第9話 甘い香り
最上階の庭園に足を踏み入れると、ふわりと甘い香りがする。
生い茂る芝生は青々としていて、地下にある本部の最上階とは思えないほど澄んだ空気と晴々とした空が広がっていた。
その庭園の真ん中に、大きな木がある。その木には黄色く小さな花が、ポツポツと集まって咲いている。
甘い香りは、そこから来ているようだ。
その木の下には、芝生に横になり眠っている、淡い桃色の髪をした青年が居た。
淡い春色の着物を着て、気持ちよさそうに寝息を立てている。
眠っている顔立ちは、端正で穏やかそうだ。
「
「……」
「犀ーー」
「……」
「ねてるね」
「寝てるね」
すやすや寝息を立て、全く起きない。
すると魂は、しゃがんで犀の額に、指を丸めて向ける。
少し力を込めて、パン!
犀の額の中心に思い切りデコピンを放った。その瞬間、犀は飛び起きそのまま、また倒れ、額を抑えて悶え始めた。
「いっっってぇ……!!!」
「あ、起きたねぇ」
「起きたねぇじゃないってぇ!!!魂のデコピン痛いに決まってるじゃん!」
「おはよぉ」
「話聞いてる????聴力ゼロ????」
「巡〜、この人が犀だよ〜。9だけどほんとに9なのかよくわかんないくらいしれっと敵倒してくるんだ〜」
「褒められたのは嬉しいけど……!嬉しいけど……!!」
「はじめまして、魂の弟の巡って言います。デザイナーです」
「んぁ、デザイナーさん?……??なんでオレに会いに来たの?」
「制服作ることになったので、幹部の方々に挨拶回りに来たんです」
「あぁなるほど……。えっとー、はじめまして、
犀はへらっと笑うと、隣に置いていた大太刀を掴んで、杖にして立ち上がる。
男性の着物にしては袖の振りが大きな和服で、先にはオレンジの小さな金木犀の飾りが着いている。
そして、上は和服、下はスキニーズボンという斬新な組み合わせだった。案外似合う。
淡い桃色の髪の毛が、どこから吹くのか分からない風になびく度にふわりと金木犀の香りがする。
「香水ですか?」
「え?なにがー?」
「いや、木の他にも、金木犀の香りが沢山するから……犀さんの香水かなって」
「んーん?体臭」
「体臭!?!?」
「はずかしっ」
「いやめちゃくちゃいい匂いなんですけど……。犀さんの能力に関係が?」
「あぁ、そだね。オレの能力は、この香りで包み込んで相手に幻覚、催眠を起こすことと、あとねー……。魂、借りるね〜」
「え?やだあ」
「んーん借りる〜」
問答無用というふうに、犀は魂を見つめる。濃いピンクの瞳が少しだけ淡く光る。
すると、自分のほっぺたを少し
それと同時に、魂が同じ動きをした。
「んぃ……いひゃいよせぃ……」
「んははっ、魂かわいい〜」
「25ひゃいになにさせぅの……」
「みえなーい」
犀は次々動きを変えていき、それに合わせて魂も動く。
「え、すげぇ、同じ動きしてる」
「そ〜、まねっこさせられるんだ〜」
「兄さんハート作って〜」
「やだ」
「ふふーん」
「や゙〜だ〜!!」
手でハートを作らされる魂の顔は、凄く嫌そうだ。
巡はスマホを取り出し、カメラを向ける。
角度にこだわりパシャパシャと撮り始めると、犀も楽しくなってきたのか魂に色々なポーズを取らせる。
ついでに犀も撮ると、ピタリと止まった。
「巡くんそれどうするの」
「え?gramに載せようかなって……」
「魂は顔が良いけどオレはダメ!!魂の顔百発くらい殴った顔してるからダメ!!」
「兄さんの顔100殴ったら消し飛ばされそうだな……。ていうか全然そんな顔してないですから。イケメンが何言ってんですか」
「イケメンじゃないってぇ……」
犀がしょぼくれると、まだ術にかかったままの魂もしょぼくれる。
「犀〜、そろそろ解いてよ〜」
「あ、ごめーん」
指をパチンと鳴らすと、術は解けて魂に自由が戻った。
