殺し屋同盟 ~七人の人殺し~

橋本洋一

最初の犠牲者

 時刻は深夜――というより朝方に自分のマンションへ帰ってきた大柄の男、角田鉄人は、自室の鍵を開けるのに悪戦苦闘していた。かなり酔っていたからだろう。千鳥足で手が震えるほど大量に飲んでしまっていた。

 それには理由があり、格闘家である彼の愛弟子が総合格闘技の世界王者になったからだ。彼自身、世界王者になったし、防衛戦も経験しているが、弟子が少年だった頃から育ててきたことが、ひとしお嬉しかったみたいだ。


「俺様も年かねえ。たったあんだけで酔っ払うなんてよう」


 呟きながらなんとか鍵を開けることに成功する角田。そうはいっても常人だったら急性アルコール中毒になってもおかしくないほど呑んでいるのだが。


 口笛交じりにドアを開けて、中に入る角田。そして電気を点ける。

 次の瞬間、酔いが覚めてしまうような光景を目の当たりにする。


「な、なんだこりゃあ!?」


 驚くのも無理はない。何故なら部屋中が足の踏み場もないくらいに物が散乱していたのだ。ひっくり返ったタンス。割られた食器。トレーニング器具もバラバラに壊されていて、この部屋にあるものはほとんど原型を留めていなかった。


「だ、誰がこんなことを! 泥棒か? それとも殺し屋か?」


 角田は真剣な顔で考えながら、とりあえず警察を呼ぼうとポケットにあるスマホに手を伸ばす。そしてコールした。

 しかし彼はまだ酔っていた。用心深い彼にしては無用心としか言いようがない。

 警察に連絡した後、とりあえず盗られたものがないか確認しようと部屋の中に入って、物色しようとする。

 部屋の中央まで来たとき、彼は転んでしまった。

 それは見えないワイヤーだった。そして切れると同時に作動する。

 爆弾の起爆装置が。


 部屋中にほとばしる閃光。

 角田にとって幸せだったのは。

 痛みを感じずに死ねたことと。

 自分が最初の犠牲者だということだ。


 轟音と共に角田の部屋は彼もろとも粉々に吹き飛んだ。

 それは遠くからでもはっきりと見えた。

 その遠く離れたビルの一室で確認をした二つの影。


「上手くいったようだな」

「ええ。苦しむ顔が見られなくて残念だけど」

「角田鉄人。『ソルジャー』は『殺し屋同盟』の中で最強の殺し屋だ。遠距離からの狙撃でも気づかれる可能性があった。殺意を感じさせずに殺す必要があった」

「だから爆弾な訳ね」


 二人は『殺し屋同盟』の殺し屋を殺したことを喜ぶことなく、事務的に会話をしていく。


「後六人。頼んだわよ」

「任せろ。必ず抹殺してみせる」


 そして二つの影はビルから去っていく。

 目的を果たしたんだから当然だった。




 やれやれ。どうやら『ソルジャー』が殺されたみたいだ。

 こうなると僕が動くしかない。

 狙いは僕たちだろう。火を見るより明白だった。

 急がねばならない。対処しなければならない。

 とりあえず僕は『シーカー』に警告しに行った。




 最悪な気分なときは嫌なことが続くものだ。私、泉知恵の人生はまさしくそれだった。


 大学生のときに小説家デビューを果たして、それから順調にシリーズを書いていった。

 読者アンケートも毎回良かったし、売り上げもそこそこだった。

 しかし、突然打ち切られてしまった。


「なんでですか!? どうして打ち切られなければいけないんですか!?」

「落ち着いてくださいよ泉先生」


 打ち合わせのために出版社まで赴いたのに冷酷な死刑宣言。目の前の編集者を睨む。


「そんな今にも人を殺しそうな目で見ないでくださいよ。私だって反対したんですから」


 私より少し年上の編集者である真鍋さんは同情するように言った。


「先生のシリーズは面白いと思いますよ。しかしですね、一般受けしないのも事実です」

「ま、マニア向けにしようって言ったのは真鍋さんじゃないですか!」

「ええ。しかし一部の人間しか買わないのは、あまり喜ばしいことではないんですよ」


 真鍋さんははっきりと告げた。


「正直言って、作者の発想に読者が着いていけないんですよ」

「そ、それは――」

「それは読者の責任ではなく、作者の責任ですよ。伝えるのが作家の仕事ですから」


 そして無情にもこんなことを言う。


「デビュー作がこんなにもシリーズ化するのは珍しいことです。むしろ長く続いたほうですよ。これからも期待しています。次で最終巻にしてください。伏線はできるだけ回収してくださいね」


