料亭『真田』にて
無事に予約が取れたらしい。
高級すぎる社用車に乗って、落ち着かない気持ちの中、私たちは料亭『真田』へ向かった。クッションはふかふかで逆にリラックスできなかった。こんな車に乗っていたら逆にストレスになるんじゃないかと思ってしまう。
「ああ。安心したまえ。防弾ガラスで守られている」
「相変わらず用心深いんですね」
「まあね。裏の世界じゃなくても命を狙われることが多々あるんだよ」
ということは運転手さんもプロの人なんですね。とは言わなかった。
車を走らせて一時間。郊外にある、いかにも政治家が利用しそうな料亭に着いた。
綺麗な和服美人さんが数名で出迎えてくれた。一応会社に行くためにリクルートスーツを着ていたけど、この場に居ておかしくないだろうか。
奥の座敷に案内されて、私と『ディーラー』は二人になった。
とりあえず料理が運ばれるまで、私たちは何気ない会話をした。
「そういえば、社長はどんな事業をしているんですか?」
「いろいろだな。まあ分かりやすく言えば、貿易商だ」
「外国から輸出入しているんですか?」
「流石に昔のように密輸はしてないけどね。一応クリーンな経営をしているよ」
クリーンな経営。私はなんだかおかしかった。武器を仕入れているときの生き生きした顔は見ていて気分が良かった。
「泉くんは小説家になったようだな。まさか情報から虚構を売るようになるとは。私は想像もできなかったよ」
「私もそうですね。自分にこんな才能があるなんて、予想できなかったです」
「才能とは単一のものではなく、むしろ可能性を内包している複雑なものだ」
「うん? 誰の言葉ですか?」
「誰の言葉じゃない。私の自論だよ。それはみんなそうだったじゃないか」
私は仲間のことを思い出した。
「まあ確かに『ポイズン』さんは料理人の才能がありましたから」
「そうだな。知っているか? 薬師あじみとここの総料理長は対決したらしいぞ」
「対決って料理対決ですか?」
「ああ。結果は薬師あじみの勝利らしい」
「流石ですね」
しばらくして料理が運ばれてきた。見たことのない料理ばかりだった。
私たちは日本酒で乾杯をした。グラスを傾け、口に含む。美味しい。
「高級っていうのはイコール天然物ってことだ。養殖がいくら工夫したって、自然のものには勝てない。食べてみてくれ」
食べてみる。味付けは薄いけど、なんというか素朴な感じがして美味しかった。今まで食べたものが偽物のように感じるくらいだった。
しかし貧乏舌な私に繊細な料理はあまり合わない。七五三で着飾った子どものように体裁が悪かった。
私と『ディーラー』が食事を終えると、和服美人がやってきて「総料理長が挨拶したいのですが」とお伺いを立ててきた。
「ああ、来てくれ。いつも悪いね」
私は気まずい気持ちがした。『ディーラー』とは旧知の仲らしいけど、私はまったくの初対面だ。
ほどなくして、総料理長がやってきた。
見た目はかなり若く、そして結構かっこよかった。いぶし銀と表現したくなるような日本男児。どこか疲れているような顔つきだったけど、これだけの料亭の総料理長なんだから、忙しいに決まっている。
「高木社長、ご無沙汰しています」
「ああ。岡山くん。今日も美味しかったよ」
「ありがとうございます」
「ああ、こちらは私の友人の泉知恵さんだ」
紹介されたので、慌てて頭を下げた。
「泉です。とても美味しかったです」
「ありがとうございます。お口に合いましたか?」
私は正直に「慣れていないもので、美味しいぐらいしか分かりませんでした」と言う。すると岡山さんは驚いたような顔をした。
不味いこと言ったかな?
