生き残った者たち
「悪いな『シーカー』。緊急事態だったから――」
「良いんです。それより『リーダー』はどこに居るんですか?」
ホテルの部屋に入るなり『ディーラー』の言葉を遮って、私は『リーダー』の所在を訊ねた。
『ディーラー』は人差し指で後ろを示した。ベッドに腰掛けて、『リーダー』が俯いていた。
「『リーダー』! 無事でしたか――」
声をかけてすぐに後悔する。怪我こそないけど、『リーダー』の顔は真っ青になって悲しみと怒りに縁取られていて、とても言葉にできない酷い顔だった。今にも誰かを殺しそうな表情だった。
「私が会ったときから、ああいう空気だった。一言、『フレイム』が殺されたと言って、黙り込んでいる」
「……岡山さんには知らせないほうがいいですね。こんな状態の『リーダー』に会わせるのは危ないです」
岡山さんが一緒のホテルに居るのは、彼の安全のためだった。中途半端に事件を知ってしまった一般人がどうなるのかは予想できる。口封じに殺されるか、事件に首を突っ込もうとするだろう。それはあまりに危険だった。だから岡山さんを近くに置いて、事件に関わらないように説得するつもりだった。
私は出会って初めてここまで狼狽し、怒りを孕んでいる『リーダー』をどうにかしてあげたいと思った。それに『フレイム』さんのことも訊かないといけなかった。
「『リーダー』、何があったんですか?」
勇気を出して、『リーダー』の隣に腰掛けて、できる限り優しく質問した。
すると『リーダー』は「信じられないことが起きたんだ」と呟いた。
「まさか、あの『フレイム』があんな行動を取るとは思わなかったんだ」
「どんな行動ですか?」
『リーダー』は今までの経緯を話し始めた。
「僕と『フレイム』、彼女の相棒の警察官、そして『アサシン』が仕えていた画家の四人は『アサシン』が遺した手がかりを探りに山奥の屋敷に赴いた」
「『フレイム』さんは『ディーラー』の代わりに獄中に居たと聞かされていましたけど」
答えたのは『ディーラー』だった。
「一年前に出所して警察官として働いていたんだ。一応、私にもその報告が来た」
そうだったんだ。仲間のことをまったく知らなかったな。
「屋敷に行って、手がかりを見つけたとき、敵に襲われた。僕と『フレイム』は敵を殺そうとしたけど、そこで予想外の出来事が起きた」
何があったのだろう。『リーダー』と『フレイム』さんが二人がかりで殺せない人間なんているのだろうか。
「画家をつれてその場を逃げようとした警察官がもう一人居た敵に撃たれた。それを見た『フレイム』は取り乱して、警察官の元に駆け寄った。相棒を助けようとしたんだ。そこを隠れていた三人目の敵に狙撃された」
『フレイム』さんは皮肉屋で言葉遣いの悪い人だったけど、『殺し屋同盟』では『リーダー』の次に仲間意識が強い人だった。たとえ一年の付き合いでも、大嫌いな公安関係の人間でも、相棒なら助けずに居られなかっただろう。
「僕は一人目の敵を逃してしまった。腕一本はもらったけど、逃げられた。まさかあの時点で逆転があるとは思わなかった。警察官を撃った人間にも逃げられた。僕は『フレイム』を殺した狙撃手しか殺すことができなかった」
私は「『フレイム』さんは即死だったんですか?」と訊ねる。
「いや、まだ息はあった。だけど内臓をぶちまけられて、長く持たなかった。彼女は警察官を『治療』した後、そのまま動かなくなってしまった」
『リーダー』の表情が悲痛なものに変わる。
「最期の言葉が聞こえなかった。声が小さすぎて……多分、敵のことを言ってた気がするけど、分からなかった」
私は何も言えなかった。『ディーラー』も沈黙してしまう。
「僕は結局、殺すことしかできない人間なんだと再認識したよ。守ることもできない。残されたのは僕たち三人だけだ」
『リーダー』は顔を上げた。静かに怒りを湛えている。
「その後、警察官と画家をつれて病院に行って、その足でここに来たんだ」
「どうやって知ったんですか?」
「ホテルのチェックインしたとき、偽名使わなかっただろう」
元殺し屋として迂闊だった。でも偽造の身分証明書なんて持っていなかったから仕方が無いと思う。
しかしそれだけで私たちの居場所が分かるなんて――
「ちょっと待ってください『リーダー』。手がかりを見つけたんですよね。じゃあ一連の犯人が分かったんですか?」
『ディーラー』の質問に『リーダー』は頷いた。
「もちろんだ。これから敵を殺しに行く」
「誰なんですか? 『殺し屋同盟』のメンバーを殺した敵の正体は?」
詰問する『ディーラー』。すると『リーダー』はあっさりと言う。
「富士川首相のことを覚えているかい?」
富士川? ああ、あれは確か――
「九年前、僕たちが病死させた総理大臣だよ」
そうだ。あれは大仕事だった。『殺し屋同盟』全員でやった記憶に残る暗殺だった。
「まさか、その関係者が犯人なんですか?」
「そのまさかだ。敵の顔に見覚えがあったし、『アサシン』が遺した手がかりにも記されていた」
富士川首相。四十代の若さでこの国のトップに成り上がった傑物。
だけど、その裏の顔はとんでもない悪党だった。人身売買、違法な産廃処理、暴力団とのつながり、薬物のばらまき。悪事なら何でもやるような男だった。
『殺し屋同盟』はとある人物から依頼を受けて富士川首相を殺した。その際、彼につながる組織は全て排除したはずだった。
「生き残りが居たのか……誰なんですか? 敵の正体とは?」
『ディーラー』の質問に『リーダー』はあっさりと答えた。
「富士川首相の娘、富士川ゆき。そして裏の組織のナンバーツーだった男、仁井悠介だよ。二人が僕たちの敵だよ」
娘のほうは知らないけど、仁井悠介は知っている。富士川の命令を忠実に従う冷酷非道な人間だ。
「二人は結託して僕たちを殺そうとして、半分以上は成功している。おそらく目的は復讐だろうね」
その言葉の後、しばらく部屋に沈黙が訪れた。誰も何も言えなかった。
「――それで、『リーダー』はどうするんですか?」
最初に口を開いたのは私だった。
「復讐するんですか?」
「もちろんするよ。当たり前じゃないか」
「……私も協力します」
私の言葉を意外に思ったらしい。『リーダー』は目を丸くしている。
「君はてっきり、逃げると言い出すと思ったのだけど」
「仲間を殺されて、それで逃げ出すような情けない人間じゃないですよ」
すると今度は『ディーラー』も同じように言う。
「私も同じです。覚悟はできてますよ」
『リーダー』はにやりと笑った。まるで死神のような笑みだった。
「ありがとう。それでは作戦を伝えるよ」
『リーダー』は私の目を真っ直ぐ見た。
「『シーカー』、君は人を殺す覚悟はあるかい?」
私は真っ直ぐ見つめ返した。答えは決まっていた。十年前、『リーダー』と出会った瞬間から決まりきっていた。
「あります」
「そう。だったら僕の策は成ったも同然だ」
『リーダー』は私に向けて言う。
「君が本気になったら星すら落とすことができる。そう信じているよ」
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