第16話 蔡
しばらく耐えていると、
木の根には、2人が担いできたそれぞれの恋人も加わり4人が気を失って寄りかかっている。
「このサイズは……。サンプルを取るにしてもちょっとデカすぎだよねぇ……」
「衝撃波でも転ぶかどうか……」
「今は犀のおかげで動きませんが、これにも限界はありますから……」
この大きさは幹部が4人集まっても厳しそうだ。しかし、そこで考えているところに声が聞こえた。
「おーい、いたいた……なんっっじゃあれ」
「あ、明。忘れてた。あれどーしたらいいかな」
「忘れんなよ泣いちゃうぞ?サンプルは取れねぇなぁ。てかなんで4人もぐったりしてんの……」
「話すと長いんだけど、とにかく、もしかしたら地方ってやばいかも」
「……ここは特に土地が広大だしなぁ。まぁ、雪所の方がでけぇが」
明は敵を見つめて考える。
殺すしか無いのは明白だが、あのサイズをどう殺すか、だ。
魂の瘴気にも限界があるし、あのサイズへ衝撃を与えても、普通のサイズよりも効きづらい。
「俺の頭じゃ分かんね。蠍なんか無い?」
「1個思い付きましたよ」
「ハイ天才、なに?」
「犀、レーススケートしてたんですよね?」
「え?うん」
「魂、犀の模倣を解いてからの作戦ですので素早さ命なんですが」
「え?もしかして氷の上滑る感じ?シューズとか何もないんだけど」
「あー……」
蠍はそこで少し考えたが、あまり思いつきそうにないようだ。
「……素直に応援呼びますか……」
「そうだね、そうしよそーしよ」
「麟もしかして最初からその気だった?」
「わりと」
そう言って、麟はウィンドウを起動し応援を呼ぶ準備をしていた。
すると、後ろから声がした。
「にー、ちゃん」
「え?」
犀は振り向く。誰を指したか分からないはずなのに、何故か、その声に反応した。いや、せざるを得なかった。
耳に馴染みの無いはずの、でも聞いたことのある…弟の声。
根元でまだぐったりしているが、顔は、目は、犀を見ていた。
「さい……?」
「蔡、だよぉ……へへ、よくわかったね、にーちゃん……」
「わかる、わかるよ、当たり前でしょ!俺の大切なおとっ……………ぁ…」
声に気を取られ目線を肉喰ヒから逸らしてしまったことに気付き、ゆっくりと振り向く。
規格外の肉喰ヒは、術が解けた瞬間に咆哮を上げた。
そしてその顔がゆっくりと振り向く。目線は、そう、犀に向いている。
自分にこんな術をかけた男を生かしておくまいと、その眼には恨みさえ見える。
肉喰ヒはゆっくりと犀に近づく。丘へと近づく。
「やーぁば……ァハ、これもしかしてヘイト取られたやつぅ?」
「にーちゃん、もう1回、真似させて」
「へ?」
「いーから、もーいっかい」
「わ、わかった、がんばる」
術が掛かるか一か八か、一度かけたら次は運頼み。
犀は、虚ろな肉喰ヒの目を見つめる。
「かかれ、かかれ、かかれ……!」
「掛かるよ、にーちゃん、ほら」
蔡はゆっくりと立ち上がり、犀の後ろから軽く抱く。
すると、桜の香りがふわりと香った。
次の瞬間、掛けていたにも関わらず動いていた肉喰ヒが止まる。
ピタリと、犀と同じポーズになる。
「へ……」
「にーちゃん、バフ掛けたら、やっぱり凄いや。あとは……」
「さ、蔡……なにしたのさ……なぁ、なにするの…?」
「ぼくがやるよ、にーちゃん」
蔡は犀から離れると、固まったままの肉喰ヒに向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと犀!?弟くん?なのかな、危ないよ!?」
「お、オレだって危ないと思うよ!?幹部こんなに居てなんも出来てないのにさぁ!ねぇ蔡!蔡!!」
「あは。この後は機関で働こうかなぁ。だーいすきなにーちゃんの隣で、一緒に」
「は……?」
余裕そうな声で、蔡はゆっくりと丘の縁まで辿り着く。
そして、次の瞬間
眼下に広がる広大な森が、桜ではない木ですらも桜に変わる。
強い桜の香りが周りを包む。
桜の木がざわめき、桜の花がちりぢりに空中へ舞い始める。
花びらが竜巻状に肉喰ヒをつつみ始め、桜の竜巻が姿を消した後に残っていたのは
四肢を切断され、頭部も落ちた肉喰ヒの胴体だった。
「…これだけ出来るのに、悔しかったなぁ……あの男、絶対に許さない……」
「さ、蔡…えぇ……?」
