第7話 俺にやらせてくれ

「あの、制服、俺なら作れます、たぶん」


「え?」


 巡は自信ありげに、そう進言した。


「巡……じゃあ、ボスの部屋に後で連れてってあげるよ」


「ほんとにーさん!?ありがと!」


 弟のデザインセンスと実績は充分理解している。弟に任せても、なんら問題はないだろう。

 研究課を後にして、家族たちは一度戦闘課へ向かう。今回の件の報告のためだ。


「すご、ここがにーさんの職場?」


「うん、一応、かちょう」


「それは知ってる」


 そう会話しながら、魂はマイクの前に立つ。

 マイクのスイッチを入れ、先ほど起こった出来事を報告する。


『おはようございます。戦闘員の皆さんは特によく覚えておいてほしい連絡事項です。先ほど、私の家で起こったことではありますが、自宅敷地内に比較的大型の肉喰ヒが二体出現いたしました。速やかに処分はしましたが、今後も現れないとは限りません。出張警戒の戦闘員は周囲の公道、裏路地だけでなく、住宅への見回りも行ってください。悲鳴が聞こえた際は速やかに対処お願いします。また、各員、自身の自宅や家族などへの連絡周知も行ってください。家族に対処できる人間がいる場合は警戒を、いない場合は組織本部に連れてきてもかまいません。安全最優先でお願いします』


 そう連絡し、マイクから離れた。


 普段だるそうに喋る魂しか見たことの無い家族は、唖然とした顔だ。


 まただるそうに壇上から降り、やり切ったという顔で戻ってくる。


「巡、ボスの部屋に行こう。エレベーター乗って」


「わかった」


「かあさんと環はどうする?」


「ううん……ここに居ても、どうしようも無いし……お母さんたちも、ついて行っていいかしら……?」


「わかった。じゃあ乗ってー」


 エレベーターに乗り、ボスの部屋へ移動する。エレベーターは不規則な動きをするため、母は少し気分が悪くなってきた様子だった。


「かあさん、大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ……。……絲くんに会うのも久々ね……」


「かあさん、ボスのこと知ってるの?」


「ええもちろん。お父さんと私と絲くんは幼なじみだし、絲くんはお父さんに私を取られてむくれてた事だってあるのよ」


「……すっごい気まず……」


 そんな話を聞いたあと、ボスに合わせる顔が何となく気まずくなってしまう。

 少しの沈黙の中、ボスの部屋に到着する。


 観音開きの扉を開けると、居眠りしかけている絲が居た。


「ぼす、ねないで」


「んぁ……はっ、すまない。寝てないぞ」


「ねてたよぼす。あのね、ちょっと、弟が制服作ってくれるかもしれないの。どお?」


「え!?そうなのか!?えっと、巡くんだっけ?」


「あ!はい、巡です。祈宮の友人がいて、祈祷した布なら手に入るし……と。ファッションデザイナーやってます」


「そうかそうか……って、来ていたのかみんなして!みさおちゃん久しぶりじゃないか!」


「久しぶりね絲くん。元気そうでなによりだわあ、どう?もう結婚とかしたの?」


「あ、かあさんそれは……」


「していたら……式にはとっくに呼んでるさ……」


 絲はうなだれてしまった。母は少しだけ気の毒そうな顔をしている。多分もっと傷が抉れるであろう絲は顔を上げ、テンションが下がりながらも話を続けた。


「制服を作ってくれるならばとても有難い。一つだけ要望があるのだが、幹部10人はデザインを個々に合わせてはくれないか?幹部たちは他とは一線引いた存在だ。区別しておけば、それだけ局員たちの向上心だって上がるだろ?」


「あっはは、ほんとに実力主義で幹部贔屓な組織なんですね。でも確かに、そうした方が燃え上がるのは分かるかもしれない。幹部になったら、特別になれるんだから」


「そういう事だ、話のわかる子じゃないか。今、幹部たちは皆局に居たはずだ。会ってみて、その人にあったデザインを考えてはくれないかな。おカネは心配しなくても十分に出すよ」


「分かりました!」


 絲は満足気に笑い、巡も大きな組織からの依頼ということで満足気だ。


「じゃあぼす、おれ、みんなに巡を合わせてくるから、そのあいだ、ここに環とかあさん置いてもいい?」


「ああ構わんぞ。ゆっくりしてくるといい」


「かあさんと話したいだけでしょぼす。じゃあ行ってくるね、いこ巡」


「うん」


 魂は、巡を連れてまたエレベーターに乗り込む。幹部たちは基本的に戦闘課所属だが、研究課、医務課、事務処理課に課長として在籍しているものも居るために、散らばっている。


