好きになった人が思い出話をしました

「まさかあの『アサシン』が死んじまうとはなあ。殺しても死なない奴だったのに。ま、これも仕方ねえか」


 小田叶絵が居るホテルまで向かう車中で僕に向かって葛西さんは言った。なんでもないような言い方だけど、どこかしんみりしている気がする。


「その『アサシン』さんとは親しかったんですか?」

「うーん、親しいってわけじゃねえけどよ。仲間だったからな。その辺の奴よりは印象は良かったよ」

「印象が良かった?」

「なんつーか、積極的には殺したくないって感じ? でも仕事だったら殺す程度の関係かな」


 物騒な関係だった。ハンドルを握る手が自然と強くなる。


「そういえば、敬介には『殺し屋同盟』の他の面子と人間関係のことは話してなかったな」


 葛西さんが自分から『殺し屋同盟』について話すのは珍しい。というよりもほとんどない。


「敬介、お前は『殺し屋同盟』についてどのくらい知っている?」

「えっと、『リーダー』と『ディーラー』と『ポイズン』、そして『アサシン』は知ってますね。後、葛西さんも。他の二人は知りません」

「そうか。それじゃあ他の二人について教えようか」


 葛西さんは咳払いをしてから、話し始めた。


「まずは『ソルジャー』と呼ばれる殺し屋だ」

「なんか強そうですね」

「お、良い感覚だな。こいつは最強の殺し屋だ」

「……最強、ですか?」


 いまいちピンとこなかった。殺し屋に強いも弱いもあるのだろうか?


「肉体強度と五感が半端なく優れていた。3km先のスナイパーを察知できたし、素手で人を絞め殺せた。素手で人を殺せるって、とんでもないことだと思わないか?」

「確かに。武器を持ち込めない場所と相手なら有効ですね」

「そうさ。格闘術に通じていたし、向かい合っての戦闘なら『ソルジャー』に勝てる奴は居ない。だから最強の殺し屋なのさ」


 僕は当然のように抱いた疑問を口にしてみる。


「なんでその人が『リーダー』じゃないんですか?」

「そりゃあ、『リーダー』のほうが殺すからだ」


 僕は混乱して「あのちょっと何言っているのか分からないんですけど」と訊ねる。


「えっと『ソルジャー』さんが最強の殺し屋じゃないんですか?」

「なんて言えばいいのかな。『ソルジャー』と『リーダー』がもし戦うとしたら勝つのは『ソルジャー』だが、殺し合いだったら『リーダー』のほうに軍配が上がる」


 葛西さんは『リーダー』のことを語るときはどこか愛憎が入り混じった表情をする。


「そこが『リーダー』のおそろしいところだ。強さも弱さもごちゃ混ぜにしてうやむやにしてはっきりとさせない。だけど標的は殺される。そういう類の強さだ」


 ますます『リーダー』の人物像が見えてこない。葛西さんにそこまで言わせるなんて、どれほどの人物だろう。


「話を進めるぜ。次は『シーカー』だ」

「『シーカー』? ハリーポッターですか?」

「そのツッコミはある意味正しい。『シーカー』の意味は?」

「えっと、探す者ですか?」

「流石キャリア組だな」


 葛西さんは皮肉交じりに言って、説明し出した。


「情報探求のエキスパート。いやネット界隈ならなんでもできるとあたしは踏んでる。オンラインならばどんなことも可能な超絶技巧のハッカーだ」

「ハッカーなのに『シーカー』なんですか?」

「『リーダー』が決めたんだよ。ま、あいつは破壊工作を結局しなかったな」


 そして一度黙り込んでしまう。僕も黙って葛西さんの言葉を待った。

 再び口を開いて話したのはもう『シーカー』のことではなかった。


「『殺し屋同盟』の中でもつるんでいる人間同士が居てな。まあ派閥ってわけじゃないけど、あたしは『ポイズン』と仲が良かったんだ。同年代の同性だったしな。『ソルジャー』は割りと皆と仲が良くて、特に『アサシン』と親しげだった。『アサシン』の野郎はあんまりみんなと関わっていなかったがな。そんで『シーカー』は『ディーラー』を慕ってた。役割が同じせいだったからな」


 前にも言ったけど葛西さんが『殺し屋同盟』のことを語るのは珍しい。一年間の相棒として付き合ってはいたけど、語ったのは初対面のときだけだった。

 もしかして、ガラにもなくセンチな気持ちになっているのだろうか。


「葛西さんは――」

「あん? なんだよ」

「その、仲間が死んで悲しいですか?」


 我ながら馬鹿な質問をしてしまったけど、気になることなので、仕方がなかった。

 葛西さんは「はっ、当たり前のこと訊くなよ!」と強気で言って。


「悲しいに決まっているだろうよ。仲間が死んだんだ。淋しく思うさ」


 ……本当に馬鹿な質問をしてしまった。


 警護対象の居るホテルへ着いた。二十階建ての高級ホテル。ここに写真の女の子が居るのだ。

 車を駐車場に置いて、エレベーターで十三階へと向かう。

 その間、会話はなかった。エレベーターには僕たち以外誰も居ないのに、葛西さんは念入りに自分の装備を確認していた。

 そう。葛西さんが『フレイム』と呼ばれていた頃の装備だ。


 十三階に着くと、警護対象が守られている部屋へと向かう。1303号室。その前に立ち、ノックした。警備部警護課の人間と交代するためだった。


 しかし、返事がない。


「あれ? おかしいなあ」


 このときの僕は刑事としてまだまだ未熟で異変というものに気づけなかった。


「敬介。ちょっとどけ」


 僕を押しのけて、葛西さんはドアノブを触って「くそ。オートロックか」と悪態をついて――


「ちょっと燃やすぜ」


 僕が止める間もなく、ドアノブの周辺だけが業火の如く燃え始めた。


「ちょ、ちょっと葛西さん!?」

「オートロックってのはドアノブしかロックされてねえ。熱探知機も火災報知機も天井にあるからそれまでに燃やし尽くせば誰も気づかねえ」


 解説してくれているけど、刑事の仕事には役立たない。

 デロデロに焼けた施錠部分。葛西さんが足でドアを開けると、そこには。


 SPたちが三人、倒れていた。


「こ、これは――」

「敬介! 奥を調べるぞ。大丈夫だ。身体が上下しているからこいつらはまだ生きてる。気絶しているだけだ!」


 僕は慣れない銃を構えながら「はい!」と言って奥へと進んだ。

 葛西さんと目配せして、ベッドルームへと続く扉をゆっくりと開けた。

 そこには――


「おや。君はまだ生きていたんだね」


 呆然としている警護対象の小田叶絵と。


「――っ! なんであんたが居るんだよ!」


 見知らぬ男性が居た。


 いや、見てないだけで、会っていないだけで、知っていた。

 彼は、彼の正体は――


「てめえ、どのツラ下げてここに居るんだ! 『リーダー』!!」


 『殺し屋同盟』の『リーダー』。葛西さんの仲間だった男。


 彼がにこやかに立っていた。

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