第5話 生きている

「なんだ!」


 騒然とする研究課。駆け寄り、解剖をしている現場に着く。


「どーしたの?」


 魂が声を掛けると、解剖を担当していた研究員が興奮気味に話す。


「見てください、この脳、生きてるんです!!前回は死体だったから死んでましたが、生け捕りにしたこの肉喰ヒは、やはり石も埋まってますし、脳も生きてるんです!」


「脳の生きてる……肉喰ヒ、ですか?」


 蠍が眉をひそめる。

 眼鏡をクイと上げ、考える。


「……脳が生きてるということは、その肉喰ヒは、変異体という事ですか?」


「いいや……後天性のものでないことは確かです。中身もしっかり他の肉喰ヒと同じ腐敗具合でした。しかし脳みそだけは生きてるんです。……いや、待ってください。最後にまだ心臓を残しているのですが……」


 研究員が、メスを取り眠っている肉喰ヒの胸を開いていく。

 すると、肉喰ヒであれば停止しているはずの心臓は、しっかりと動いている。


「……生きて、る……?」


「どうして……?心臓が動いてるならば血液が送られているはずよ。ならなぜ他の臓器は腐っているの?」


「そうなのですよシスター。この心臓……いや、待ってください。この心臓、血液を送っていません。ひとりでに動いているだけです!」


「うぇ……ンだよそれ気持ちわりぃな……。てぇことはだぞ、その肉喰ヒ、半分まだ人間て事かァ?」


「いえ……血液を送っていませんから、最早人間がする心臓の動きではありません……」


 その場で、研究員、戦闘員で悩んでいると、入口からヒールの踵の音がした。

 それは、足早に近づく。


 振り向けば、桃色の髪に碧い瞳の、長身でスタイルが抜群な男が立っていた。

 男は肩に肉喰ヒを担いでいる。


「……なんの話ししてんだ?眠ちゃん居ないからって持ってきたんだが……」


「茫……その肉喰ヒも、いけどり?」


「おう。なんか知らねぇけど硬くてよ。めんどくせぇから気絶させて持ってきた」


 機関のNo.2、火霊ひれいもうだ。普段はモデルの仕事もしている男だが、実力主義のこの機関で魂と並び、1度もランクを下げたことの無い実力派の戦闘員だ。

 茫は肉喰ヒを研究台に放り投げ、肩をコキコキと鳴らす。


「なんか最近の肉喰ヒデカくねぇ?まじ重かったわ……」


「も、茫さん!こっちも解剖してよろしいですか!?」


「なんだ興奮気味に……。どーぞ、そんために持ってきたんだ」


「あぁ、なら少し麻酔を掛けますっ……よっと」


 言葉と共に、蠍は肉喰ヒの胸に手刀を撃ち、その瞬間に麻酔毒を流し込んだ。

 研究員は、1体目の縫合を終えると、2体目の肉喰ヒを捌き始める。


「……こっちもです、心臓も、血は送っていませんが生きていますし、脳も生きています」


「不思議よね……他の臓器はそれでいて完全に腐っているんだもの……」


「……なァ、それってさあ、脳みそに埋め込まれてる石じゃねぇの。まだ石が命令出してるから、脳からのおかしな伝達で、心臓もおかしな動きしてんじゃねぇの?」


「……あぁ、なるほど!茫さん……研究課来ませんか??」


「断る、頭使うのは幹部まとめる時だけで充分だ」


「いつもありがとぉ、茫〜」


「うるせぇ問題児!!てめぇはもっと仕事真面目にやりやがれクソNo.1が!!!」


「えへへ〜」


 茫からの助言から、石を脳に付けたまま計測してみる。

 石からはたしかに筋肉への伝達信号が出ている。


「……残る問題は、何故、脳が生きたままなのかってところですね……?」


「そりゃあ流石にわかんねぇわ」


「茫っちでもわかんねーノ?そりゃ分かんねーわ」


「おめぇ考える気ねぇだろクソパツキン野郎」


「あ?うるせぇよ万年桃色野郎」


「は?生まれ持って桃色なんだわ、お前の頭も万年輝いてんじゃねぇか禿げろ」


「おめぇこそ禿げろ、あ?やんのか?こっちは天然ゴールドなんだよ」


「喧嘩したら2人の髪の毛燃やすわよ」


「「すいませんした」」


「あは、眠かっこいー」


