好きになった人が昔の仲間と会いました

「なんだい。久しぶりの再会だって言うのに、殺気立たないでよ。まあSPのみんなには悪いことをしたけど、殺していないんだから大丈夫だよね」


 『殺し屋同盟』の『リーダー』。僕は初めに抱いた印象は寡黙でおそろしく冷たい人だった。しかし目の前に居る彼は、なんというか、雄弁で親しみやすい男性だった。

 こんな人が葛西さんの上に立つ殺し屋なのだろうか。


「うん? ああ、君が『フレイム』の相棒くんだね」


 『リーダー』は笑顔のまま、僕に語りかける。


「銃を下ろしてくれないか? そんな物騒なものを持って話すのは無粋だと思わないかい?」


 僕はその言葉を聞いて、言うとおり銃を下ろしてしまう。


「おい敬介。なんで下ろしてんだよ! 目の前に居るのは殺し屋だぞ!!」


 僕はハッとして銃を構え直す。そうだ。どんなに安心できる優しい人でも、殺し屋には間違いないのに、どうして僕は銃を下ろしたんだろう?


「やれやれ。仕方ないな。こんなにか弱い僕に銃を構えるなんて」

「か弱い人間が銃を突きつけられて手も挙げないのはどうかと思うぜ」


 確かに葛西さんの言葉どおり、『リーダー』は銃を向けられているはずなのに、余裕たっぷりで、僕たちを面白そうに見ている。まるで『銃なんかで自分を殺せると思いこんでいるのが滑稽』と言わんばかりに。


「なんでてめえがここに居るんだよ? 『リーダー』さんよー」

「ふむ。その前に確認したいことがあるんだ」


 怪訝そうに葛西さんは「確認したいこと?」と繰り返した。


「現状確認だよ。君がどれだけ情報を知っているのかによって立ち位置が変わるからね」

「相変わらず回りくどい言い方しやがって。ああん? そういうところが嫌いだよ」

「僕は君の顔とスタイル以外はあまり好きじゃない。ま、これは冗談だ。君は警察からどのくらい情報を得ているんだい?」


 葛西さんも僕もその質問に沈黙してしまった。実際のところ、葛西さんにはテレビや新聞、ネットを見る権限がない。彼女のプライベートルームにはそういった娯楽はないのだ。

 あるとするなら小説とか漫画しかない。理由は葛西さんの癇癪、言うなれば放火癖の被害に真っ先になるのは、彼女の娯楽である紙媒体だからだ。それは彼女の癇癪を抑えるものとなっている。

