終焉と真実

「『リーダー』は仕事を完遂したよ。これで組織は壊滅だ。二人の主犯の遺体も確認した」


 人工衛星を落としてから四日後、『ディーラー』、いや高木社長から直接報告を受けた。私はようやく、株式会社『アシスト』の地下にあるパソコンだらけの部屋から解放されるわけだ。


「これで全て終わったね。『シーカー』、いや泉さん」


 そう全てが終わった。だからコードネームで呼び合うこともない。


「とてもツラい戦いでした。最後には無関係の人間を大勢殺してしまったのですから」

「……確かにそうだ。『リーダー』の考えとはいえ、実行するのはとてもじゃないが」


 高木社長が言いかけたのを遮って私は「ちょっと違います」と答えた。


「やっぱりおかしいんですかね。大勢の無関係な人間を殺すよりも『リーダー』を殺すことのほうがツラかったんです」


 高木社長は何も言わずに、悲しそうに私を見つめる。


「『リーダー』が前に言っていた三大禁忌。その一つの『親殺し』をしてしまったからでしょうか。あの人は私にとって親のような人ですから」

「そう思われて『リーダー』も幸せだったと思うよ。最後に君のような可愛らしい子が子どもになったんだから」


 慰めてくれるのは分かる。

 だけど、それなのに、どうして――最悪な気分なんだろう。


「『リーダー』が『殺し屋同盟』を解散させた日のことを覚えているかい?」


 高木社長の言葉で記憶が甦ってくる。


「最後の大仕事の前に解散宣言をして、反対したのは『フレイム』だけだった。仲間意識の強い人間だし、悪ぶってはいたけど寂しがりやだったから、当然の反応だった。でも他のみんなはすんなり納得したな」

「それは、他にやりたいことがあったからだと思います」


 角田鉄人は格闘家。薬師あじみは料理人。そして大林静は殺し屋以外になりたかった。


「まあ私も同じようなものさ。だから反対しなかったんだ」

「…………」

「だから全てを忘れるんだ。技術力と情報収集力を全てなかったことにするんだ」


 私は「どうやったらそんなことができるんですか?」と訊ねた。


「裏の技術だが『記憶消去手術』というものがある。それを受けるかい?」


 私は――


「受けます。私から記憶を無くしてください」


 高木社長は驚いて私に再度念を押した。


「本当にいいのかい? てっきり失いたくないと思っていたけど」


「いいんです。そうでないと私はまた人を殺しそうなんです」


 自分の手をじっと見つめた。傍から見れば何の変哲のない手だろうけど、私には血みどろに見えた。


「正直、『リーダー』のことは忘れたくないですけど、『リーダー』はきっと自分のことを忘れてほしいんじゃないかと思ってます」


 高木社長は悲しそうに私を見つめた。そして溜息を吐いて、それから「分かった」と言った。


「それでは、知り合いの医者に頼んでできるだけ早く受けさせるよ」

「ありがとうございます」

「……今の君が死ぬ前に、何か言い残すことはあるかい?」


 私は笑顔でこう言った。


「私、『リーダー』に会えて幸せでした。『殺し屋同盟』に入れて、本当に幸せでした」


 それは嘘偽りのない、真実だったと思う。




 そして三日後、『シーカー』は死んで。

 泉知恵は生まれ変わったのだった。




 小田叶絵はとある肖像画を書いた後、画家を引退した。その肖像画とは一人の男性が夕焼けの前で佇むものだった。引退後は海外に移住した。たまに現地の子どもたちに絵を教えながら、一生を送った。


 岡山四郎は料亭『真田』を辞めて、小料理屋『味見』を開いた。安くて美味しい料理を提供する名店として地元では有名になったが、決して雑誌の取材などは受けなかった。


 徳田敬介は退院後は順調にキャリアを積み、最終的に刑事部長まで昇進する。年に一度、とある人物の墓参りをしていたらしい。生涯独身だった。


 そして泉知恵は地方都市の人工衛星落下事故に巻き込まれて、記憶を失ってしまったとされる。本人は記憶を取り戻そうとしたが、徒労に終わった。その後、シリーズの最終巻を書き終えた。次回のシリーズは恋愛物だった。それは殺し屋と依頼人の禁断のラブストーリーで、大ヒットはしなかったものの、それなりに人気があり、小説家としての地位を確立させた作品だった。




「やれやれ。どうしてあの状況で君が生き残っているのか、不思議で仕方ないよ。仁井悠介くん」


 社長室で高木吉安が相対しているのは、本来生きているはずのない男、仁井悠介だった。

 身体がまともに動ける状態ではないのに、その上鎖で椅子に縛り付けられている。


「貴様こそ、よくもまあこんな計画を立てたものだな。『ディーラー』」

「その名は捨てた。今は高木吉安だよ」


 高木はにっこりと微笑んだ。


「君とはギブアンドテイクの間柄だ。だってそうだろう? 影も形も掴ませなかった『殺し屋同盟』の情報を君に渡す代わりに、私を殺すのは最後にしてくれと取引しただけだ。それ以外の干渉はしないよ」

「あの『リーダー』こそが最悪だと思っていたが、貴様こそ最悪な殺し屋だ」


 高木は「『リーダー』の死体は確認したよ。DNAも一致した」と話題から逸れて言う。


「そもそも、君たちがいけないんだよ。あんな会社を作って、私の会社と競合したんだから。それに『殺し屋同盟』を殺す手伝いをしたのは、私にとっても、あの過去は不要なものだったからね。利害は一致した」


 仁井悠介は「よく言うぜ」と高木を睨みつける。


「俺たちの会社をあそこまで大きくしたのは、お前の支援があったからだろう。『アシスト』とはよくできた会社名だぜ」

「小説じゃないんだからそんな伏線は不要だよ」


 高木は右手の銃を仁井悠介に向けた。


「おかげで苦労なく、シェアを拡大できた。感謝するよ、仁井悠介くん」

「……この外道が」

「最後に言い残すことはないかい?」


 仁井悠介は最期にこう言った。


「くたばれ、裏切り者」


 その言葉を合図に、引き金は引かれた。

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殺し屋同盟 ~七人の人殺し~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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