第10話 社畜
3と8は、この仕事の他にも勤めている会社がある。どちらも、その会社に入社した後に能力の有用性が分かり組織に入ることになった2人だ。
ちなみに3は、どうやら魂と茫の幼馴染らしい。
本来ならば組織に決まった時点で辞めるのが定石だが、どうやら2人の会社はいわゆる「ブラック企業」らしい。
どう足掻いても辞めさせて貰えないと、2人して飲み会の席で泣いていた。
そのため2人はなかなか本部でも会えないだけでなく、仕事中にこっそり出撃している。
いっそクビにしてくれと、最近は少しずつ反抗心が出てきたのか、バレそうなギリギリのラインで出撃しているようだ。
昨日の學からの未来予知で、銀も霊も出撃はしない予定になっている。
それならば会えるだろう。
魂と巡は戦闘課に戻り、パネルを見上げる。
「はぁ……エレベーター酔っちゃったよ兄さん……」
「おれもぉ……」
「慣れてるんじゃないの……?」
「さすがに一日でこんなに行ったり来たりしないもん……」
「そっかぁ……」
パネルの銀と霊の表示は「不在」
出勤の日のはずではあるため、外出扱いのようだ。
移動しすぎて疲れた2人は、大きなため息をつく。
魂はフラフラと、普段自分が座っているデスクに寄っていき、オフィスチェアに力なく座った。
デスクには金のプレートで「戦闘課 課長 禊 魂」と彫られている。
「わぁ。ほんとに課長なんだ兄さん」
「疑ってたの……?」
「いや、似合わないなぁって……」
「んぇーーん休みの日にこのプレートとパソコン見たくないよぉ〜」
「どんまぁい」
「はぁ……。溜まった書類やっちゃお……はぁ……」
「え。えら」
「社畜って毎日こんな気持ちなのかなぁ……」
「きっとそうだね」
2人が疲れによる気の抜けた会話をしていると、戦闘課の扉が開き、更に死にそうな2人が入ってきた。
2人はネクタイを締め、スーツのジャケットを片手に持ち、1人は鞄を握りしめ、1人は自身の武器を握りしめ、か細い声で「おつかれさまです………………」と呟いた。もはや聞こえない。
「あ、きたあ」
「あの二人?だよね。霊さんの事は知ってるし」
「うん、そーだよ。霊〜!銀〜!お疲れ様ぁ!ねぇねぇちょっとこっちきてぇ〜!」
「うわおっきい声出るんだ兄さん……」
「……ひどい……」
魂に呼ばれ、死にそうな顔を上げる。
2人がフラフラと近寄ってくる。
「なんですか課長……おれ何かしましたか……肉喰ヒは殺しました……なんか、なんかやらかしたんでしょうか……」
「え?ちがぅ……」
「どうしたの魂……遅くなりすぎ……?もしかして解雇……?ごめんなさい……」
「え?え?いやちがぅ……2人とも大丈夫だよぉ……?お話聞いてくれるぅ……?」
魂は困り顔と困惑した声で2人を慰める。2人は安堵した顔でこくんと頷く。
魂は2人に事情を説明し、巡も挨拶をした。
「へ……。せいふく……。スーツで仕事しなくて良くなるんですか課長……!?」
「う、動きやすい格好で仕事ができるようになるの魂……!!」
「う、うん。着替える必要はあるけど……」
「あ……」
「そうだ……」
「スーツの呪縛からは逃れられないんだ……」
「2人とも元気出してぇ……?ボスとおれで圧掛けに行くから元気出してぇ……?」
「そしたらやめれる……?」
「労基に掛け合ってるから今……」
「魂すき……」
「課長だいすき……」
「どうしよう……仕事に押しつぶされすぎて2人の個性が何も見えない……」
巡がそう言うと、銀と霊はハッとし、勢いよく頭を下げる。
「ご、ごめんなさい巡さん!!デザイナーさんに自己紹介もせず!!社会人失格です!!」
「知っている人だといえごめんなさい!!改めて挨拶するべきだったのに!!」
「え?え?いや、あの、頭あげてください……あの、大丈夫ですよ……?」
2人は頭をあげる。その顔は叱られてしょぼくれた後、うるうるとした目で見つめてくる犬のようだった。
2人は気を取り直し挨拶する。
「な、No.4の
「お、俺はNo.8の
「銀さんのは……液体も可能なんですか?」
「あ、ええ……水銀、とか……融解度の低いガリウムという金属も……」
「なるほど」
巡は何か納得し、メモ帳に書き足していく。
そして満足気な顔をして頷き、2人に元気よく声を掛ける。
「かっっこいー服にしとくんで!スーツなんか着てたこと忘れちゃうし、会社の人よりも一線も二線も上なんだって思いますよ絶対!」
「す、すごいなぁ」
「ほんとに……?スーツなんか、わすれられる?」
「もちろん!俺がデザインしたんですよ!カッコよくなくてなんだってんですか!ふふん」
「や、やる気出てきた……!!」
「巡君が言うと、ほんとにそう思えるかもしれない……!!」
社畜2人は死んだ顔を輝かせ、久しぶりに笑った。
魂はその様子を見て、少しホッとした顔をしていた。
全員分を聞き終えた巡は、一礼をして「事務所行ってくる!」とエレベーターに乗り込んで地上へと上がって行った。
休日出勤だった魂も、その日は家に帰ることにした。本日4時からの予知戦闘に助っ人として行きたい気持ちもあるが、予知の中には勝算があっての人選ということもあり、無駄な手出しはかえって危ない。
エレベーターに乗り込み、教会を指定して地上に上がる。
エレベーターから降り、教会が嫌にしんとしていることに気がつく。辺りを見渡して、中を探しても出撃でも出勤でも無いはずの眠が居ない。
眠がこの教会を空にすることは無い、ということは何かがあったに違いない。
魂の中でざわざわと心が騒ぎ立てる。
急ぎ足で、教会の外へと出た。
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