#3 手紙
星野くんへ
先日は手紙を送ってくれてどうもありがとう。さっきようやく読み終えました。ハロウィンの話が書いてあったから、君があの手紙を書いていたのは十月頃なんでしょうね。私がこの手紙を書いているのは十一月の半ばです。検閲もあるので、ズレてしまうものなんです。
星野くんが私のことを心配してくれているのは手紙を読んでよくわかりました。率直に嬉しいです。でもどうしてそんなに気にしてくれるのか、少し不思議です。星野くんと出会ってからまだ二ヶ月半です。面と向って話したのは一ヶ月も前のことですよね。転校初日に私から話しかけたからでしょうか。いずれにせよ、私がこのような身分になってしまった以上、あまり私と関わっても良いことはない気がしますよ。
私は今、未決拘禁者という立場にあります。犯罪の疑いで逮捕されてはいるものの、刑は確定されず、身柄を拘束されている状態です。私の両親に雇われた弁護士の方が私の情状酌量の余地を信じてくださっていて、裁判による審議を行おうとしているのです。
拘置所では弁護士の方が唯一の外との繋がりです。両親は一度だけ面会に来てくれましたが、今では弁護士の方に任せています。冷たいと星野くんは思うかもしれませんが、どうかそうは思わないでください。迷惑をかけたのは私なのです。弁護士の方を雇ってくれただけでも十分優しいことなのですから。
そういえば、星野くんも私と面会しようとしてくれたのですね。弁護士さんから聞きました。それが、学校から禁止されてしまったとか。星野くん、どうか先生方を恨まないでください。私みたいな人に接触することは極力避けた方がいいのです。私だって、もしも今星野くんのそばにいたら、あなたを止めたと思います。
それでも星野くんは手紙を送ってくれました。学校から禁止されて、私はクラスからすでにいないものとして扱われているのに。いったいどうして。そんなに私のことが知りたいのですか。それを知って、受け止める覚悟が本当にあるのですか。
もしもあなたが、ただの好奇心で私の過去をのぞき見しようとしているだけならば、この先の文章には目を通さないでください。この手紙は丸めて、切り刻んで捨ててください。そうじゃないと言えるならば、読み進めてください。
弁護士さんからは、事件のあらましについて手紙には書かない方が良いと教えられました。なので具体的な当時の状況を私から説明することはできません。弁護士さんに逆らうことは、両親の優しさに背くことでもあります。だから、できないのです。ごめんなさい。
それでも事件に至った経緯はお話できると思います。
星野くんはもう陸田登臣くんのことも、月ヶ瀬隼人くんのことも知っていますよね。だからある程度掻い摘まんでお話ししたいと思います。
私達三人は幼馴染みでした。登臣くんとは幼稚園のときから、隼人くんとは小学校からの付き合いです。登臣くんも隼人くんも足がとっても速くて、私はいつも遅れて二人の走る姿を見ていました。
幼かった頃の私は二人のことを友達として見ていました。異性とはあまり考えないようにしていました。たとえ性別が違っても二人が友達であることには変わりないですし、もしも彼らをそう見てしまうと、築き上げてきた関係を崩してしまうかもしれない。それがとても恐かったのです。
ぎこちなくなるくらいだったら、二人の傍から離れよう。いつしかそんな心持ちで二人の後ろ姿を見るようになっていました。
それでも正直に言えば、私はそれほど強い心を持ってはいませんでした。二人のうち、登臣くんのことをいつの頃からか目で追いかけるようになってしまっていました。
私は同時に危機感を覚えました。気持ちを隠し通したいと思い、中学三年生になる頃には、私は二人から敢えて遠ざかるようになりました。近寄りさえしなければ、友達のままでいられると思いたかったのです。
隼人くんが事故に見舞われたのは、中学三年生の冬でした。事故のことは担任の先生から聞いていて、その後に登臣くんからも聞きました。隼人くんは病院の集中治療室に搬送され、意識不明のままとなってしまいました。
私もそうですが、登臣くんの落胆も相当なものでした。もとより登臣くんは隼人くんの才能を見抜いていて、自分ことは構わず隼人くんのことを応援していました。それくらい期待を掛けていたのです。その隼人くんが、登臣くんの誘った練習に参加して大けがを負ってしまった。二度と走れない上に、目も覚まさないかもしれない。私は登臣くんに何と言って良いかわかりませんでした。何を言っても無駄な気がしました。どんな慰めも頼りなくて、忘れさせるのも何か間違っているような気がしました。
隼人くんは登臣くんにとっての支えでもあったのです。彼を失ってしまった登臣くんは、心身が不安定になってしまいました。それをわかっていながら、私は登臣くんをこれ以上傷つけたくなくて、そっとしておくことに決めました。
結果的にはこれが良くなかったのです。
