好きになった人が相棒になりました

「なんであたしが捕まったのか、そいつを話しておこうか」


 椅子に座って数分もしないうちに、まるで旧知の友人のように話しかけてくる葛西さん。

 いや、犯罪者にさん付けするのはどうかと思うけど、プロフィールを見ると三才も年上だったから、つい敬称してしまう。


「捕まった? 自首したんじゃないんですか?」

「アホ。あたしがなんで自分からせまっくるしい場所に閉じ込められなきゃいけないんだ?」


 それは悪いことをしたからでしょとは言えなかった。なんか臆してしまっているのかもしれなかった。


「自首したのは『アサシン』と『ディーラー』だよ。だけど『ディーラー』が警察と司法取引してシャバに出やがった。そんで、『ディーラー』の代わりにあたしがここにぶち込まれたんだよ」

「……どうして代わりに入ったんですか?」

「あたしが都庁を燃やそうとしたからだな」


 葛西さんは『フレイム』と呼ばれていて、担当は放火とそれに伴う破壊工作らしい。いわゆる放火魔といえば正しい。


「なんでそんなことをしようとしたんですか?」

「チームが解散してつまんねえからよ。『リーダー』に止められたんだが、どうも燃やしたくてたまらなかったんだ。だから燃やそうとした」


 犯りたいから犯る。そんな身勝手な思想だからこそ、放火魔としてやっていけるのだろう。


「それが『リーダー』に邪魔されて、それで対決して、気がついたら『ディーラー』の代わりにここに居るわけだ。まったく情けねえ」

「その『リーダー』さんって凄いんですね」


 犯罪者を褒めるつもりはなかった。しかしその言葉を聞いて、葛西さんは自分が貶されたと思ったのか、鉄格子ごしから「ざけんなくそ野郎!」と怒鳴ってきた。


「あたしが『リーダー』に負けたとでも言いてえのか! あたしは負けてねえぞ! もういっぺん言ってみろ!」

「す、すみません!」


 放火魔らしくすぐに熱くなりやすい性質なのだろうか。理不尽な怒り方だった。


「ここから出たら『リーダー』を探して、ぶち殺してやんよ」

「警察の前でそんなことは言わないでくださいよ」

「ああん? ああ、そういえばそうだったな」


 ここで僕は一つ疑問を覚えた。


「どうして刑事部長はあなたが自首したように話したんでしょうか?」

「そう説明されたのか? お偉い人の考えは分からねえけど、多分体裁が悪かったんだろうよ」

「体裁ですか?」

「そうさ。司法取引して犯罪者を自由にして、その犯罪者の元締めに別の犯罪者を突き出されたんだ。誤魔化したくなるぜ」


 なるほど、確かに聞こえが悪い。

 すると葛西さんの興味は僕に移ったみたいで、じろじろと不躾に見てくる。


「お前、キャリア組だろう」

「な、なんで分かるんですか?」

「エリートな感じがする。だけどそこまで優秀でもねえな。あたしと組まされるんだからよ」


 犯罪者としての眼力だろうか。僕を見抜いてくる。


「それで? 一体いつになったらここを出られるんだ?」

「こちらの書類にサインしてくだされば、今すぐ出られます」


 僕は紙とボールペンを葛西さんに差し出す。手と指を掴まれないように慎重に渡した。

 葛西さんは書類の内容をしっかりと見る。


「えーと、要するにあんたと組んで、捜査に当たるんだけど、警察官に危害は加えるのは禁止で、手柄は全部警察のもんで、二十四時間監視されて、もし逃げ出したら、その場で射殺もしくは死刑台送り。そんな簡単な内容なのに、どうして無駄に難しい文章で書くのかねえ」