とても指パッチンの音が良い。
「犀さんは、何か武器は使うんですか?兄さんは能力で変形させて武器作るけど……」
「オレはこの大太刀だよー。能力はサポート向きだからね〜」
「ガンガン前衛行くくせに……」
「だって斬りたいじゃーん」
「犀の剣術はねー、どの幹部より強いんだ〜」
「へへーん、凄いだろ〜ふふーん」
「すぐ調子乗るところ、俺ともしかして同い年ですか?」
「22だよー」
「ほら同い年だあ!」
「どうしてだろう……巡の方が歳上に見える」
「ふふん、大人っぽいからね俺」
「やっぱり同い年だね〜」
22歳の2人がわちゃわちゃとしていると、先程戦闘課に居た茫がやってきた。
「おい犀、出撃だぞ」
「あ!わかりました〜」
「十分昼寝したんだから、数殺ってくれよ」
「はい!あ!10はさっき、研究課に行ってたよ!」
犀は、そう言って茫の背中を追う。金木犀の飾りが着いた大太刀を担いで、エレベーターに乗り込んで行った。
次の空のエレベーターが到着し、2人もエレベーターに乗り込んで研究課に向かう。
研究課に戻ると、丁度No.10がサンプルを持ち帰ってきたところだった。
どうやら、持って帰ってきた肉喰ヒは眠っているようだ。
「お、よぉ魂じゃん。何してんの?」
「弟とね、幹部巡りの旅してたの」
「なにその特殊な旅……。で、自己紹介したらいい?」
「うん、おねがーい」
「No.10の
「いろいろちがぁう……!うとは、眠らせたらうとが起こすまでぜーったい起きないの!だからその間に切られても起きないの!……下手したら俺もやられちゃうんだよ?」
「あっはっは!過大評価すんなぁてぇ!まぁたしかに起きねぇわなぁ。で?なんで幹部巡りなんかしてんの?」
「弟がね、制服作るの。だから、幹部のこと紹介して回ってるんだ〜。すごいでしょー」
「へぇへぇ、凄いねそりゃ。おれにゃどんな服作ってくれるんかね」
「あはは、初めまして濶さん。巡って言います。濶さんはそうだなぁ……パンクな見た目だし……ストリート系……ダンス系?を取り入れたいかなあ」
巡はまた、メモ帳にサラサラと書き込んでいく。
どうやら、今まで会った幹部のラフデザインを描いていたようだ。
左側は刈り上げで、右側に赤い髪を流したアシンメトリーな髪型と、刈り込み、拡張ピアスにインダストリアルピアス、派手な見た目に合うシルエットを描いている。
「ん……おおー!すっげー!なぁ魂、似合うか俺!?」
「にあうにあーう」
「雑だなぁ……」
「んし!ありがとうございます濶さん!……結構、見た目の割に控えめな性格だったりしますか?」
「ン?さーなぁ。どーよ?魂」
「自己評価低めだなぁとは思うけどね〜。下に兄弟が居るとそうなるの?」
「兄さんも自己評価低いもんね。陰キャの猫背根暗の引きこもりって。目の下のクマさえ消したら、雑誌の表紙モデルして欲しいくらい顔がいいのに……」
「絶対に嫌だ……」
濶は2人の会話に笑いながら、ふとスマホを眺めた。
スマホには、弟から着信が来ていた。
あまり弟からの着信など無いらしく、急いで掛け直す。
「悪ぃ2人とも!ちっと電話!」
「ん?うん、行ってらっしゃい」
少し離れた位置に行き、電話をする。
「どうした
『兄貴助けてくれ!!!いま、家に、窓に、』
「お、落ち着け!どうした?」
『肉喰ヒが……!!』
「……!わかった!すぐ行くから待ってろ!」
濶は電話を切り、その位置からエレベーターのボタンを押す。
「魂!巡くん!悪ぃ!!家に肉喰ヒ出たんだ!いってくる!!」
勢いよくエレベーターに乗り込み、そのまま地上に上がって行った。
魂と巡は、出撃した濶には護衛はいらないだろうと、まだ会っていない2人を探すことにした。
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