『シーカー』の回想
私、泉知恵の人生は最初から躓いていた。
不幸といえば聞こえがいいかもしれないけど、小説家としてそんな風に簡単に表現したくなった。
別に私が悪いわけではない。
環境が悪かった。状況が悪かった。人間関係が悪かった。人間模様が悪かった。
何もかも、周りが悪かったのだ。
生みの親は最悪だった。物心ついたときには、生まれてくるところを間違ったのだと理解できた。
アル中の父親は私に暴力を振るった。親としての愛情は欠片もなかった。
浮気ばかりしている母親は私に無関心だった。子どもに対して興味がなかった。
もしかすると、私はアル中の父親の子どもではなく、母親の浮気相手の子どもかもしれない。そう考えたらあんな酷い父親の血が通っていないことを喜ぶべきか、汚らわしい行為によって生まれてしまったことを後悔するべきなのか、今でも判然としない。
親戚は居なかった。祖父母も居なかった。つまり私の味方をしてくれる親族は居なかった。
前にアル中の父親が上機嫌に母親と駆け落ちしたようなことを言っていたが、それが正しいのかは分からなかった。両親が死んだとき、私を引き取る親族が誰一人居なかったことを考えるとあながち間違いではないのかもしれない。
幼稚園と小学校はなんとか通わせてもらった。だけどまともに面倒を看てもらったことはなかった。幼稚園の送迎なんてなく、一人で歩いて帰った。
度々、幼稚園の先生が親に抗議したようだけど、ヒステリックに怒鳴り散らす母親に辟易したのか、黙認されてしまった。
小学校も同じで授業参観なんて一度も見に来てくれなかった。
両親を殺そうと決意したのは、小学校を卒業するときだった。それは母親の言葉がきっかけだった。
「あんたなんて、生まれてこなかったほうがいいんじゃない? どうでもいいけど」
ぼそりと呟かれた言葉に、私は何も言えなかった。
そして理解した。
私は誰からも必要されていない。
誰一人として望んでいないのだ、私のことを。
だから、殺すことに決めた。迷いは無かった。
だけど私は衝動的に殺すことはしなかった。きちんと計画して殺すことにしたのだ。
両親を殺すことは悪いことだと思わなかった。けれど殺人は犯罪で、警察に捕まるだろうと分かっていたので、誰にもバレずに殺す必要があった。
一番良いのは誰かに殺してもらうことだった。だから殺し屋を探した。
私は中学校のパソコンで調べることにした。だけど見つからなかった。それはそうだろう。中学校に上がりたての女の子に見つけられるわけがない。
それでも諦めずに探した。パソコンのことを独学で勉強した。学べることは何でも吸収した。図書館に入り浸り、ネットで情報収集した。
そして、ようやく、見つけた。
探し始めて半年、私はようやく殺し屋に巡り会えた。その殺し屋に私は早速依頼した。両親を殺してほしいと。
殺し屋はいつ殺してほしいか質問してきた。私は詳細に殺し屋へ回答を送った。ここまではとても順調だったと言えるだろう。
だけど殺し屋に提示された報酬は、中学生には用意できないほどの大金だった。しかも後払いできないらしい。
困った私は何か別のモノで補えるか訊いた。
すると殺し屋は政治家の裏口口座や暴力団のマネーロンダリングの金を盗めばいいと唆してきた。
まあ培ったスキルをもってすればできないことはなかった。
私は何も考えずに行ない、報酬として殺し屋に支払った。
もちろん不安はあった。殺し屋が本物なのか見極められなかったし、実際に両親をころしてくれるとは思えなかった。大金を持ち逃げされる可能性もあった。そもそも殺し屋ではなく、公安関係者だったら私がやばかった。
それでも依頼したのは、もう私の精神が限界だったからだ。思春期になって、自分の家族や家庭が最悪だと気づかされて、一刻も早く排除したかった。
しかしそんな不安は見事に裏切られることとなる。
殺し屋は本物だったのだ。
それは両親の死によって立証された。
父親は交通事故で殺された。
母親は浮気相手に殺された。
けれど、ここで疑問が残る。もしかすると殺し屋がやったわけではなく、偶然交通事故に遭って死んだのではないか、偶然浮気相手に殺されたのではないか、それらがたまたま重なっただけではないか。そう思うのが自然である。
当然、私も思ったけど警察の人から聞かされた事実で殺し屋が殺したのだと確信した。
父親と母親は同時刻に死んだ。
私が指定した日時ちょうどに。
殺し屋に頼んだ時刻ぴったりに、離れている二人を同時に殺すなんて、どうやったのか分からないけど、その事実に背筋が凍る思いをした。
でも、これで私の人生は変わるんだ。
何もかも上手くいくんだ。
そう思っていた。
しかし悲しいことに何も変わりはしなかった。
相変わらず私は孤独だったのだ。
身寄りのない子どもが集まる施設でも、私は一人きりだったし、学校でも友人はできなかった。いじめはなかったけど、まるで腫れ物に触るような反応を見せる同級生に嫌気が差した。
そうして一年が過ぎて、私が十四才になった頃。
あの人が私の目の前に現れた。
「君が僕に依頼した子だね」
あの人は施設へ帰る私を待ち伏せていた。
一人で帰る通学路の途中で初めて私は殺し屋に出会った。
「……なんですか?」
あの人は見た目はスーツ姿の優男だったけど、目が死んでいた。まるで世界に絶望しか抱いていないような目。それが分かったのは、私も世界に絶望していたからだ。
「否定しないんだね。それと不審者だって騒いだりしない」
「全部分かっているんでしょう? それで、私を殺しに来たんですか?」
「違うよ? 君を勧誘しに来たんだ」
あの人は私に手を差し伸べた。そして言う。
「人を殺して大もうけしよう。君には人殺しの才能がある。僕には君が必要だ」
今考えるとふざけた勧誘文句だった。
「……本当に私を必要としてくれるんですか?」
当時の私は――
「ああ。もちろん必要だ」
その誘いを――
「分かりました。人殺しになります」
――受け入れた。
こうして私はあの人――『リーダー』に従うようになった。
『殺し屋同盟』の『シーカー』として生きることになった。
それが私の人生の転機になるなんて、思いもよらなかった。
でも今でも言えるのは。
人殺しが悪いことだと思えないことだった。
「ああ。遅くなったね。さあ行こうか『シーカー』」
『ディーラー』の声で現実に引き戻された。私は長い間、すっかり冷めてしまった紅茶を見つめていたようだった。
「用事は済んだんですか?」
「ああ。もう終わった。さあ行こう。お腹が空いてしまった」
私は椅子から立ち上がった。
「それで、どこに連れてってくれるんですか?」
「洋食と和食、どちらが好みかね?」
「どちらかと言うと和食ですね」
『ディーラー』はにっこりと笑った。
「ならば料亭に連れて行こう」
「えっ? 今から予約とか取れるんですか?」
「電話してみるさ。駄目なら別の店にする」
私は何気なく『ディーラー』に訊ねた。
「お店の名前はなんです?」
「高級料亭、『真田』だ。そこの総料理長が腕が良いんだ。確かまだ若かった気がするな」
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