葬式と謎の男
あじみの葬儀に俺は行くべきかどうか迷っていた。しかし行くことにした。行かなければ後悔すると思ったからだ。
喪服で式場に向かうと大勢の人間が参列していた。葬儀の人の多さが人格や人望を表す。思えば学生の頃からあじみは人に慕われていた。
参列している人たちは皆同じく悲しみの表情をしていた。葬儀だから当然かもしれないが、心から悲しんでくれる人が居ることに、あじみの友人として救われたような気がした。
「あ、岡山くん。久しぶりだね」
「……久しぶり」
懐かしい声。そこには三好と菊池が居た。二人とも笑みを浮かべたが、どこか無理をしているようだった。
「やはり、お前たちもここに来たか」
「うん。岡山くんも来てくれたんだね」
「ああ。あじみの顔を拝んでおきたかったんだ」
俺の言葉に二人は顔を見合わせた。
「岡山くん、その、言いにくいけど、あじみちゃんの顔は見られないかも」
「……どういう意味だ?」
「何も知らないの?」
菊池が俺に告げる。
「深夜、一人で料理の研究していたときに、ガス爆発で店が吹き飛んだの。遺体は焼けて、とても見られるようなものじゃないみたい。それにもう、遺体はここにはない」
ガス爆発? つまり料理している最中にあじみは亡くなったのか? あじみらしい最期といえばそれまでだが、俺は気になってしまう。
用心深いわけではないが、料理人が厨房のコンディションをきちんと整えていないのは、明らかにおかしい。
俺たちは刃物を扱う。ガスやお湯を扱う。それらは温かい料理を作るためにあるが、同時に人に害を及ぼすものでもある。衛生や安全に気を使わないわけがない。
何かが、おかしい。
「あじみちゃん、言ってたね。料理しているときに死にたいって。そんなの冗談だと思ってたけど、まさか現実になるなんて――」
「馬鹿なことを言うな。あじみがそんなことを望んでいたわけではないだろう」
もしもあじみなら、料理をしているときに死にたいのなら、そんな中途半端なところで死ぬわけがない。
「警察はなんて言ったんだ?」
菊池は素早く答えた。
「事故死って言ってた。自殺する理由もないし、誰かに殺されるような恨みを買う人でもないし」
俺はこれ以上にないくらい、頭を働かせていた。そして思いついた。
「違う……あじみは事故死じゃない。自殺でもない」
三好と菊池は俺の言葉にぎょっとした目で見る。
「誰かに殺されたんだ……!」
菊池は「何を馬鹿なことを言っているの?」ととがめた。
「そうだろう? あじみが事故死するわけでも自殺するわけでもない。そうだろうが! お前たちだって、薄々感づいているんじゃないのか!?」
大声を出してしまうが、関係ない。二人は周りの目を気にして、俺を宥めようとする。
だけど、耳に入らない。
「あじみは殺されたんだ! 誰か知らないが、絶対に許せない!」
俺は居ても立ってもいられずに、葬儀場から出て行く。三好と菊池の制止する声は届かなかった。
そして気づくことができなかった。
騒いだ俺を見る視線の中に紛れた、殺し屋の瞳に。
俺は車をとばして自分の家に戻ってきた。警察が頼りないなら、探偵に調べてもらう。それが駄目なら自分で調べてやる。そういう気持ちだった。
車を駐車して、自宅であるマンションのオートロックを解除して自分の部屋までエレベーターを使って昇った。
そして、部屋の前に来て、鍵を開けた。
中に入って、やっと息を整えられた。呼吸が荒いのは急いでいたからだった。
今からネットで探偵について調べよう。そう思って、家の奥へ足を運んだ――
「君は、薬師あじみとどういう関係なんだい?」
声がした。反射的に振り向くと玄関に男が立っていた。スーツ姿の優男。何の特徴もない普通の男が、立っていた。
「な、なんだお前は!? どうやって中に――」
「ああ。鍵は壊したよ。オートロック? そんなものは関係ないね」
そう言って、一歩ずつ俺に近づく。俺は逃げるようにキッチンへ向かった。そして包丁を手に取り、男と正対する。
「お前は、何者だ! 強盗か!?」
「違うよ。薬師あじみについて、話を聞きたいだけなんだ」
困ったような顔で質問する男。俺はあじみの名前を聞いて、さらに警戒心が増幅するのを感じた。
「お前は、あじみの何なんだ? どうしてあじみのことを聞きたがる?」
「あー、その前に僕の質問に答えてくれるかな? 何度でも訊くよ。君と薬師あじみはどういう関係なんだい?」
俺は正直に話すべきか迷った挙句、答えることにした。
「料理学校時代の友人だ。いや、今でも友人だ」
「友人ねえ。どうして薬師あじみが――」
「今度は俺の番だ。お前とあじみの関係はなんだ?」
答えると思わなかったが、男はあっさりと白状した。
「昔の仕事仲間だよ」
「仕事仲間? お前も料理人なのか?」
男は笑いながら「違うよ」と否定した。
「僕と薬師あじみはチームの仲間だったんだ。『殺し屋同盟』のね」
「……『殺し屋同盟』? なんだそれは」
「平たく言えば殺し屋仲間さ」
俺は男が何を言っているのか、まったく分からなかった。まるで外国語を聞いているみたいだった。
「薬師あじみ、僕たちは『ポイズン』と呼んでいた。担当は毒殺。彼女が死んだのは、本当に残念だよ」
俺はこいつの正気を疑った。あじみが人殺しだと?
「お前、でたらめ言う気じゃあ――」
「でたらめを言うメリットが分からないな。まあいい。今度はこっちの番だ」
男は俺に詰め寄った。包丁を恐れていないようだった。
「どうして、薬師あじみが殺されたんだと思うんだ?」
俺は目の前に居る男が何者なのか判断できなかった。
だから試すために質問を投げかけた。
「俺の問いに答えたら、教えてやる」
「ふうん。言いなよ」
「あじみを殺したのは、お前なのか?」
男は「なんで仲間を殺さないといけないのさ」と口を尖らせた。
「違うのか? 殺したのに気づいた俺の口封じに来たんじゃないのか?」
「うーん、それは違うよ。第一に僕は『ポイズン』を殺してないし、第二に葬儀場で他殺を疑うような発言をした人を後で本当に殺したら、警察に疑われちゃうよ。違うかな?」
こいつの言っていることは一応筋道は通っている。しかし油断ならない。
「答えたから、答えてよ。どうして『ポイズン』が殺されたと思ったんだい? 心当たりがあるのかな?」
俺は男の質問に「簡単なことだ」とあっさりと言った。
「俺たち料理人は周りの環境をきっちりと整えてから仕事をする。ガス漏れなんてありえない。だから事故死じゃない」
「ふうん。じゃあ自殺の可能性はあるじゃないか」
「それこそありえない」
俺は強く否定した。
「あじみは料理をしているときに死ぬのが夢と言っていた。だから自殺はありえない」
「うん? ううん? 現に料理しているときに――」
「だから、それがそもそも間違いなんだ」
俺は目の前の男に言ってやった。恐怖はもう感じない。
「俺たち料理人にとって、料理をしているときってのは、お客様に料理を食べさせていることを意味するんだ。お客様の笑顔を見て、美味しいって言葉を聞くまでは、あいつは死んでも死なないだろうぜ」
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