第2話 緊急事態(?)

 外から聞こえた悲鳴は、さらに増えていく。

 店から見える窓の外を、女性客たちは一斉に見る。


 そこには、大きく発達した足に、小さいが鋭い手を持った、腐乱死体のような人型の男の化け物。

 そして、大きく発達した手と猫のような足を持った、腐乱死体のような女の化け物。


「肉喰ヒ」がいた。



「ぃ、ぃや…いやぁぁぁぁぁあああ!!!」



 店内に悲鳴が響く。すると、女性達はすぐに逃げねばと店内から出ようとした。気が動転している状態だ、外に出てしまえばさらに危ないことさえ冷静には考えられない。


 が。



「動かないで!!」



 店内で唯一の男性客、魂が声を出した。

 店の玄関は、いつの間にやら氷漬けとなっていた。


「いや、やだ、逃げさせて魂さん!食べられちゃう!逃げないと!」


「…このまま出たら更に危ないです。皆さんはここにいて下さい、すぐに大丈夫になりますから。……店内、広いですよね。あのエリアに居る人は皆入りますね…」


「こ、魂さん……?」



 エリがそうして困惑するうちに、魂は1人動き出した。

 歩き方はいつも通り、姿勢も悪いまま、ただひとつ違うのは、目付きだけだった。


 魂は店の窓をガラリと開け、そこから外に飛び出した。



「魂さん!?外に出たら危ないって自分で……!」


「…大丈夫です。俺は食べられたりしませんよ」


「え…どういう…?」


「外にいる皆さん!今すぐこの店の中に入って!早く!」



 魂は大声を出し、外の人らは店の中へと入ってくる。しかし、店に人が入り切るわけはなかった。



「こ、魂さん入んないよこれ以上!どうするの!?」


「……みんな、守ります、安心してて」



 そう呟いて、魂は右腕を横へ挙げた。手の甲には謎の紋様が有る。それは次第に光を帯び、手から弾けるように浮かび上がった。


 そして、音声が流れる。



『メンバーズNo.1、コードネーム:ソール。ログイン確認しました。敵数、約100。1人の戦闘可能確率、100%。

 我が組織エースのソールさん、どうぞ、存分に腕を奮ってください』



 無機質で抑揚のない音声は、そう述べた。



「ソール、任務開始します。通信確認…、……茫、敵の集団見つけたよ……。1人で倒すけど、運ぶの手伝ってね」


『りょーかい。何分?』


「5」


『らじゃ』



 魂は通信を切ると、店側に集まっていた人らの周りに氷の壁を築いた。透明度の高いその氷は、敵やその外にいる魂の姿も丸見えだ。


 エリとミコは、その目と耳を疑った。今まで話していたこの情けないような男が、まさか自分たちを護る大型組織のエリート幹部だったなんて。


 魂は、単体で軍隊レベルの敵の中で佇む。

 足元からは、謎の黒いモヤが出ている。


 また通信を開始する。


「……ボス。目標、発見しました。目視できる範囲での数は50。奥にもいると思います」


『そうか、わかった。1人で大丈夫だな?』


「はい」


 通信を終えると、魂は低い姿勢で走り出した。

 敵に突っ込んでいく。


 そして、魂が通った道なりには、何も残らなかった。

 黒いモヤで自分の周りを壁高く囲み、そこから内側には肉喰ヒは入ってこられなかった。

 魂に指一本触れられないのだ。


 しかし、そのモヤは次第に出力を弱めた。

 すると、肉喰ヒは隙だとばかりに飛び掛る。

 あっという間に、魂は肉喰ヒの山に覆われた。


「こっ、こんさん……!」


 エリは顔を覆った。ああなった人に未来はないと、普通は思うだろうから。


 が。


 次の瞬間、その山は吹き飛び消えた。中からは、モヤでできた大きな鎌を持つ、無傷の魂が現れた。


「ふはっ……!サイッコー…!!」


 魂の顔は、先程の陰気な顔ではなくなっていた。とても楽しそうに、その敵の中を駆け回る。


 その黒いモヤで、本当に5分で敵陣が消え去った。氷の壁は消え、戦闘が終わった。転がる死骸は、欠損した部分の断面が綺麗だ。あのモヤは、触れるとそこを消し去るのだろう。


 そして、仲間が1人やって来た。



「魂おつかれ。敵持ってくぞ」


「うん、俺けぇき食べてる途中だったから後で行く」


ねむが寂しがるぞ」


「えー……うーん、じゃあけぇき持って帰る。ミコさん、エリさん、ばーいばい」


「えっ、……う、は、はい…」



 あっさりと救世主は帰ろうとする。が、人間はどこかに必ず良心があるものだ。

 その場にいて魂に救われた人々は、歓声と共に大きな拍手をする。

 魂はそれにびっくりした様子で、すこし照れたようにもじもじと動くと、微妙な変動ではあるがはにかみながら、声を出した。


「無事で、良かったです…。余り人に知られたくはありませんので、新聞とか、ニュースとか、そういうのに言ったり、誰かに他言するのはご遠慮ください。でも、肉喰ヒが現れた時は、組織の公式ホームページに載っているワードを叫んでいただければ、近隣に住むメンバーが駆けつけますので」



 業務上言った方がいいとされるような事を言い残すと、それじゃ…とまた覇気のない姿勢と顔で去っていった。



 その騒動から数分後、魂と相棒の茫は、教会のような建物の前に来ていた。チョコミントケーキは食べ終わったようだ。


 コンコン、茫がノックする。

 すると、奥から女性の声。



「はーい…、あ、茫!魂!」


「ねむ、会いたかった〜…」


「ええ、私もよ魂」


「はいはい、イチャつくのは仕事の後な。眠、残った死骸、弔ってくれ」


「うん、分かったわ」



 眠と呼ばれた女性は、金色のウェーブした髪、前髪で片目を隠した、シスターの格好だ。美しいと言うよりほか無い。


 そして、同時に魂の恋人でもあるようだった。


 茫から100と少しの死骸を受け取ると、大きな中庭で、眠は右の手の甲にキスをする。

 すると、先程の魂の様に、紋様が弾けて浮かんだ。



『メンバーズNo.5、コードネーム:スリーパー。ログイン確認しました。我が組織のエース幹部スリーパーさん、今日も美しい任務完了、お待ちしております』



 無機質な声はそう告げると消える。

 眠はそのまま、右手を前に突き出すと、炎を手から出し始める。



「無念の死の末路達よ、今、輪廻へと返還します。さぁ、ゆっくり眠りなさい」



 そう告げると、死骸を一気に焼き払った。中庭に残るものは、何も無かった。



「ありがとうな眠。じゃ、俺は持ち場に戻るわ」


「ええ、魂は?」


「まだいる、ねむとお話したい」


「ええいいわ、奥の部屋に行きましょうか」



 2人は、仲睦まじく教会の中へ戻った。

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