好きになった人は人殺しでした
「徳田敬介警部補。君にしてもらいたい任務がある」
僕が警視庁刑事部長に呼ばれたのは特別優秀でもなければ無能でもない。キャリア組でありながら凡庸であるからこそ選ばれたのだと、今になって分かる。
だけど、当時の僕は刑事部長直々の任務ということに動揺してしまった。
「は、はい! どのような任務でも受ける所存でございます!」
任務の内容を聞かずにそんなのことを言ってしまった僕。刑事部長はその言葉に苦い顔で「ありがたい言葉だな」と言う。
「本来ならばキャリア組の君を起用するのはあまり好ましくない。ましてや大学卒業したての若い……君、いくつかね?」
「二十三であります」
「そうか。私は今年で五十二になる。まあそんなことはどうでもいい」
白髪混じりの髪の毛を掻き毟りながら、刑事部長は「六年前になるのだが」と語り出した。
「裏社会で活躍、もとい暗躍していた組織が存在していた」
「組織? 暴力団ですか?」
「違うな。殺し屋の集団だ」
殺し屋の集団? このときはよく分からなかったけど、おそろしいと漠然と思った。
「通称『殺し屋同盟』という。彼らのせいで世界のバランスが崩れる事態になりかけたのだ」
「はあ。彼らですか」
世界のバランスが崩れかけたらしいけど、そんなニュースは報道されていない。だからどこか現実味のない話に聞こえてしまう。
「……だいぶ昔になるが、この国の首相が病死しただろう。八年前だ」
「はい。突然、ガンで亡くなったと聞きます」
「あれは『殺し屋同盟』の仕業だ」
僕は驚きのあまり声もでなかった。そして恐る恐る訊ねる。
「じゃあ、本当の死因はガンじゃなかったんですか?」
「いいや。ガンだ。こう言い換えたほうがいいだろう。ガンにさせられて殺された」
「……そのようなことが可能なんですか?」
不可能に近いけど刑事部長は「彼らなら可能だ」と断言した。
「だが彼らは六年前に解散した」
「警察が捕まえたのですか?」
「残念ながら違う。自然に解散したのだ」
「それでは、どうして分かったのですか?」
ここでの『分かった』とは『殺し屋同盟』の存在を含めてだった。
「簡単な話だ『殺し屋同盟』から二人が自首した」
「たった二人だけですか?」
「ああ、君は『殺し屋同盟』を規模の大きい組織と勘違いしているのではないか?」
一国の首相を『病死』させるくらいだから少なくとも百人、いや千人規模の組織だと思った。
「大きな組織だと思いました」
「驚くべきことに、たった七人の組織だったんだ」
僕はここで刑事部長の正気を疑った。それと同時にでたらめを言って試されているのではないかと勘繰ってしまう。あるいは自首した二人が虚偽の証言をしたのかもしれなかった。
「いろいろな考えが巡っていると思うが、全て事実だ。七人の人殺しが集まり、世界のバランスを覆した。そして我々警察はたった二人しか拘束できていない。腹立たしいことに」
刑事部長は不愉快極まりないと言わんばかりだった。聞いてて愉快じゃない話ではあるが――
「ここからが本題なのだよ」
刑事部長が僕に向けて告げる。まるで判決を申し渡す裁判官のように。
「拘束した二人が釈放されることになる。その内の一人を君に監視してもらいたい」
「……監視ですか?」
とんでもない任務に僕は言葉を繰り返すことしかできない。
しかし、次の言葉がもっと衝撃的だった。
「ああ。彼女――『フレイム』と呼ばれた人殺しを警察官にする。君は相棒として彼女をサポートするように」
こうして、僕は刑務所に来ていた。全て納得したわけじゃないけど、任務だから仕方ない。まさかキャリア組になってこういう仕事に関わるとは思わなかった。
刑務所は郊外にあった。都心からかなり離れていて、周りに何もなかった。
「お疲れ様です、徳田警部補。刑務官の折田です」
刑務所で手続きした後、小柄な僕よりもかなり大きい体格の刑務官が挨拶と敬礼をしてくる。
「初めまして。早速ですが彼女はどこに?」
「隔離房棟にいます。こちらです」
そう言って先頭をゆっくりと歩き出す折田さん。僕はそれについていく。
「……まさか彼女を釈放するとは思わなかったです」
折田さんがぼそりと呟く。僕は「そうですね」と同意した。
「人殺しを釈放するのはどうかと思いますね」
「いえ、そういう意味ではありません」
折田さんは説明をする。
「もう一人の『殺し屋同盟』の『アサシン』と呼ばれた彼は反省する気持ちがありました。罪を罪として認めているのです。今では模範囚ですよ。しかし彼女は違います。まったく反省をしていない」
「……なるほど」
「刑務所は囚人を更生させるためにありますが、彼女が更生することはありえないでしょう」
だんだんと会うのが不安になってきた。はあ、なんで僕がこんな目に遭わないといけないんだ?
隔離房棟は地下にあった。まるで羊たちの沈黙のレクター博士の面会を思い出す。
何重にもある扉を通って、最後の扉の前に来た。刑務官が六人ほどいて、僕に敬礼する。
「私たちはここで待機しています」
「えっ? 僕一人で行くんですか?」
「……? そうですけど」
一緒に着いてきてくれるものだとばかり思っていたので、一気に不安になる。
扉が開かれる。僕はビビりながら中に入る。
「一番奥の左側です。何かあれば大声を出してください。すぐに駆けつけます」
折田さんの言葉が遠くに聞こえる。僕はゆっくりと歩いていく。
「おいそこの若いの! ここから出せ!」
「こっち来いよ! 可愛がってやるからよ!」
他の囚人が罵声を上げるのを無視して、一番奥の部屋まで歩いた。部屋の前には椅子が置かれていた。
そして、辿り着いた。
人殺しの彼女の元へ。
「ふうん。あんたがあたしのパートナーになる男ねえ。なんか頼りないけど」
彼女はベッドに腰掛けて僕に話しかけてきた。
僕は椅子に座らずにそのまま立ち尽くしてしまう。
それはおそろしかったわけではない。
むしろ逆だった。
彼女は、今まで出会ったことがないくらい、美しい人だった。
目つきの悪さが気にかかるが、それがマイナスにならないぐらいに綺麗だった。
茶髪で短めの髪型。透き通るように白い肌。
整った顔つき。
「あん? なんだよ、あたしに見惚れているのか?」
面倒臭そうに言う彼女の口調もまた素敵だった。
はっきり言おう。
僕は彼女を好きになってしまった。
「そ、そんなことはないよ!」
内心を言い当てられて動揺してしまうが、僕は冷静になるよう自分に言い聞かせて、椅子に座った。
「あんたの名前は?」
「えっ? 名前ですか?」
「そうだよ。あんた呼ばわりされたくないだろう?」
僕は素直に「徳田敬介です」と言う。
「ふうん。敬介ね。覚えた。それじゃああたしも自己紹介させてもらうか」
彼女はシニカルに笑いながら、自身の名前を言った。
「あたしは葛西瀧美。『殺し屋同盟』の『フレイム』だった女だよ」
僕は見下されているのが分かっていたけど、それでも彼女に一目惚れした気持ちが嘘じゃないことも分かっていた。
僕が恋したのは、人殺しだってことも分かっていたのだけど。
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