 私はがっくりと肩を落とした。

 これからどうすればいいんだろう。


 そんなわけで打ち切りを喰らった帰り道。

 電車では目の前でカップルがいちゃつくし。

 やっと座れたと思ったら居眠りしてるおじさんが寄りかかってくるし。

 電車を降りて、駅から出るとぐちゃりとした感触。買ったばかりの靴にガムがひっついていた。

 何なんだろう。この不幸は。


 とりあえず、真っ直ぐ家に帰ることにした。家族のいない一軒家に。

 淋しいからペットでも飼おうかなと思うけど、それをやったら流石に末期だろうと思う。

 あーあ。恋人欲しい。彼氏欲しい。素敵な旦那様が欲しい。

 でも小説家の彼女や妻って求められないんだよね。残念ながら。

 不規則な生活だからね。


 そんなくだらないことを考えて、家のドアを開けた。

 ……うん? 開けた?


 よくよく見てみると、鍵が壊れていた。


 頭の中に響く警告音。

 やばい。アレを見られたら、やばい!


 私は玄関をゆっくり開けた。そして傘立てから傘を一本引き抜く。

 泥棒? もしくは殺し屋?

 警戒しながら歩くと、キッチンのほうで何やら物音がする。

 がちゃがちゃ、がちゃがちゃ。

 泥棒か? 不味い、向こうには包丁がある。


 おそるおそる中の様子を窺った。


 そこには――

 死んだ目をした優男が、料理をしていた。


「お、遅かったね。そんなところで見てないで入りなよ」


 優男が気の置けない仲のように声をかけてくる。絶対に見えないはずなのに、料理をしながら気配を感じ取っているみたいだ。

 はあっと溜息を吐きながら、キッチンに入った。


「なんで、料理しているんですか?」

「うん? 暇だったから」

「……質問を変えましょう。何故、鍵を壊してまで家の中に入って、料理しているんですか?」


 私は苛立ちを覚えながら言う。


「一人暮らしの女性の家に押し入るのは犯罪なんですよ、『リーダー』」

「犯罪? それこそ今更だな『シーカー』。僕が、いや僕たちがどれだけの犯罪を犯したと思うんだい?」


 そう言いながらもできた料理をテーブルの上に運ぶ『リーダー』。言いたいことはあるけど、否定するのも面倒なので、そして否定できないので、素直に椅子に座った。


「まあサラダとスープ、そしてチャーハンだけど、食べておくれ」

「はあ。いただきます。相変わらず料理はお得意なんですね」

「まあね。『ポイズン』には負けるけど」

「あの人と比べたら、どうかと思いますよ」


 私はサラダを食べながら「それで、何の用で来たんですか?」と訊ねた。


「どうせ、ろくでもないことを調べろって言いたいんでしょう? 探索係はもうやめたんですけど」

「警告しに来た」

「……警告、ですか?」


 なんだろう。嫌な予感がする。


「あの『ソルジャー』が殺された。ついさっき」


 その事実は衝撃的で、思わず箸を落とした。


「う、嘘ですよね? 冗談ですよね?」

「嘘でも冗談でもないよ」


 私は信じられない思いで『リーダー』を見つめた。


「あの『ソルジャー』さんですよ! 私たちの中でも最強の殺し屋が、どうやって――」

「部屋に仕掛けられた爆弾で殺された。それに酔っていたようだ」

「だからって、そんなことが……」


『リーダー』は厳しい顔で私を見つめた。


「僕たちを狙っている可能性がある。身の回りには気をつけてくれ」


 目を伏せた。俯いて、何も見せないようにした。


「……帰ってください」

「僕は他のメンバーに伝えに行く。くれぐれも――」

「帰ってくださいってば!」


 ヒスった私の声を聞いて、『リーダー』は肩を竦めた。


「警告はしたからね。僕は『アサシン』に伝えに行く。次に狙われそうなんだ」


 そう言って、『リーダー』は立ち上がった。


「……もうチームも解散して、七年が経つのに、どうして……」

「罪は消えないよ。永遠に」


『リーダー』はそう言い残して去っていた。

しばらく我慢していたけど、堪えきれずに涙を流した。


「どうして? ねえ、どうして、こうなったの? 確かに私たちは悪人だけど、どうして、幸せになっちゃいけないの?」


 私は、天を仰いで叫んだ。


「ねえ、神様! 私たちを助けてよ!!」




 『シーカー』に伝えたけど、正直気が重かった。

 でも、これで彼女は用心するはずだ。彼女なら大丈夫だ。

 そう信じたい。

 次は『アサシン』に伝えよう。会ってくれるか分からないが。

 彼は殺し屋をやめて、何をしているんだろうか。

 罪を償えると思うのだろうか?

 人殺しには変わりないのに。

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