱した同僚に困惑している方が大きかった。
いつも柔和な笑みで何事もひらひらやり過ごす犀がこんなにも狼狽え取り乱すのを、きっと誰も見た事がないだろう。
もちろん、名前を呼んでも、皁も蔡も返事などしない。
どうにかして下に降りたいが、何も浮遊できる技能もなく、周りを見ても降りれるような場所などない。
「早く降りて助けたいのは山々ですが、どうやって……」
「飛び降りればいい……」
「は?」
「下、水張りだから…死にはしない……」
「……なるほど、透明度が高すぎて見えませんでした。……けどこの高低差では、死なないにしても……」
「怪我だとかそんなのもうどうだっていい、あそこに行けばあの水中レバーを引いて鎖を解除して2人を助けられるでしょ?」
眼下に見えるのは透明度の高い水とその中の中心にあるレバー。水の水面と同じ高さには、乳白色の突起が半円ずつ付いている。赤黒い床の真ん中にレバーがあるため、そこへ潜れればなんの問題もない。
しかし、蠍だけは気付いた。冷静さを欠いた犀は気付いてないようだが、あのレバーは、あの床は……
「いけません、犀、待ってください」
「なんなの?どうしたのさ」
「よく見てくださいよ。……口です、これ」
「……は?」
「この中に入ればまず間違いなく、レバーに届く前に喰われます。……周りに石は……無さそうですね。ハエトリグサのように待ち構えているのかと」
「……あの水は、唾液?」
「いえ、消化液か何かかと。……突っ込んでみないことには分かりません」
「何を?何を突っ込むのさ」
蠍は少し考えたあと、口を開く。
「私の蔦を使いましょう。アレに関しては私に痛みなどは伝わりません」
「それでどうするの?ハエトリグサだったら届く前に食べられるし、そしたら2人は?」
「私の蔦で拾って引き寄せます。幸いここは土壁みたいですからどこからでも生やせそうですね」
「あれ、身体からだけじゃないの?」
「土を経由させればどこからでも生やせますよ」
蠍はそう言うと、柵の外に手を出す。
そして、壁に向かって勢いよく太い
その蔦は、土を巡って縦横無尽に壁から生えてくる。
その全てで、一気に水の中へと蔦を伸ばし、勢いよく水へ入る。
その瞬間、乳白色の突起が迫ってきた。やはり口だったようだ。
そして現れたその全貌は、超巨大な” 肉喰ヒ ”だった。
数十メートルはあるであろう巨大な肉喰ヒの顔が現れ、レバーは粉砕され、鎖で繋がれた2人が下へと落ちそうになる。
間髪入れずに太い蔦を伸ばし、2人を巻きとって引き揚げた。
肉喰ヒが動き出したことで洞窟の基盤が崩れたようで、地震が起こる。
「犀!蔡さんをおぶってください!逃げますよ!」
「わ、わかった!」
2人はそれぞれ背負い、洞窟から抜ける。
あの長く感じていた道が、今は出口まで一瞬の距離になっていた。
2人は洞窟から距離をとり、森を抜ける。
そして小高い丘の上に走り、元いた方向を見やる。
そこには、規格外のサイズを誇る肉喰ヒが咆哮をあげて佇んでいた。
流石にあのサイズを相手にするほど馬鹿では無いが、今ここで何とかせねばならない。このままでは住民たちに被害が及ぶ。
「犀、通信つながりますか!?」
「ま、まって、えとっ……あ!つ、繋がった!ねぇ魂!!麟!!今どこ!?え?なにその荒野マジでどこ?」
『……眠が傷ついたから腹たって全部消した』
『諦無が人質みたいになってたからムカついて全部壊した……』
「お願い!!そのテンションのままこれみて!やばいの!」
『…?……!?で、でっか、え……』
『えとGPS……ここか!わかった、今行く!待ってて!どうにか耐えてね!!』
「了解!」
犀は通信を終えると、丘の上に有る一本杉の根元に弟を降ろす。
「動きくらいなら止められる、でも香りが届くかどうか……」
「私の蔦をアイツに張ります、太いのを何本か並べるので走っていってください」
「マジで言ってる…?わかった、頑張るよ……」
蠍はそういうと、言った通り橋のように相手の首目掛けて何本も太い蔦を巻き付けた。
犀は勢いよくその蔦を走っていく。不安定な道だが、落ちずに香りの届く距離まで近づくと、犀は肉喰ヒに向けて芳香を放つ。
「ガ……ァ゛………!」
「ほら、こっち見なよ。……うん。…いーこ」
肉喰ヒが犀を見つけた瞬間、犀の桃色の目が更に輝き、相手に術をかけ真似をさせる。
膝をついて動かないまま、蔦は犀を乗せて勢いよく丘へと戻る。
犀はその姿勢から地面にゆっくりと立つ。それに合わせて肉喰ヒも立ち上がる。
仁王立ちのまま、犀は肉喰ヒを睨み続ける。
肉喰ヒは芳香のせいで焦点は合っていない。空を見上げ、犀と同じポーズのまま洞窟のあった場所に佇む。
「早く、はやく……!目が痛いぃ…!」
「瞬きしたらダメなんですか…」
「してもいいけど、この距離だと解けちゃうかもなんだよぉ」
「そうですか…。にしても、やっといつもの貴方に戻りましたね。さっき少し怖かったです」
「ごめん……。蔡が生きてると思わなかったんだ……それも、こんなに大きくなってて……」
犀の声はしりすぼみになっていく。
沈黙が流れる。
「貴方、家族は?」
蠍は思い切って沈黙を破る。その話題も綱渡りだ。
犀は少し間を開けてから、ゆっくり口を開く。
「……居ないよ。親戚も、両親も、家系図に載ってるはずの人間は、もう居ない。全員」
「え……そ、そこまで……?」
「……蔡、起きそう?この蔡、生きてるの?」
「暖かいですから、生きてはいると思いますが」
「そう……。本当は蔡も死んでると思ってた。蔡と最後に会ったのは、蔡が中学生になった時だったから。親戚全員が葬式で集まってた日にね、ぜーんぶ、全部……食べられちゃって、肉喰ヒになったんだ。蔡だけは守って、蔡だけは生き延びたんだけどね」
「……肉喰ヒに、なったのですか」
「うん。そこに喪服を着て集まってた人達みぃんな、肉喰ヒになった。音を立てて体が壊れてったんだ。……あの時、この太刀を使って全員を倒した。…蔡はずーっと泣いてたよ」
「………」
「……蔡が中学になるまでは、俺、この仕事で稼いだお金で自分と蔡を学校に通わせたんだよ?偉いでしょ」
「……そう、だったんですね」
「……だけど蔡は……突然帰ってこなくなっちゃったんだ」
「……………」
「でも生きててよかった!……早く起きないかなぁ」
犀の顔は、蠍の位置からは見えなかった。
声は何ともないような声をしているが、一体どんな顔をしているのだろうか。
そのまま、また沈黙。
2人で口を閉じたまま、残り2人が来るのを待ち続けた。
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