 葛西さんは呆れながら言う。僕もその通りだと思うけど、口出ししなかった。


「ま、妥当な条件だな。あたしには異存ないよ」

「それでは、サインを」


 葛西さんはペンを走らせてサインした。そして僕に手渡す。

 サインを確認した後、僕は「すぐに出しますから、お待ちください」と言って刑務官の元へ向かう。


 折田さんに彼女を出すように伝えると「着替えの準備をさせますので、ここで待っててください」と言われた。まあ囚人服のまま出るわけにはいかないし。

 十五分後、ようやく葛西さんがやってきた。レディースのスーツを身につけている彼女は惚れ惚れするほどかっこよかった。


「そんじゃ行くか敬介。あんたが居ないと動けないからよ」


 気安く下の名前で呼ぶ葛西さん。僕は「わ、分かりました」と言って従った。


「折田さん、世話になったな」

「もう戻ってくるなよ」


 刑務所の玄関で二人は握手して、別れを告げた。もう二度と会わないかもしれない別れだった。


 車に乗り込むと葛西さんは僕に「これからどこに行くんだ?」と話しかけてきた。


「とりあえず本庁へ向かいます。そこで新しくできた部署で勤務してもらいます」

「新しくできた部署? なんだよそれ」

「特別犯罪捜査係です」


 僕がそう言うと葛西さんは「聞いたことねえな」と呟く。


「初めて新設される部署ですね。今のところメンバーは僕と葛西さんだけです」

「へえ。そいつはありがたいことだな」

「どういう意味です?」


 葛西さんはまたシニカルに笑った。


「チームを組むのはもうごめんだな。それに『殺し屋同盟』ほど楽しかったチームは他にねえ」


 葛西さんの複雑な思いが垣間見た瞬間だった。


「葛西さん、あなたの階級は巡査です。加えて成果を上げても昇進することはありません」

「はいはい。分かってるよ」

「居住場所は本庁内部に用意しましたので」

「まったく、プライベートがないのはツラいぜ」


 軽口を叩く葛西さん。僕はどうして彼女が放火魔となり、『フレイム』と呼ばれて、『殺し屋同盟』に加入したのか、今はまだまったく知らなかった。

 だけど一つだけ言えるのは、僕は甘くみていたのだ。

 この人と相棒になるという重責をまったく理解していなかった。




 それから一年が経った。

 葛西さんとはいろいろトラブルはあったものの、上手くやれていた。

 信じられないくらいに上手くやれていたのだ。


 葛西さんは犯罪者としての才能を備えているだけではなく、警察官としての才能も持っていたようだ。というよりも犯人の心理を読み取ることに長けていたというのが正しい。

 今まで関わってきた事件は八件。全て解決できたのは葛西さんのおかげと言っても過言ではなかった。

 僕なんてものの役に立たなかった。現場で右往左往しているだけの情けない姿しかみせていない。

 自分が恥ずかしくて涙が出てくる。そのくらい彼女には才能があったのだ。


「優れた殺し屋は様々な技能を備えているもんだ」


 前に葛西さんが語ったことを思い出す。


「たとえば『殺し屋同盟』の中で最も親しかった『ポイズン』って毒殺師は料理が得意だった。得意ってもんじゃねえ。プロでも勝てる奴はいないだろう。そのくらい凄かった。だからあたしが警察官やれているのは、そういうことなのさ」


 自慢ではなく事実を言っている感じだった葛西さん。その横顔は惚れ惚れするくらい美しかった。


「その中でも『リーダー』はすげえ。なんでもできたし、できないことはなかった。あの人ならチームが居なくてもと思ったことは何度もあった」

「ならどうしてチームを作ったんですか?」


 そう訊ねると葛西さんはシニカルに笑った。


「さあね。一人じゃ淋しかったんじゃないか?」


 一人じゃ淋しい。その言葉の意味を僕は知ることはできるのだろうか。




 比較的平和な日々を送っていたある日。

 突然、その任務がやってきた。


 刑事部長に呼び出されて、僕と葛西さんは指定された会議室に行く。


「今日は君たちに異例な任務を与える。身辺警護だ」


 いつもは殺人を捜査する僕たちに不似合いな任務だ。


「身辺警護? 一体誰の?」


 葛西さんが怪訝そうに訊ねた。


 刑事部長は写真を僕たちに手渡す。車椅子に乗っている女の子だ。高校生か大学生かはっきり分からないけど、そのくらいの年齢だ。


「彼女――小田叶絵の身辺警護をしてもらいたい。命を狙われている可能性がある」

「なんであたしがしなくちゃいけないんだ?」


 確かにそうだと思ったけど、口出ししなかった。


「君の仲間が彼女を守るために命を落としたんだ」


 刑事部長の言葉に葛西さんは「……どういうことだよ」と訊ねた。


「君たち『殺し屋同盟』の一員だった『アサシン』は死んだ」


 そして刑事部長は告げる。


「彼の仕事を引き継ぐのは君しかいないんだよ。『フレイム』くん」


 これが僕たちの最後の事件になるとは、夢にも思わなかった。

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