第6話 日々の中の非日常

 その日の夜、魂は仕事を終え帰宅した。

 夕方から夜に掛けては、自分や眠の担当するエリアに肉喰ヒは出ず、デートをして、眠を教会に送り届けた。


 魂は彼岸所出身だが、家族と共に天所に住んでいる。父は既に他界しており、家にいるのは母、弟、妹の四人家族だ。


「ただいまぁー」


 魂が帰宅すると、奥のリビングから母親の「おかえり」が聞こえた。

 夕飯を作っているようだ。


「にーさぁーん」


「なぁにー」


「デート?」


「……うん」


「ほーん」


 弟と何気ない会話をし、リビングに行く。

 母親は、黒く長い髪の毛の細身で、彼岸所出身だからとはいえ、それでも健康な人間とは言えない。

 よく体調を崩すため、仕事はせず、魂が家族を養っている。


 勿論弟も仕事をしているが、ほとんどは魂の収入で生活している。


「ただいま、かーさん」


「おかえり、魂〜。今日は魂の好きなオムライスよ〜?」


「わ、やったあ」


「魂今日、ヒトガタ交差点で沢山の人助けたんでしょ?本当に強くなったわねぇ」


「あはは、初めてだったよ、100体なんて」


「お父さんでもないんじゃない?」


「そうかもねぇ」


 父は元々、組織の元ボスである。自分も戦闘に赴いていた。魂の力は特段、父譲りな訳では無い。しかし父もまたかなりのエリートで、ボスでありながらNo.1を維持していた。

 そんな父も、病には勝てず、妹のたまきが産まれた直後に亡くなった。環が今年で17になる所から、もう父が死んで17年が経とうとしている。


 現在のボスは実質、前任の父の相棒でNo.2だった。絲自身も、現在は戦闘から退いているが、今でも戦闘に出たら強いだろう。

 ボスが代替わりする際、病院で父に「お前の息子が来たところで、贔屓ひいきはしないからな」と言ったらしい。

 だが、それでも魂がNo.1でいられるのは、父親譲りの戦闘センス故だろう。


「もうご飯できるわよ。いらっしゃい」


「「はーい」」


 妹と弟がリビングにやって来て、一緒に夕飯をとる。


「ねぇお兄ちゃん、後で勉強教えてぇ?」


「えー……おれよりめぐるの方が頭良いよぅ」


「やだ、魂にぃがいい」


「えぇ……今結構刺さったよ巡お兄ちゃん……ねぇ環、俺はァ……?」


「巡にぃはお呼びじゃない」


「泣いていい?」


 談笑をしながら、夕飯を食べ終え、お風呂に入り、歯を磨き、妹に勉強をゆるゆると教えてそのまま自室に戻る。


 魂の部屋は簡素で、机の上には眠と撮ったテーマパークでのツーショット写真が飾られている。

 眠と居る時の時間が愛おしくて、毎日一緒にいるのに、それでも思い出す度幸せな気持ちになる。

 お互いに浮気もしないし、不安になることもない。穏やかな気持ちでいられる恋人同士だからこそ、長くずっと一緒にいても飽きないのだろう。


 ベッドに座り、ケータイを見る。RINE《ライン》には、眠、明、霊、茫から連絡が来ていた。

 魂が連絡を返す優先順位は勿論眠が最初だ。


『魂、今日はお疲れ様。明日はお休みでしょう?ゆっくり休んで頂戴ね』


『うん。眠もね』


『勿論よ。おやすみ』


『おやすみー』


 他の友人への返信も済ませ、魂は、付けていたトライアングルに紫の宝石が着いたピアスを外して透明ピアスに付け替え、布団に潜った。

 宝石のピアスは、その異能を使う時の力を蓄えて置くための魔道具のようなものだ。力の強い幹部たちはみんな形は違えど着けている。


 そのピアスを大切に小物入れの中に仕舞い、眠りに着いた。


 次の日の朝、休みだった魂は10時になってもまだ目覚めない。

 すると、魂の部屋の扉が開かれ、巡が入ってくる。


「にーさぁん。おきろよー」


「やだ……もう少し寝かせて眠い……」


「おーきーろーよー。服の試着してくれよ〜」


 デザイナーである巡は、スタイルと顔のいい兄にこうして時々、デザインした服の試作を着せに来る。

 いい迷惑だ。


「やだ……眠い……」


「今着てくれたら次の眠ちゃんとのデート最高にカッコよくしてあげるけど……」


「……………………………………仕方ないなぁ」


 自分で服を選ぶのが苦手な魂は、常日頃の私服やデート服を巡に何度か選んで貰っている。そうするとかなりオシャレなイケメンになれるのでデートの時は毎回何かしらお願いを聞きいれ頼むのだ。


