第17話 弱点

「禊……魂…………あいつ、あいつあいつあいつ……アイツゆるさない、弱点どこなんだよ、ボクが、ボクがいっぱい敷きつめたのに!!アイツ追い込めると思ったのに!!なぁ!!!なんであんな森全部消しちゃうんだよ!!!限界あるんじゃないのかよ!!!」



 暗く照明もまともに着いていない、コンピューターの光だけが照らす部屋。

 無機質な鉄筋コンクリートの壁に囲まれた冷たい部屋で、一人の男が癇癪を起こす。



「落ち着きなさい。彼は、まだあの時点では力の100分の1も出てないと思いますよ」


「なんでさ!?消えたじゃんか!!森!!消えたじゃんか!!」


「原因は、隣に居た衝撃波の男でしょう。洛 麟という男です。先に消すのであれば彼でしょうね」


「そいつの彼女も拉致ったんでしょ!?」


「ええ。しかしまぁ、今回の作戦は、あわよくばを狙ったものですから。いえ大収穫ですよ?ほら、これを見なさい」



 男を嗜めた、もう1人の長身の影。

 その手には、瓶に詰められた眼球が浮かんでいる。



「剣 つるぎ ねむの右眼です。肉喰ヒと人間の間、腐り落ちかけた眼球。如何です?唯一無二の人間のサンプルですよ」


「わ、ぁ……!ねぇそれ貰っていいの!?研究!研究させて!!」


「ええ、どうぞ」


「アハ、アハハっ!僕らのユートピアは誰にも邪魔させない…………魂、絶対殺してあげる、絶対絶対絶対に!!」



 無機質で冷たい部屋の中に、高笑いが響いた。





 *





「名前は知りませんけど、猫背で、細身で不健康そうな男です。ハイテンションで、というか……狂っているような男でした。応戦しようとしたんですけど、周りに木がひとつもなくて……」


「髪は?目の色は?幾つくらい?」


「えっと……。たしか、髪は魂さんと同じ色でした。それで、目は金色で、虚ろでした。たぶん、彼岸所の男です。それで……年齢も、魂さんと一緒くらいだと思います。クマが酷くて、痩せこけてて、服も汚げでした」


「……………。ありがとう。そっか。…本部に戻ろう、報告しなきゃ」



 魂は眠を持ち上げ、姫抱きをしたままエレベーターのある地点まで歩く。

 それに続き、目を覚ました3人と他4人も続いていく。


 その間、魂は無言で、1人で考え込んでいるようだった。



「なぁ………なんか変じゃねアイツ……」


「あんな怖い顔してる魂いつぶりでしょう……」


「てか眠さんの話オレ知らなかったんだけど……」


「犀が入ってくる1年前くらいの話だし…」


「えっ麟知ってたの?」


「知ってたも何も、見たし……」


「エエッ」



 後ろでコソコソと4人が話す。

 先程まで饒舌だった蔡は、急に大人しくなっていた。



「蔡?元気ないの?おなかいたい?」


「えっ?あっちが…………」



 蔡はチラリと目だけを後ろに続く女性陣に向け、すぐに下を向く。



「もしかして………女の人怖いの?」


「あ、や、怖いっていうか……」


「話せないの?」


「うん…………。にーちゃんみたいに陽キャじゃないし………」


「うんにーちゃん陽キャじゃないよ?」


「陽キャだよ…………」



 そんな会話をしながら、エレベーターに乗る。人数が多いので、2回に分けて本部へ戻る。


 本部へ戻ると、魂は眠を医務室へ運んだ。

 ベッドへ寝かせると、医務室の医務係が出てきた。



「あれ、珍しい魂くん。どうしたんじゃい」


「……眠、おきないの」


「眠ちゃんが?こりゃまたなんで」



 魂は、医務係のしきに事の顛末を話す。

 気を失ったまま起きない眠を見て、魂の顔はいつになく沈んでいた。



「…ふむ。死んではない、気絶しとるだけじゃいの。……暗いのぅ」


「…だって、…また守れなかった……」


「その件に関しては仕方の無い事じゃて。死んではおらんと言うたろう。…右目が無くなってしまっただけじゃ。じぃが眼帯を作ってやる、元気だしなさい」



 そう言われても、泣きそうな魂の顔は変わらない。

 涙が落ちるのを必死に止めているように震えている。



「のぅ魂?お前さん、渡すもんがあるんじゃろ?」


「ぁ……う、…でも、こんな状況の今じゃ渡せないよ……」


「はーーぁー!じぃ、老い先短いもんじゃからはよーーー晴れ姿が見たいのーーーぉーー!!!」


「うぅ……」


「青い箱渡すだけじゃろて!レストランでも取るかね!誕生日かね!」


「………た、…誕生日…………に、教会の、ステンドグラス…………で………」


「はーーーーっ決まりじゃなぁ!!!諜報課の天気操作のやつにたのんでおくわ!!満月か!?晴天か!?」


「…………満月………で………」



 縲がそう茶化しても、魂は淡々と答えるだけで笑顔になりはしない。

 二人の間に、少しの間沈黙が流れる。

 縲が耐えかねて、口を開こうとする。すると、代わりに魂が口を開いた。



「ねぇ、俺と同じ髪の色で、狂ったような感じで、貧相で、金色の目の、汚いような服きた男ってさ……心当たりある?」


「……そりゃお前さん、お前さんがよく知っとるじゃろうよ」


「………そう、だよね。…あいつしか、いない、よね…………だけどっ…」


「だけど、『アイツは自殺したはず』じゃろ?」


「っ……………。うん……」


「………じゃが気になるな。こちらでも調べてみよう。ほれ、眠ちゃんのことも見ておく。お前は仕事に戻りなさい」


「………わかった」



 魂はしぶしぶその場から立ち、医務室を後にした。

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