Secret Track 君たちへ

#僕から

 地面を蹴って前に進む。風が鼻先で逆巻いて、後方へと流れていく。

 息が上がり、身体が屈もうとする。意地を張って反り返る。広がりすぎた空に気づいて、姿勢を正す。冷静に、しかし足は止めない。

 頭が逆上せるせいで、世界が二つであるように感じられる。僕が蹴って進む陸地と、決して届かない空。細かな隆起は疲弊を言い訳に切り捨てる。単純になった世界の中を僕は走り続ける。

 誰かの邪魔も、助けもない。走り出すのも、走り続けるのも、いつ止まるのかも僕の意志で決まる

 僕は走ることが好きだ。息苦しいことを代償として、自分をひたすら見つめていればいい。そこには誰も必要ではない。僕が僕のことだけを考えていれば完結する、シンプルで、優しい世界。

 世界がこれほど単純ならどれだけ良いだろう。

 人が嫌いというほどでもない。好きと嫌いでは二分できないところに、多くの人が当てはまる。はっきり嫌いと言うには根拠がない。決めつけたら、可能性が狭まる。だからはっきりとは言わないし、考えない。いつも僕はそうやってきた。

 両親も友達も、僕のことを悪くは思っていないはずだ。そうなるように仕向けてきた。そうなくなってしまうことを恐れた。


 陸田登臣と朝来灯香。彼らは僕の友人だ。小学校以来の付き合いで、中学校も同じだった。陸田は多分、僕と同じで走ることが好きだ。朝来は、そんな陸田のことをいつも見つめている。

 二人の中に僕が入ると、二人は僕を見てくれる。友として、優しく感じられる。僕は二人のことが好きだった。好きだから、傷つけないようにとりわけ強く気をつけていた。


 走るとき、僕は一人だ。一人でいられる。僕自身を見つめて、僕のことを心配していればいい。僕が走ることを得意で良かったと、時折心の底から、思う。



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