 渋々と起き上がり、透明ピアスを外して宝石のピアスを着ける。眠たい目を擦りながら、リビングへと向かうため階段を降りようとする。

 その時


「「きゃあああああああ!!!!!!!!」」


 リビングから、母と妹の悲鳴が聞こえた。どうもイタズラではないその本気の悲鳴は、魂の目を覚ますのに充分だった。


 急いで階段を駆け下りてリビングに向かう。


 母と妹は、中庭に面している大きな窓の方に釘付けになり、真っ青になって震えている。


 魂は視線の先を見る。すると……




 窓の外から、比較的大きめの肉喰ヒ2体がこちらを覗いていた。


「え……」


「ひっ……!?」


「な、なんで家にいるのぉ……?!」


「いや……こっちこないで……」


 母と妹、弟が狼狽える中、魂は至って冷静に窓へと近づいた。


 魂が歩き出すと、肉喰ヒはいとも簡単に窓を割る。

 破片が魂に襲い来るが、瘴気で破片はひとつ残らず消え去っていた。


 魂はそのまま歩み寄る。


 通信を起動し、絲、茫、眠に繋げる。


「家に、肉喰ヒが出ました。2体……大きめのヤツらです。……どーしますか」


『そうだなあ。生け捕りは難しいかな』


「流石にこのスペースは厳しいかも……」


『なら、頭だけでいい』


「了解」


 魂は右腕を突き出し、紋が右手から弾けるように浮かび上がる。

 紋は魂をスキャンする。


『メンバーズナンバー1、コードネーム:ソール。敵数:2、1人での勝率:100%。我が組織エースのソールさん。簡単な任務、華麗な遂行お待ちしております』


「うちに来たのが間違いだったね、きみたち」


 魂はそう言いながら近づき、襲いかかる2体に向けて氷の柱を打ち込んだ。

 それは肉喰ヒの胸を貫くが、動きは止まらなかった。


 ならば、身体は要らない。



 肉喰ヒの身体は瘴気で包まれ、そこに残ったのは肉喰ヒの頭だけとなった。

 肉喰ヒは活動を停止した。


「討伐完了しました。ごめんね眠、弔うところ無くなっちゃった」


『大丈夫よ。それより、一般家庭に現れたとなると他の地区とか家庭も心配ね』


「ボス、この頭持っていくから、それまでに警戒強化してほしい……かな」


『ああ、そのくらい。ありがとう』


「どーいたしまして」


『魂、奇遇だなうちにも出たわ。こっちも頭だけ持っていきますわボス』


『はーい』


 そこで通信を終わり、魂は頭を両手でひとつずつ掴みあげる。


 そのまま振り返ると、唖然とした家族が居た。


「あ……窓壊しちゃった」


「いや、いいわよそんなの……ありがとうね魂」


「にーさんってマジでつえーんだ……」


「魂にぃ……すき……」


「あは、ナンバーワンは嘘じゃないんだからー」


 魂はそのまま本部に行こうとしたが、ふと思い留まる。

 このまま家に家族を残した場合に、もう1度肉喰ヒが来たら、この家に対処出来る人間は居ない。


「あぁー……窓は塞いでおくから、みんなもついてきて。ここにいてまた肉喰ヒが来たら、とても対処出来ないから」


 魂に言われるがまま、3人は魂の後について本部へと向かった。

 眠の教会にたどり着く。


「魂、いらっしゃい……あら、お母様に巡くんと環ちゃんも?」


「こんにちは〜眠ちゃん、危ないから一緒に来てって言われちゃって」


「お久しぶりっす、眠さん」


「………………どうも」


「眠、本部に行くから奥に行っても平気?」


「ええ、勿論。さて、本部に降りましょう」


 眠を気に入らない環はむくれ顔をしているが、いつもの事なので誰も気にしない。

 魂一行と眠は本部へと降りていく。


 そのまま研究課に降り、頭を引き渡す。


「え、魂さんの家族?家に出たんですか?」


「そう。狭かったから生け捕り出来なかったし、頭だけは持ってきた」


「ありがとうございます。にしても家に出るのは怖いですね……。御家族の中に戦える方は?」


「居ないから連れてきたの。こわいんだもん」


 母はさしてキョロキョロとしたりもせず落ち着いて居るが、巡と環は興味津々にしている。


 ふと、巡が発言する。


「あの……ここって制服とか有るんですか?」


「制服?組織の?……いや、確かデザイナーが『祈祷師なんて知り合いにいないしオファーも掛けられないから生地も宛がない、無理だよ』って以来蹴られっぱなしで、諦めたって聞いたよ」


「祈祷師……祈祷された生地を使いたいと?」


「そう。弟くんなんかあるの?」


「俺、デザイナーしてるんですけど、俺の友達の……えっと苗字が祈宮きのみやって言うんですけどね、お父さんが祈祷師なんですよ」


「え、祈宮!?って、この死国一の祈祷師っていう……!?」


「ええ、その祈宮です」


 巡はさも当然のように言う。

 そして、巡はとある提案をするのだった。

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