 だから葛西さんは肯定も否定もできなかったのだ。それは僕も例外ではない。

 しかし――


「なるほど。何も受け取っていないわけだね。まったく情報は力なのに、遮るなんて日本警察はどうかしている」


 何故か全てを見透かしてしまった『リーダー』。僕は驚きのあまり何も言えなかった。


「もしも君の立場だったら、君の性格からして、黙って任務に就けるわけがないよね」

「はあ? 『リーダー』何言っているんだ?」


 我慢できなくなったのか葛西さんが『リーダー』を問い詰める。

 『リーダー』はあっさりと言う。


「もちろん、『殺し屋同盟』のことさ。『アサシン』だけじゃなく、『ソルジャー』も『ポイズン』も殺された。多分、同一人物だ」

「――っ!! なんだと!?」


 葛西さんは『リーダー』に詰め寄って胸ぐらを掴んだ。


「な、なんで! なんで二人が殺されたんだ!!」

「今、調査中だよ。まったく分からないんだ」

「はあ!? 何言っているだよ!? 『シーカー』に依頼すればいいだろう!」

「彼女を巻き込むわけにはいかない」

「なに綺麗事抜かしてんだ! 三人も殺されたんだぞ! 悠長なこと言っている――」


 葛西さんが言葉を続けようとしたとき。


「……放せ」


 『リーダー』からとてつもない殺気が放たれた。部屋中が絶対零度まで凍らせられた感覚。液体窒素の中に入れられた体感。それらが僕たちに襲ってきた。


 葛西さんは弾かれたように手を放した。そして僕のほうまで下がってきた。いつでも攻撃できるようにするためと、怯えてしまったためだった。


「ふう。いいかな。話を続けても」


 葛西さんは悔しそうな顔で頷いた。


「いまや『殺し屋同盟』も四人となってしまった。半分も殺されてしまったんだ。これ以上は殺させない。反撃に移る。君も協力してくれるね『フレイム』」


 『リーダー』の言葉に何の反応も見せない葛西さん。

 だから代わりに僕が質問することにした。


「あのう、『リーダー』さん?」

「うん? なんだい? えっと……」

「徳田敬介と言います。質問してもよろしいでしょうか?」


 『リーダー』は「まあいいけど」と軽く答えた。僕の存在を路傍の石のように感じているのだろうか。


「あなたはどうして、ここに居るんですか?」

「そりゃあもちろん、『フレイム』の協力を得るためさ」


 僕は「じゃあなんでこの場所を選んだんですか?」と再度訊ねた。


「葛西さんの協力を得るためなら、わざわざSPを倒す必要もない。この部屋に訪れることもない。ホテルのエントランスでも、ここに向かう道中でも構わないはずです」

「…………」

「これは僕の想像ですけど、他にも理由があったんじゃないですか? その理由は分かりませんけど、この場に居る必要があったから、ここで待ち伏せしたんですよね」


 僕の推理もどきに『リーダー』は「素晴らしいね」と拍手をした。


「まあ、『フレイム』の相棒を務めるだけはあるね」


 すると葛西さんが「その理由まで当てられたなら完璧だったのによ」と毒づいた。


「あたしには分かるぜ。そこのお嬢ちゃんだろう?」


 今まで蚊帳の外だった小田叶絵さん。しかし急に話題になったというのに彼女は知らん顔で無視を決め込んでいた。


「そこのお嬢さんに会いに来たんだろう。『アサシン』の最期を知る証人だからな」

「……お嬢さんはやめてくれない? 私は小田叶絵よ」


 ようやく口を開いた彼女――小田さん。


「あなたたちが来る前に、そこの殺し屋さんに質問されたけど、何も知らないのよ。屋敷の外で殺しあったみたいだし。静の最期は見てないわ」


 よく見ると車椅子だった。そういえば、小田叶絵は障害者の画家として有名だったような。


「なんだよ。それじゃあ無駄骨じゃねえか」

「そういうわけでもないよ、『フレイム』。『アサシン』のことだ、何かしら遺しているはずだよ。敵のことをね」


 『リーダー』は小田さんに向けて質問をした。


「君に何か遺していないかい? たとえば言葉とか手紙とか」


 その言葉に小田さんはぴくりと反応した。


「手紙ならもらったわよ。でも敵のことなんて書いていなかったわ」

「その手紙はどこに?」

「ここにあるわよ」


 小田さんはすんなりと手紙を見せた。


「…………」

「ほら。敵のことなんて一言も――」


 『リーダー』は手紙を読んで、それから言う。


「暗号が隠されているね。換字暗号だ」


 その言葉に『リーダー』以外の全員が驚いた。


「どういう意味? 静が私に宛てた手紙に、暗号が隠されているの?」

「うん。そうだね。不自然に言葉を繰り返している。『叶絵さまは私に逃げろとおっしゃってくださいましたが、逃げることはできません』とか『ようやく生きる目標と目的を得ることができたのです』とか『だから必ず勝ちます。勝って、屋敷に戻ってきます』とか。『アサシン』はもっとシンプルな人間だ。言葉遊びはしない」


 そして『リーダー』は言う。


「他に遺しているものはあるかい?」

「そ、それは、私の似顔絵が残っているわ。静の部屋に置いてある」


 それを聞いた『リーダー』は葛西さんに向かって言う。


「僕はそれを取りに行ってくる。君も行くかい? 『フレイム』」

「は! なんであたしが行かなきゃいけないんだよ?」

「君も狙われているからね」


 葛西さんは「まあ確かにそうだな」と考えを改めた。


「あの『アサシン』と『ソルジャー』を殺したんだ。一人じゃあ危険だもんな」


 そして僕に向けて言った。


「敬介はお嬢さんを守れ。すぐに戻る」

「駄目ですよ。あなたは監視対象なんですから。僕も一緒に行きますよ」

「じゃあ、警護任務はどうするんだよ」


 すると小田さんが「私も一緒に行くわ」ととんでもないことを言い出した。


「それなら任務を全うできるでしょう」

「へえ。意外と度胸あるじゃあねえか」


 感心する葛西さんに対して小田さんはクールに返す。


「私も静を殺した犯人を知りたいのよ。それ以外に理由はないわ」


 僕は内心良いのかなと思っていたけど、どうしようもない。


「それじゃあ行こう。小田さんの屋敷へ」

「仕切るなよ『リーダー』」


 しかしこのとき、僕は予想もしていなかった。

 今までにない危険が待ち受けていたなんて。

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