「なんばーわんはおれだから、つーからでいいよね」


「うん、てか、2は誰なの?」


「茫だよ。茫のことも大抵わかるでしょ。しばらく会ってないだろうし、挨拶だけでいいと思うけど」


「だな。へぇー、茫さんって2だったんだあ……」


 茫とは幼馴染で、幼い頃から巡も知っている。改めて知る必要はもちろん無い。

 戦闘課に降り、中に入っていく。

 戦闘課の中には、大抵の幹部が居た。各々、日々倒している肉喰ヒの目撃情報や形態、攻撃パターンなどの報告書類を片付けていた。

 制服がないので、勿論私服だ。個性がわかる。


 その中で、桃色の髪の毛で、トーンの明るめな服を着た茫を見つけた。髪の毛が奇抜なので分かりやすい。


「茫〜」


「あ?魂。お前伝達しに来ただけで休みだろ?何してんだ?」


「あのね、巡が制服作ることになったから、幹部のデザインだけ個人仕様にするし挨拶してるの。茫が1人目だよ」


「ふ〜ん。久しぶり巡くん。よかったな、制服作れることになって」


「うん!茫さん、No.2だったんだ。ずっとただ、モデルのカッコイイしっかりしたお兄さんだと思ってた」


「はは、しっかり戦闘課の一員だよ。流石に、魂の戦闘能力には適わなくて万年2止まりだけどな」


「へぇー、兄さんが戦ってるところ、初めて見たから……」


「そっか、そうだよな。魂は強いぞ、それこそ誰も適わねぇよ。サボるけどな」


「さ、さぼってないもん……」


「サボってんだろ何言ってんだくそポンコツエリートが。てめぇ明日出勤したら1日デスクだからな。報告書類さぼってんだろ知ってんだぞ」


「げぇ……」


 魂はうぇーっと吐くようなジェスチャーをする。根っからのデスクワーク嫌いらしく、書類は溜まってるようだ。


「兄さん…………」


「……がんばる……」


「ほい、じゃあ次は3か?あいつなら中庭の花に水やりと日光当てに行ったぞ」


「わかった、中庭行ってくる」


 魂と巡は、そのままエレベーターに乗り込み、中庭へと出向いた。

 そこには、地下であるはずの本部なのに青空の見える花の咲き乱れた中庭があった。

 中央には噴水があり、そのまわりを囲むようにベンチが置いてある。そのベンチに座って目を瞑る、金髪の派手な男がいた。服装はバンドマンによく居そうな服だ。


「明〜」


「んあ?……あァ魂かぁ。何してんだ休みの日に。そんなに仕事好きだったかお前?」


「んーん、きらい。あのね、弟が制服作るから、幹部のデザインのために話してまわってるの。日光当てしてたところなの?」


「おー。その子が弟?……お前よりちゃんとしてるじゃん……。初めまして、たすく みん。よろしくね」


「た、丞さんって……あ、あの有名バンドSunnyのボーカルの丞さん、ですか……!?お、おれ大ファンなんです!!作業中はいつもSunnyの曲聞いてて!」


「え、そーなん?うれしー。じゃあ特別にお兄さんがサイン書いてやるよ。なんか無い?」


「じ、じゃあこの服で!!!」


「服でいいのかマジか」


 明は、巡の服に自分のサインを書く。書き終えると、満足気に笑った。


「公表してねぇし、知らなくて当たり前だよな。この組織のNo.3だ。光と水の力で何とかやってる。ほら、こんなのもできるぜ」


 中庭を照らしていた光は消え、夜のように暗くなると、噴水を照らした。

 そして、噴水は水を高く吹き上げて『Sunny』の文字へと変形した。

 すると、弾け飛んで中庭の花全てに掛かり普通の噴水へと戻った。


「す、すげーーー!!!!!!」


「だーろォ?」


「明、壁のシミもしてくれたの?」


「あーー落としましたァ!!しっかり綺麗にしてきましたァ!!No.1様のご命令なんでねェ!!でも俺ァ高圧洗浄機じゃねぇって何度言ったらわかるんだこのクソ課長が!!」


「ついつい……キレイになるから……」


「はァ……」


 明は1度抗議のために立ち上がるも、また力なくベンチに座った。

 巡はその間にも、メモ帳に何やらメモをしていた。


「さ、俺はこんぐらいでいいかぁ?次は4だろ。アイツは製薬会社の方に出てるぜ。基本的に本部には居ねぇからなアイツ」


「あ、今日はあっちの仕事なんだね、分かった」


 4はどうやら本部には居ないようで、先に5に会うことにした。

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