二人の人殺し

 『ソルジャー』さんが死んで数日後、『アサシン』さんと『ポイズン』さんが殺された。この情報は既に入手していた。『シーカー』と呼ばれた情報屋である私、泉知恵にとっては簡単なことだった。

 有名人である『ポイズン』さんはともかく、隠れて生活をしていた『アサシン』さんは調べるのは難易度が高かったけど、私に分からないことはない。一時間あれば国のトップの隠し子が何人居るのかすら調べられる。

 しかし、この状況は不味いと思う。『アサシン』さん以外の二人、『ソルジャー』さんと『ポイズン』さんは正体を隠していた。だから殺されるわけがなかった。私が『リーダー』に命じられて、証拠となる情報は全て削除したから間違いない。

 このままだとどうなるのか、分からなかった。怖くて仕方がない。誰か助けてほしかった。散々、人を殺した私たちだけど、殺されるのは嫌だった。

 『リーダー』が動いていても犠牲者は増え続けるばかりだ。私も動くしかないかも。

 敵が誰なのか分からないけど、守ってるばかりじゃ駄目だ。

 だから、私は会いに行く。仲間の一人に。


 というわけで、私はとある会社のビルの入り口まで来ていた。

 いや、とある会社というのはやめよう。株式会社『アシスト』という大手企業だ。三十階建ての大きなビルの前に立つと自分がとても矮小な人間に思えてくる。


 創業して七年目のかなり若い会社なのに、業績はとても良い。年8%の成長率で発展しているという事実は目を瞠るものがある。何らかの悪いことをしているに決まっている。まあ調べれば出てくるはずだけど、それはしなかった。脅す目的なんてないからだ。