「ど、どうかしましたか?」
「いえ、素直に言われたので、驚いてしまいました」
『ディーラー』は快活に笑った。
「あっはっは。泉さんは素直なのがとりえなのだ」
「からかわないでくださいよ! すみませんなんか」
「いえ。正直におっしゃられたほうが嬉しいです」
私は目の前の料理人に好感を持った。自分の腕に自信がある人は素敵だと思った。
「それでは、失礼します」
廊下に出ようとする岡山さんに私は何気なく訊いた。
「あ、そういえば、あじみさんと対決したらしいですね」
それを聞いた瞬間、岡山さんの顔が真剣な表情になった。
「……失礼ですが、泉さまは薬師あじみと知り合いですか?」
「へっ? えーと、知り合いというか昔の仲間というか」
岡山さんは「では、薬師あじみが亡くなったこともご存知ですよね?」と訊ねる。
「えっと、そうですね。つい先日亡くなったのを覚えています」
「あじみの料理を食べたことは?」
「えーと……」
「岡山くん? 薬師あじみと知り合いだったのかな?」
質問に答えようとする私を制して、『ディーラー』が訊ねる。
「はい。友人でした」
「そうか。残念だったね」
岡山さんは私を見つめた。いや睨みつけているような――
「――『ポイズン』」
岡山さんは私に向けて、あじみさんのコードネームを呟いた。
私は反射的に「なんでそれを――」と言ってしまった。
岡山さんは私に近づいてくる。やばい。刺客だったのか――
「動くな」
静かで、それでいて通る声。
『ディーラー』がどこからか取り出した拳銃を岡山さんに向けていた。
「これ以上、泉くんに近づいたら撃つ」
岡山さんの額に汗がにじんできた。
「質問だ。どうして我々の秘密を知っている?」
「……高木社長も仲間だとは知りませんでした」
「質問に答えろ」
「……数日前、とある男が俺の部屋に押し入った。そいつが言ってた。あじみが人殺しだと」
とある男? まさか敵か? 私たちの仲間を殺しまくっている人間か?
「そいつの名前と特徴は?」
「名前は名乗らなかった。特徴はスーツを着ていて、優男という印象だった」
私は『リーダー』かもしれないと思った。
「そいつと何を話した?」
「そいつは『殺し屋同盟』の仲間を殺している犯人を捜してた。俺にいくつか質問をしてきたんだ」
「質問の内容は?」
「俺があじみが殺されたと分かった理由だ」
「どうして薬師あじみが殺されたと分かったんだ?」
岡山さんは「料理人がガス爆発で死ぬわけがないと思ったからだ」と分かるような分からないようなことを言った。
「それで、泉くんに近づいて、何をしようとしていたんだ?」
「それは、あじみの死について何か知っているのか、問い詰めようとしたんだ」
『ディーラー』は私を見た。頷いて、ゆっくりと離れる。
「なるほどな。しかしどうしたものか。君を殺すのはいろいろ面倒だ。また警察に捕まるのも嫌だしな。だけど我々の正体を知ってしまったのは看過できない」
私は「殺すのはやめましょう」と言う。
「別に証拠はありませんし。岡山さんも黙っててくれるでしょう」
「……どうしてそう思う?」
岡山さんが私に訊ねてきたので、あっさりと言う。
「私たちが捕まってしまえば、あじみさんのこと、分かっちゃいますもん。友人が人殺しだってバレたくないでしょう」
岡山さんは悔しそうに「あの男と同じことを言うんだな」と言う。
まさか『リーダー』と同じ発想だとは思わなかった。なんだか嫌だなあ。
「ふむ。まあいいだろう。私もそれで構わない」
『ディーラー』さんは拳銃を構えたままだったけど、殺す気は無くなったようだ。
「岡山くん、私は君を殺すつもりはない。こんなに美味しい料理を作ってくれる人をもう二度と死なせたくない」
それはあじみさんのことを言っているのだろう。
「……分かりました」
「それと犯人探しはやめたまえ。なあに、心配しなくてもきっと見つかるさ」
『ディーラー』が自信満々に言う。
「何故なら、私たちの頼れる『リーダー』が事件解決に熱心だと知れたからね。犯人が殺されるのも時間の問題さ」
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