蔡は呟いたあと、くるりと犀に向き直り、弾けるような笑顔になる。
「ねぇ!かっこよかったにーちゃん!?兄ちゃんが1番だけど、僕も成長したでしょ!?」
「さ、桜の木1本どうにかするだけで精一杯だったのに……?」
「うん!何本でも行けちゃうよ!ね!ね!幹部なれる!?なれる!?……まだたりない……?」
「え、えと……」
「なれるよ。おとーとくん」
魂が口を開いた。
蔡は一瞬「誰だこいつ」というような顔をしたが、次第にパァァァっと顔を輝かせる。
「も、もしかして、ずっとずっとナンバーワンの……?」
「うん。ソールだよ」
「ひ、ひーろー……!!」
「あは、カッコイイね、その言い方」
「僕も入れますか!?なれるんですか!?」
「もちろん。君くらいの能力幅なら幹部なんて夢じゃないよ。入った初めは最下位からのスタートだけど、年1回の能力判定審査によってはあがるよ」
そんな話を、眠を抱き抱えながら話す。まだ眠は気絶しているようだ。
「にしても、こんなに幹部がいてもどーにも出来なかったのに、蔡くん?凄いんだねぇ」
「ここが森だったからですよ。僕、木の無いところじゃ役立たずで……」
「木が有ればいいの?」
「はい…」
「なら、私が木を生やせばいいだけですね」
「それに君、バフ掛けれるんだ?」
「はい……」
犀の2度目の模倣は、相手が大きいほど掛かりづらい。それを無事掛けることが出来たのも、蔡の力だ。
話し込んでいると、木の根元から次第に声が聞こえた。
「んん…………んぁ、なにここ」
「あきなぁぁ〜〜〜〜〜〜」
「うわきしょ……なに………?」
「彼女にきしょって言われた今??」
「嘘だよ」
麟の恋人の諦無が目を覚まし、隣に寝ていた皁も目を覚ます。
皁はこの状況を少し間を置いたがすぐに理解したようだ。
「明さん……あ!に、にんむ!にんむ!!!」
「もう終わったようなもんだろ。いーよ気にしなくて。それよりお前に頼みたいことあるし……守れなくてごめん」
「あ、あ、はいっ大丈夫です!あ、あ、蠍さんも皆さんお揃いで……」
「皁さん、お怪我は?痛いところは有りませんか?よかった、起きなかったらどうしようかと……。今度は捕まったりしないでくださいね、心配です……」
「あ、ぇ、ぁ、はい……すみません、以後気を付けますので……!」
「あ、違います、怒ってはいませんよ、とにかく、……今度からは守りますから」
「?? は、はいっ」
ただ1人、眠だけはまだ目を覚まさない。
心配そうに眠を見つめる魂。力が抜け地面に落ちた眠の指先を拾い上げ、手を握る。
そうしても、眠は、息こそしているものの起きる気配が無い。
「ねむ……」
「ぁ、あの、ソール、さん」
「魂でいいよ。…なぁに?蔡くん」
「その方は……」
「機関のNo.5……で、おれの、恋人」
「スリーパー、さん?」
「そ。………起きないねぇ。…眠、これじゃあ名前通りだよ、早く起きて……」
魂の切なそうな声は空を切る。眠はまだ起きない。
魂は、眠の隠れている方の目に何か違和感を感じた。見えていないから、目には見えない、でも何かがおかしい様子。
眠の髪の毛を、手で優しく退ける。
すると、腐りかけているだけだった右目は、完全に空洞になり、見るも耐えない状態になっていた。
「…………!!」
「え…なんですか、それ……」
「眠は1回、肉喰ヒになり掛けたの。……その時は、おれがそうなる前に殺したんだ…。燃やして、供養しようとした時に、眠は炎の中から起き上がったの」
「えっ?」
「眠は炎と強い癒しの能力でね。それの関係かな…不死鳥みたいに、生き返ってくれたんだ。全部、髪の毛も燃えて今とはかけ離れた姿だったけど、それでもおれは眠が好きで、眠が生きてるだけで嬉しくて……。守るって決めたのに……」
「………。なるほど……」
「……ねぇ蔡くん」
急に、魂の声色が変わる。話終わり悔しそうに歯を食いしばっていたのに、急にふっと力が抜けた。
「…な、なんですか」
「これをした” 男 ”って、言ったよね」
「は、はい」
「……どんなやつ?だれ?」
「…っ!!」
こちらを向いて問う魂の目は、いつもの無気力に穏やかな瞳ではない。
恨みが籠った、本気で殺しに行こうとしている目だった。
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