第3話 本部

 眠と魂は教会の奥にある眠の自室へと向かう。


「ねむ、きょうはなにしてたの?」


「今日は、あなた達が来るまで本を読んでいたのよ」


「なんの本?」


「コレよ、魂もこういうの好きでしょ?」


 眠が差し出してきた本は、焦げ茶色の分厚い本だった。

 毎年、置いておくだけで自動的に更新される、この「心」においての「死国」の存在について研究している研究者の本である。

 この本の著者は未だ存命で、本人を知っているのは護衛局のトップであるボスと、著者の助手のみである。

 ボスと1番近い存在である魂でさえ、著者を見たことは無い。だが、声だけならば聞いたことがあった。


「あの人、ずっと研究してんだね。電話口の声は結構若そうだった」


「あら、そうなの?魂、話したことあるのね」


「うん、ボスにちょっと留守番しててって言われたから、ボスの部屋に居たんだけど、電話かかってきたから出たらこの『緑炎りょくえん』って人だった」


「どんな方なの?」


「凄いハイテンションだった…。気になりすぎて年齢聞いたら、「えー!ボクの歳?うーんとねー、キミのボスの100くらい上だよ!」って言ってたよ。多分、名前の響きからすると死国出身の人だろうから、なにかしら能力はあると思うんだ」


「へぇ...ボスって幾つだったかしら?」


「46歳だよ。7/7日生まれだからこの前彦星様ですねって言ったら、「織姫に生まれてこの方会ったことないけどね」って言われた。かなしいかおしてた...」


「...ボス...」


「ねむ、ボス、彼女欲しいのかなやっぱ」


「さぁ.....。でも仕事人間だから、付き合っても別れるの早いと思うわ」


「ねむって時々辛辣だよね」



 ボスがくしゃみをしているなど露知らず、2人はボスへ哀れみの表情をしていた。


「そう言えば、この本ってどうして更新されるか知ってる?」


「いいえ、知らないわ?」


「助手さんが更新してるんだって。助手さんの能力は『遠隔執筆』で、複数の本を、どんなに離れていても同時に執筆することが出来るらしいよ。でもそれだけだから、引きこもりだし1日ハカセのお手伝いと執筆してるんだって」


「そんな能力も有るのねぇ…。魂の力も、魂しか持ってないのか気になるわね。私の力は、力の差はあっても同じ人が何人かいるもの」


「んーん、俺のは見たことない。弟のめぐるは遠隔操作系の力で、妹のたまきは俺の消失とは違ってその物体の姿を隠す『隠蔽』だからね」


「そうなのねぇ...未だに環ちゃんに慣れてもらえないのだけどどうしようかしら」


「うーん、環の攻略は無理だと思うなぁ…」


「魂にべったりだものね…」


「ねむ、またうちにおいでよ。かーさんが会いたがってたし」


「あら本当?じゃ、今度の非番の日、お邪魔するわ」


「うん」


 2人は仲睦まじく雑談をしていた。すると、眠の目の前に薄水色のモニターが出現した。


「あら、どうしたのかしら」


「こちら、本部の肉喰ヒ研究課です。眠様、魂様、先程魂様が討伐された肉喰ヒから、今まで発見されたことがないものが発見されました」


「.......みたこと、ないもの?」


「はい。詳しい事は本部でお話致しますので、本部肉喰ヒ研究課にお越しください」


「.......りょうかい」


「了解したわ」


 2人はその教会のさらに奥、本棚をずらし、そこに続く階段を下へ下へと降りていった。階段を降りる度、眠のヒールの音と魂の鈍い足音が無機質に反響する。

 照明はロクについていない、暗い階段が続く。

 その階段を降りきると、格子状の扉になっている昔ながらのエレベーターが見え、2人はそこに乗り込んだ。

 エレベーターのボタンには、1、2では無く「研究課」「事務処理課」「戦闘課」「医務課」など多く課の名前が記されている。

 魂が研究課を押し、エレベーターは少し下へと下っていく。そして、ガコンという衝撃と共に右へ右へ、そしてまた衝撃とともに前へ前へ、様々な方向に進み、やがて扉が開いた。