登臣くんは今年の七月に自室の窓から飛び降り自殺を図りました。隼人くんに対しての償いであることは明白でした。計画的なものでもなく、衝動的な行動でもあったと思います。でなければ、三階の窓からという不確実な場所からでなく、もっと確実に命を絶つ方法をとったはずだと思います。
登臣くんは頸椎を損傷し、病院に搬送されました。訓練を積めば自力で立つことも可能です。夏休みのうちに、私は何度か登臣くんのもとを訪ねて励まそうとしましたが、登臣くんにその意志は薄いようでした。
使わない筋肉はどんどん衰えていきます。すでに半年間動かずにいた登臣くんの脚は筋力を大幅に減衰していました。立つことは可能かも知れませんが、もう走ることはできない。登臣くんはそう言いました。
そのときの登臣くんは笑っていました。言ってみれば、嘲笑。彼は自分自身の成り行きを笑い、蔑み、生きる気力を既に失ってしまっていました。
私に何ができたでしょうか。いいえ、何もできませんでした。私にできることは過去の
あらゆる時点への後悔を嘆き悲しむことだけでした。
登臣くんが飛び降りる前にもっと親身になってあげていたら。中学生のときに二人からずっと離れずにいてあげたら。未来は変わっていたのかもしれません。幼馴染み二人が二度と走れない姿になることもなく、今でも彼らの走る姿を応援することができていたはずなのです。
私は、疲れていました。天文部の活動も続けられないくらい、精神的に荒んでしまいました。何も考えたくなくて、できれば学校にも通わず、一人で部屋に引きこもっていたかったのです。それでも新学期になってちゃんと登校したのは、登臣くんや隼人くんに悪いと思ったからです。二人がいない間、私まで悲しんでいたら、本当の本当に不幸だと思ったからです。
私は無理に笑っていました。もしも君が私の笑顔を見て、何らかの魅力を感じたのだとしたら、それは錯覚です。正真正銘の偽物です。それ以外の何ものでもありません。ですからどうか、忘れてください。
新学期が始まって一ヶ月が過ぎた頃、私はある噂をききました。月ヶ瀬隼人くんの両親が、彼の延命措置を停止したという話です。
私は居ても経っても居られませんでした。登臣くんのお見舞いに行った際に、すぐにはロビーに戻らず、面会者の振りをして集中治療室を探しました。看護師や医師の目を盗んで忍び込んで、果たして集中治療室は見つかりました。頑丈そうな扉の横に空席を表すプレートが下がっていました。
これは後で知ったことなのですが、当時すでに隼人くんのお葬式が行われていました。隼人くんは、立場上は中学生の内に亡くなったため、高校生である私達に連絡がくることはなく、加えて家族葬とすることが前々からのご両親の希望でした。
病院からの帰りに、私は月ヶ瀬くんのお宅へと行きました。驚くことにちょうどそのとき引っ越しのトラックが止まっていました。荷物の運び出しが行われている脇を通り抜け、私はその家の玄関から中へと忍び込みました。隼人くんの部屋に遊びにいった記憶を頼りに進み、二階の彼の部屋に辿り着くと、隼人くんのお母さんと出くわしました。
目を見開いているお母さんに対して、私は精一杯、憤りをぶつけました。隼人くんがもういなくなってしまったことを私は受け容れられずにいました。隼人くんのために償った登臣くんのことを思っても悲しかったのです。彼が自殺を図ったのも、隼人くんの意識が蘇生すればすべて帳消しになると、私は心のどこかで信じていました。
困惑したお母さんの顔は今でも忘れることができません。
隼人くんに生き延びてほしくないのか、と私は頭に血が上りました。お母さんにつかみかかって、階段のところまで引っ張って――これ以上は書けません。あとは裁判で全て話すことになっています。
私が書けるのはここまでのことです。星野くんに納得のいく内容だったかはわかりません。ただ、もしも納得がいっても、私に同情しようとは思わないでください。私は罪を犯しました。それが罪であることは当然、私にもわかっています。隼人くんのお母さんが何を思ったか、私にだってわからないわけじゃありません。私は反省したい。そしてできれば、事件も、事故も、何もかも忘れたい。ここじゃない遠くへ行きたいと考えています。
星野くんとも、きっともう二度と会わないでしょう。会えばきっと、私はこの事件を思い出してしまいます。だからもう、会えません。どこかですれ違うことはあるかもしれませんが、元々他人なのです。偶然君が転校してきたクラスに、たまたま私がいた。それだけのことです。
たったひと月足らずだけど、話してくれてありがとうございました。正直なところ、クラスのみんなが私を見る目が冷たくなる中、星野くんが何の偏見もなく話してくれることがとても嬉しかった。手紙まで貰えて、本当に。そんなことをする人は、とうとう私の人生からいなくなったと思っていました。愚直かも知れませんが、星野くんのことは大切に思います。だからこそ、もう二度と私と関わらないでください。星野くんは星野くんの人生を歩んでください。
さようなら。
朝来灯香
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