生場護衛局ヨリ、輪廻ヘ返還セヨ

春夏冬

第1話その男、ニートじゃないです

 暗い暗い……

 あぁ暗い……


 はぁ……


 眠いなぁ…



 暗闇が覆う森の中を、そんな事を考えながらざっざと踵を擦って歩く。

 その姿は、暗くてよく見えない。


「仕事…仕事…」


 その次の朝、その森はポッカリと穴が空いたように、1部分だけが消え去っていた。




 遥か昔の事。

 憎しみに塗れた、世界初の「自殺」が起こった。

 それは「シン」にとって重大な事件の幕開けであり、自殺者はその事件に続きどんどんと増えた。

 同時期。

 自殺が行われた次の日の夜になると、不気味なうめき声が聞こえるようになった。

 同時に、ちらほらとだが、肉を食いちぎられた人間の死体が見つかるようになった。


 内臓は全て外に引き出され、小腸も大腸も乱雑にちぎられていた。

 中には下半身が無く、収納出来る骨も無く、ただ内臓がぐちゃぐちゃと地面に散乱している事もあった。


 それを国は見逃せるわけもなく、国家をあげて組織を作ろうという企画がなされた。


 その組織は「生場護衛局しょうばごえいきょく」。

 心の本土である地域を、国では「生場」と呼んでいた。

 心には「生場」の下半分に位置する4つの大きな島、「死国しこく」が存在した。


彼岸所ヒガンドコロ」、「黄泉所ヨミトコロ」、「桃源所トウゲンドコロ」、「此岸所シガンドコロ」の四つである。

 その中でも唯一、此岸所だけが生場と繋がっていた。


 生場に生きる人間は何の変哲もない人間であるが、死国の人間は皆、本人の特性により特殊な能力が使えた。それは戦闘に特化していたり、治癒に特化していたり、援助に特化していたりと様々である。