「あら、魂の方が落ち着いててカッコイイわよ」


「「チッ……リア充が……」」


 幹部が身内で騒いでいる間に、研究員は2体目の縫合も終え、麻酔の効いているうちに手枷を着け牢屋に隔離した。

 暫くして目を覚ました2体は、牢屋で暴れている。


「とにかく、この結果はボスに報告したいと思います。しかし、研究課のみの見解ではなにか見落としそうな予感がします……」


「んなら、戦闘課も事務処理課にも医務課にも伝達しよう。おいパツキン野郎、次おめぇの任務先、たしか麗所れいどころだったよな」


「あ?おう。天所から遠いんだよ南の国がよォ……」


「この2体目の肉喰ヒは天所で捕まえたやつだ。だからまァ、石があるやつ三体全部、天所産ってわけだ。麗所から持ってくんのめんどくせぇだろうから、1人転送系連れていけよ」


「フン、わぁーったよ」


「うざ……。俺は撮影に行く。じゃあな」


「今度も表紙〜?」


「おー、ありがてぇ事になー。魂もそのうち撮らせてくれだとよ」


「え……やだよ……絶対やだよ……ポーズとかむり……陽キャのまねっこできない……」


「急に陰キャになんなよ……。まぁとにかく、何があるかわかんねぇから、油断はすんなよ」


「はぁーい」


 茫はそれだけ言うと、本部を出ていった。

 魂は、次は本部全体への放送を行う管制室に向かった。


 管制室の扉を開け、本部の空調や監視カメラ、電気系統などを制御するモニターの中央に立つ。

 そこにある放送用マイクで、本部全体に放送する。


『本部の皆様、本日も各々のお勤めご苦労様です。No.1、ソールです。忙しいとは思いますが、数分だけ耳を貸してください。重要な伝達事項です。……本日、三ヶ所で大型の肉喰ヒが出没しています。うち2匹を生け捕りし、解剖したところ、先日伝達した石はもちろんの事、生きた脳と心臓が発見されました。他の臓器に関しては腐敗していましたが、心臓は血液を送らない空のポンプの様な状態で動いています。この事から、脳に埋め込まれた石で神経伝達を行っていることが確かめられました。しかし、石の謎は少し解けたものの、何故脳と心臓が新鮮な状態で生きているのかは不明のままです。そこで、研究課のみの見解ではなにか見逃しかねないとのことから、本件は本部全部署の課題として、皆さんに解明の協力をお願いします。何か少しでも思ったことがあれば、研究課までお越しください。以上、最後までお聞き頂きありがとうございました』


 一日のうちに2度も放送で長文を喋ったことで、魂は疲れきってしまった。

 夜はこれからだと言うのに……。

 そう思いながら、眠の居るであろう研究課に戻る。

 考え事に耽る自身の恋人の傍に寄り、充電と言わんばかりに抱きつく。

 慣れているのか、眠は動じずに考え耽ける。


「……ねむ、どーしたの?」


「いや……なにか、嫌な感じがするの。……生きている脳……生きている心臓……石……大きな身体……。おかしいわよね?普通に肉喰ヒになったのなら、同時に脳も心臓も死ぬはずだわ……?」


「うん……」


「現に、私の左目はもう腐り落ちてるもの。変化が始まれば、同時に腐るのよ。順番は外から中だから、時間差ではあるけれど……」


「うん……」


「……魂?」


「ひだりめ……。いたい?」


「……大丈夫よ。魂たら、もう気にしないで?貴方はひとつも悪くないのよ。私の不注意のせいなんだから」


「でも……」


「左目だけだもの、なんて事ないわ?落ち込まないでちょうだい魂……?」


 研究員も各々のデスクに戻り研究していて、人気の無くなった解剖台。

 2人で少し沈黙をしたあと、魂はいつもの調子に戻る。


「……ねむ、俺、今日沢山働いたから疲れちゃった……夜になる前に甘いもの食べに行こー?」


「ふふ、仕方ないわねえ……なら、新しく出来たカフェなんてどう?23時までらしいもの」


「うん、そこ行こっか」


 2人は本部を出て、日の沈みかけた天所へと赴いた。

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