 目的はこの会社の『社長』にある。私は会わなければいけなかった。


 意を決して、中に入る。エントランスには受付嬢が居て、みんな若くて美人さんだった。


「すみません。高木社長はいますか?」


 できるだけ友好的に話しかけると三人の受付嬢の一人が「失礼ですが、アポイントメントはお取りですか?」と素敵な笑顔で応じてくれた。


「いえ。予約は取ってません」

「でしたら、お通しすることはできません。申し訳ありません」

「えっと、私、泉知恵といいます。私が来たとお伝えしてくだされば、必ず通してくださるはずです」


 名刺を差し出して、そう言うと受付嬢は怪訝な顔をしながら「わ、分かりました」と言って電話をかけた。他の二人も何事なのかと様子を窺っている。


「あ、社長。受付の者ですが、泉知恵さまがお会いになりたいとの……はい? は、はい、分かりました。ご案内します」


 受付嬢の方は私を『何者だろう?』という目で見ると「社長の高木がお会いになるそうです。ご案内します」と言って立ち上がった。


「ありがとうございます。なんかすみませんね」


 そう言いながらも私は受付嬢に着いていく。

 警備員の横を通って中に入り、エレベーターを上がっていく。浮遊感。三十階まで一気に上がっていく。


「あの、名刺に小説家と書かれていたのですが、もしかして、『清流物語』の作者様ですか?」

「ああ、そうですよ。知ってくださるんですね」

「私、ファンなんです。応援してます」


 そのシリーズ、もうすぐ終わるんですよとは言えなかった。私は笑顔で「はい、頑張ります」と言った。


 最上階でエレベーターを降りて、社長室まで向かった。

手前の秘書室で眼鏡の秘書さんと受付嬢は何事か会話した。そして受付嬢は一礼して帰っていった。


「社長はこちらでお待ちです」


 秘書室の奥に社長室はあった。扉は開かれる。




「おー! 久しぶりだねえ泉くん! いや、泉先生と言ったほうがいいかね?」


 快活に笑いながら私の手を握る高木吉安社長。高級スーツに身を包んだ好青年だ。三十四歳にして、これだけの大きな会社を設立した立志伝中の人物。そして――


「それとも『シーカー』と昔のように呼んだほうがいいかな?」


 『殺し屋同盟』のメンバーだった人だ。


「ええ。何とでもお呼びください。私は逆になんと呼べば?」

「うーん、『ディーラー』でいいよ。久しぶりにそう呼んでおくれ」


 余裕たっぷりな表情を見せる『ディーラー』。私はその余裕こそがチームを支えてきたのだと、今になって分かる。


 『ディーラー』は私と同じ、情報支援を担当していた。だからチームの中では比較的親しくあった。新入りだった私を優しく導いてくれたのも『ディーラー』だったりする。


「それで? 思い出話に来たわけでもないだろう」


 本題を切り出す『ディーラー』。私は単刀直入に言う。


「仲間が殺されたことを知ってますか?」

「ああ。『ポイズン』と『ソルジャー』のことだろう」

「加えて『アサシン』さんも殺されました」


 私の言葉に悲しそうな表情を見せる『ディーラー』。


「そうか。つまり三人殺されたわけか。あの伝説のチームも今は昔か」

「そうですね。悲しいことです」

「それで、君はどうして私に会いに来たんだ? 警備でも付けてほしいのかな」

「まさか。そんなものは要りませんよ。ちょっと意見を伺いに来たんです」


 私は誤魔化しも疑いもせず、『ディーラー』に訊ねた。


「どんな敵が、私たちを狙っているのか。心当たりありますか?」


 『ディーラー』は首を横に振った。


「あるわけがない。あったら『リーダー』に知らせている」

「そうですか……」

「第一に君が調べて分からないことなら、誰も調べることはできないだろう」


 私は肩を竦めた。


「そんなに万能じゃないですよ。私は、ただの小説家です」

「今はそうかもしれないけど、昔の能力を失くしているわけではないだろう」


 その指摘に私は頷いた。自宅にはかつての商売道具だった自作のパソコンが残っている。


「でも、ネットがつながっていない情報は私は探れませんよ。裏路地で口頭で話されたらどうしようもない」

「まあね。そのために私が居たのだから」


 『ディーラー』は武器商人だったけど、情報を扱わないわけではない。私が調べ切れなかったことを取引で仕入れてくれた。


「とにかく、私は知らないよ。一応身辺警護はしているけど。それより『リーダー』に会ったかな?」

「一度、会いに来てくれました」

「そうか。あの人も大概過保護だな」


 『ディーラー』は笑っていた。懐かしむように笑った。


「ちょっと気分を害したらごめんなさい。『ディーラー』は罪悪感とかある?」


 私の唐突な質問に『ディーラー』は困惑したようだった。


「いや、別にないが。何に対して罪悪感を抱けばいいのかね?」

「人を殺したことにですよ」

「いや、別に。なんとも思っていない」


 『ディーラー』はどうしてそんなことを訊くのか、分からないといった表情で訊ね返す。


「人を殺して何が悪いんだい? 人を殺してない人間なんて、いないだろう?」


 それはその通りだと思う。私は何を思っていたんだ。人を殺すのが悪なら、誰だって人は殺さないじゃないか。


「すみません。変なことを訊いて」

「別にいいさ。それより、今日は予定あるかな?」

「ないですけど」


 『ディーラー』はにこりと笑った。


「なら久しぶりに食事でもどうかな?」


 私は了承した。


「良いですよ。変なことをしなければ」

「中学生の頃から知っている女の子に手を出すほど、野暮じゃないよ」

「私はどこで待てばいいですか?」

「ここで待っててくれ。仕事はすぐに終わる」


 『ディーラー』はそう言って、部屋から出て行こうとする。しかし直前で足を止めた。


「なあ『シーカー』。あの頃は楽しかったな。今は窮屈すぎてたまらない」

「だったらチームの解散に反対しなければ良かったじゃないですか。それに警察に自首したのも、あなたと『アサシン』さんだけですし」


 『ディーラー』は笑って答えた。


「私なりに考えていることがあったのさ。それじゃあ失礼するよ」


 『ディーラー』が去っていくと、入れ替わりに秘書さんがお盆に紅茶とお菓子を載せてやってきた。


「粗茶ですが」

「あ、ありがとうございます」


 私は秘書さんが出て行っても紅茶に手をつけなかった。

 ただずっと見つめていた。

 紅茶の表面を、ただずっと見つめていた。

 そうしていると、過去のことを思い出す心地がした。

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