 国はその死国の人間の中でも、最も力のうまく扱え尚且つ強い人材を集め、組織した。


 創設から早何十年。総登録者は1万4000人となった。

 それぞれにナンバーが割り振られ、No.10までは「幹部」とされた。

 ナンバーは更新される。それは強いか否か、それだけで判断され、上昇も下降もするものだった。


 その組織は、その惨殺の犯人である「肉喰ヒ」を討伐するという仕事内容のものである。

 報酬は高くつく事もあり、死国の人々にとっては憧れの職となった。


 組織が肉喰ヒを倒し、国の研究機関に送る作業が続き、研究も進んだ。

 最終的に出た考察は、「憎しみにまみれた死を迎えた人間の成れの果てが肉喰ヒ」だった。

 それが発表されてからというもの、仕事内容の記述が変更された。些細なことである。


 ただ、「肉喰ヒヲ殲滅セヨ」から「肉喰ヒヲ輪廻ヘ返還セヨ」となっただけである。要は殺すだけだ。


 と。


 ここまで説明してきた組織、その一員の男が今、生場では「首纏シュテン」とされる大きな括り、「天所アマドコロ」の中心の街をプラプラと踵を擦って歩いていた。

 顔色も悪い、姿勢も悪い、髪はアッシュグレーを薄めた色、目は濃いブルー、覗き込んだら吸い込まれそうな暗闇が広がっていそうだ。

 確かに顔は整っている。が、目の下のクマで台無しなのではなかろうか。

 1番色がある部分といえば両耳に揺れるトライアングルのイヤリングだろう。

 スリッパ履きされたゴム生地のサンダルが可哀想だ。


「……ぁ」


 男は目線の先に何かを捉えた。


「……けぇきだ」


 喋るのも億劫なのだろうかこの男。

 鈍い口調で発した言葉は、それだけで甘党だと分かる表情(薄い)と共に発せられる。


 男は先程よりも少しだけ歩を早めて歩き出す。

 目の前に大好きな「けぇき」の店が近づく。


 そして、店の目の前で止まった。


 そう。


 男には、少々ハードルが高い程のキラキラ感を放っているのだ。引きこもりなんぞが入る場所ではないと言わんばかりのキラキラ感だ。


「……まぶしい…無理…でもけぇき……!」


 けぇきは諦めきれなかったようだ。

 男は恐る恐るその店の中に入っていく。


 キラキラした店員がキラキラした営業スマイルで出迎える。既に男のHPはゴリゴリと削られている。


「いらっしゃいませ!当店のご利用は初めてでしょうか?」


「は、はい……」


「では、お好きなフレーバーを選んだ後、好みのトッピング、セットメニューをそれぞれ選んでください!ケーキが出来上がり次第お呼びしますので、席でお待ちください!」


「はい……。……じゃぁ、この…みんとふれぇばぁで…とっぴんぐは…っと、おまかせこぉす…で。せっとめにゅぅはえーと…。しーせっとで」


「かしこまりました!ご注文繰り返させていただきます!ミントフレーバーのおまかせコース、Cセットでよろしかったでしょうか!」


「はい…」



 男のHPが残り1となった。




 男は番号札を受け取り、店内の席に座る。

 席を探すあいだ、確実に店に蔓延るキラキラした青春真っ只中の女子高生や仕事が昼で終わったあとのOLなどに見られていた。


「えっ、ねぇあの人ちょっとイケメンじゃない?」


「えー?ミナああいうのタイプなの?確かにかっこいいけど姿勢悪っ、顔色悪くない?」


「そうだけどぉ…!」


「……(わかる、分かるよ、自分でも思ってる)」



 男はそのひそひそ話を聞き流し、一番奥の席に座った。日陰が心地いい。


 まだひそひそと声が聞こえる。


「なんかお金もってなさそう…」

「顔だけ良くてもね…」


「あ、あたし聞いたことあるよ。彼岸所の人って顔色悪いし姿勢も悪いのが普通なんだってさ」

「まじ?絶対旅行行かない」

「でも、私彼岸所の観光名所の彼岸花丘行ってみたい〜」


「ねぇあの人の注文してた時の声聞いた?」

「小さくて聞き取れなかったよ〜」

「結構イケボだった…!」

「気になるじゃ〜ん!」



 男はそのひそひそが嬉しいのと嬉しくないのとが混ざり合い、微妙な気分となった。


「21番のお客様〜!」


「……!」


 男はゆっくり立ち上がり、そわそわしながらカウンターへ。ケーキを受け取り、席に戻る。


 もぐもぐと食べると、大好きなミントとチョコレートが口の中いっぱいに広がって、幸せな気分になった。


 そんな折、電話がなった。店内は広いのでここでもいいだろ、と電話をとる。


「……もしもし…なに?だれ…あぁモウ


 電話口から怒鳴り声。


コン!!!お前何処にいるんだ!!!』


「うるさいよ…何処って言われても…目的地周辺……」


『ならいいが!サボるなよ!』


「わかりましたァ〜……。茫も一緒にけぇきたべる?」


『はぁ?ケーキ?なんで……ってお前言ったそばからサボってんじゃねーか!!!』


「さぼってない、さぼってないから落ち着いて、喉に良くないよ」


『お前のせいだよ!!!兎に角、任務終わるまで帰ってくんなよ』


「わかった〜…」



 魂と呼ばれたその男は電話を切る。


 またひそひそがする。


「あの人コンっていうんだ…仕事?」

「珍妙な名前ね…、仕事にしては自由すぎない?ケーキ食べてるよ?」


「コンってどんな字なのかな…えっわっ!目が合った…!」

「えっ、気になるそれ…!でも話し掛けるのはなぁ…」

「でも気になるよォ寝れないよォ……」


「(教える必要は無いと思うんだけどな…)」


 魂はもくもくとケーキを食べる。ワンホール食べる。


 すると、ひそひそしていたOLは通路を挟んで隣の席だったために、不運にも話し掛けられてしまう。


「あ、あの!電話してる声聞いちゃって……!お名前、聞いてもいいですか!」


「……こん…。魂って書いて、コン……」


「珍しいお名前なんですね!苗字は…?」


「…、ミソギ


「すごい名前……!あっ、わ、私は中島エリです!突然話しかけてごめんなさい」


「いえ…相方が、大声で、ご迷惑おかけしました…」


「いえいえ……!」



 もう1人のOLも、身を乗り出して話し出す。


「私は山中ミコといいます!相方って、お仕事ですか?」


「一応は…でも、そんなに気張る必要もなくて……。ここのけぇき、とっても美味しいですね」


「分かります!ね、エリ」


「うん!とっても!」


「中島さん、と、山中さん、も…お仕事、お疲れ様です。甘いもの、疲れた脳には良いっていうし…」


「禊さんって、案外喋れるんですね!」


「……あんまり、しゃべるの、すきじゃないですけど、ね」



 魂は今、内心で「正直喋りたくない、面倒だしこわい」と思っているが多分OLは気付いていない。


 そんな風に会話をしている中で、まだ昼だというのに雲行きが急に怪しくなり、暗くなってきていた。



 その途端、外で悲鳴が聞こえた。

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