「何度乗っても、あのエレベーターは酔うわね.......」


「うん.......ぐわんぐわんするね.......」


 2人は愚痴を零しながらも、目の前の観音扉を開ける。

 重く錆びた音を立てながら開いたドアの向こうは、せかせかと研究をする研究員たちで溢れかえっていた。


「あの.......呼ばれたんですけど」


 1番手前にいた青年に声を掛ける。すると、青年は少しサイズが大きいのではないかと思われる眼鏡をカチャリと直し、ピシッと姿勢を直した。


「こ、魂様!えと、あちらに課長が居ますので!」


「ありがとう。.......そんなにかしこまらなくていいんだよ?」


「い、いえ!No.1であられる魂様に無礼な態度など取れるはずありません!」


「あ、そう.......?苦手なんだよなあ.......」


「そ、それでは!」


「はーい、ありがとー」


 青年はそそくさその場を立ち去った。

 眠と魂はそのまま、2人で課長の元へ行く。


「かちょー。きたよー」


「お。待ってたぞ。まぁその椅子にでも座ってくれ〜」


「はーい。ねむ、こっちすわりなー」


「あら、いいの?ありがとう」


 魂は、眠に柔らかい方の椅子を勧め自分は硬いパイプ椅子に座る。

 研究課は乱雑な状態の事務の部屋と、清潔な状態の研究スペースに分かれている。

 課長のデスクは事務室の中でもかなり汚い。


「で、みたことないものってなに?」


「ああ、これだよ」


 課長は、デスクに何やら青い石を置いた。


「なにこれ?」


「綺麗ね、宝石みたいだわ……?あら、でも、真ん中だけ赤いのね」


「ああそうなんだ。この石が、今回の敵の中でも1番大きい肉喰ヒに入ってた。しかも脳ミソにな」


「脳……?これが、脳にうまってた、ってこと?」


「おお、珍しく理解が早いじゃないか魂。そーだ。脳にあるって事は、どういう事だと思う?」


「…………。何かの、操作……とか?」


「そうだ。この石はまだ全部解析しきれてないが、何かの操作媒体だと考えるのが妥当だな。少し解析しただけだが、これが今のところの資料だ。魂は……面倒臭いだろうから、眠ちゃん読んでみてくれ」


「えぇ……」


 眠は手渡された資料に目を通す。

 そしてその内容をつまんで読み上げた。


「この石から出てきたのは、電磁波の波形と、異能力の数値……。なんの異能かは分からないけど、脳の伝達物に影響を与える……。でも課長?肉喰ヒはもう死んでいて、脳は腐って機能してないはずじゃないの?」


「そうなんだ。そこなんだよ。魂、今回の敵、なにかおかしいことは無かったか?」


「んぁ……そういえば、珍しく、おれ、肉喰ヒに囲まれたなあ……。積み上がってくる感じで、閉じ込められた。特に問題はなかったけど、なんか、考えて戦ってる感じ……がした」


「なるほどな……もしかしたら、何か異変の予兆かもしれない……。魂、これから戦う時は、アイツらの動向もよく見てみてくれ」


「うん。変なことがあったら言うね」


「頼んだ」


 そこで話は終わった。

 その後、2人は戦闘課に向かった。戦闘員で出動していない職員は、ここに居たり居なかったりする。

 ここにあるマイクを通せば、出動している戦闘員や遠方の仲間にも無線で声が届くようになっている。


 先程、研究課の課長に他の戦闘員にも伝えてくれと言われたため、魂はそのマイクに立つ。


『連絡します。戦闘員の皆さん全員が対象です。これより先の戦闘において、全ての戦闘員は肉喰ヒの行動パターンや出現場所、何かの特異性など有れば逐一報告してください。詳細として、本日討伐した天所ヒトガタ交差点にて出現した肉喰ヒ100体の中でも巨大だった一体から、未発見の石が確認されました。石については解析中ですが、脳に埋め込まれていたこと、電磁波を発していること、異能の反応があったこと。この3つの点から何かしら命令が出ていると考えられます。この物質の解明、及び今後の特異性についての把握のため、ご協力お願いします』


 一度に喋りきり、疲れた様子でマイクの台から降りていく。


「お疲れ様。やっぱり、ちゃんと喋るとかっこよくなるわね魂」


「いつもは……?」


「いつももカッコイイわよ?」


「えへへ……」


 職場で堂々とイチャつきながら課を出ていく。

 出ていったあとの課では、他の職員たちが「また被弾した……」と嘆いている事など2人は知らない。


 連絡事項を伝達した後、今度はボスの元へと向かうのだった。

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