例外なんてない
まさか、あの『シーカー』が泣くとは思わなかった。
行かないでほしいと懇願されてしまった。
まあ、敵のアジトに単身で行くのだから当然だけど。
『ディーラー』には『シーカー』の護衛を頼んだ。
彼なら完璧にやり遂げてくれるだろう。
心配なのは『シーカー』が策を実行してくれるかどうか。
頼む『シーカー』。どうか躊躇しないでくれ。
敵を殲滅することが最優先なんだ。死んでいった仲間の為にも。
僕のことを惜しまないでおくれ。
哀れな殺し屋の命なんて、価値などないんだから。
今回の一連の事件、『殺し屋同盟』のメンバー殺害は富士川ゆきが首謀者であるが、実行犯は仁井悠介だった。しかし二人だけの犯行ではない。大規模な組織によって行なわれていたのだ。『ソルジャー』や『アサシン』、『ポイズン』は綿密な計画と緻密な下準備によって殺されていた。
たとえば『ソルジャー』の愛弟子が勝つように八百長まがいなことをしたのは件の組織であり、『アサシン』の居場所を突き止めたのも国内に広がる情報網から山奥に暮らしていることが判明された。『ポイズン』に至っては彼女が切り盛りしている店の客や従業員として入り込んでもいたのだ。
それは富士川首相が生前、トップとして君臨していた組織を遥かに越える力と人脈を築いていたのだ。僅か七年間での話である。
実際のところ、かつての組織のナンバーツーである仁井悠介の力が多大だが、それと遜色のないくらい富士川ゆきの組織力とカリスマ、そして明晰な頭脳が関係していた。
富士川ゆきは親をも越える資質を備えていた。知性はもちろんだが、それ以上に異質なのは――
彼女の悪辣で残忍な精神であった。
「それで? まだ残りの三人の居場所は見つからないの?」
苛立ちを隠そうともせず、富士川ゆきは部下に問い詰める。部下は汗を流しながら「申し訳ございません!」と平身低頭に許しを乞う。
「どうやら我々の技術力よりも『シーカー』のほうが勝ってまして……」
「殺す順番を間違えたみたいだな」
富士川ゆきの傍らに居る仁井悠介は冷たく言い放った。
「それで、対策は?」
「はい! 情報班の増員を提案いたします。今の五十人体制では無理だと判断します」
「何人必要なの?」
「総勢百五十人は必要です。科学班から異動してもらえませんか?」
部下の提案に富士川ゆきはしばし悩んだ後、「いいわ。急いで残りの三人を見つけなさい」と許可を出した。
部下が去った後、富士川ゆきは仁井悠介に向かって言う。
「『殺し屋同盟』を皆殺しにしたら、さっきの責任者も殺しなさい。無能は要らないわ」
仁井悠介は無言で頷いた。
さて。二人がどこにいるのかというと、ある地方都市のオフィス街だった。たくさんの
企業がひしめく場所に、堂々と『会社』として彼らは活動していた。
富士川ゆきは四十階建てのビルの最上階から外を見た。現在午後一時。眼下にはアリのように小さく、アリのように蠢く人間たちが、アリのように働いている。
それを見ていると踏み潰したくなる感覚がすると富士川ゆきは思った。
富士川ゆきは現在二十七歳で、表の顔は富士川総合商社の社長である。この会社は富士川首相の遺産を資本金に創立された新興の企業である。
ここまで至るのには数多くの苦労があったが、富士川ゆき自身にとっては軽くクリアできることだった。まあ、『殺し屋同盟』を殺すことに比べたら、苦労でもないのかもしれない。
彼女の半生は恵まれたものだった。いや恵まれていたはずだった。彼女の父親が病死してから全てが狂ってしまった。
父親の基盤を引き継いで政界に入るつもりだったのに、こうして遠回りしなければいけなくなった。これも全て『殺し屋同盟』のせいだと彼女は思っていた。
だから復讐のために組織を創ったのだ。父親の部下でも特に優秀な仁井悠介を味方に付けられたのは幸運だったと彼女自身思った。
しかし――
「ねえ悠介。右腕はどう?」
「駄目だな。ぴくりとも動かない。あの野郎、右腕を殺しやがった」
その仁井悠介は右腕を失った。正確には神経やら腱やら軒並み断ち切られてしまったのが原因だった。
「まあいい。右腕を犠牲に『フレイム』が殺せたんだと思えば安いものだ」
「なるべく日常生活に支障がないようにできるように、腕のいい医者に依頼するわ」
富士川ゆきは他人に対しては関心をほとんど持たなかったが、仁井悠介にだけは特別な感情を抱いていた。それは世間一般的に言う、愛とか友情ではなく、子どもがお気に入りの玩具に抱くような幼稚なものだった。
仁井悠介は富士川ゆきより年上の三十歳だ。若くして富士川首相の裏の組織のナンバーツーになったほどの力を持っている。力とは殺しのことも含まれている。
かといって仁井悠介は『殺し屋同盟』の人間と一対一で勝てるとは思わなかった。
『ソルジャー』相手ならまず負ける。
『アサシン』ならば経験と技能で負ける。
『リーダー』に至っては何がなんだか分からないうちに殺されるだろう。
だからこそ、『ソルジャー』は騙まし討ちで殺したし、『アサシン』は多数で殺した。
仁井悠介の目的は富士川ゆきへの協力と『殺し屋同盟』への復讐である。自分を拾ってくれた恩人の富士川首相のためになんとしても復讐は遂げなければならない。
二人の思惑が重なったからこそ、『殺し屋同盟』を半分以下まで殺せたのだ。そう考えている――
不意に社長室にコンコンとノックの音が鳴った。
富士川ゆきは「どうぞ」と言う。
扉は開かれる。
そこに居たのは――
「やあ。やっと会えたね。僕の敵」
返り血だらけで、自身も軽くない傷を負っている。
スーツ姿の優男。
富士川ゆきと仁井悠介の不倶戴天の敵。
『殺し屋同盟』の『リーダー』だった。
「あら。どうしてここが見つかったのかしら」
目の前に最悪の殺し屋が居るというのに、余裕たっぷりの富士川ゆき。
「ああ。種明かしすると空から見つけたんだよ」
『リーダー』も目の前に敵が居るのに、まるで茶飲み話のように話す。
「人工衛星。まあスパイ衛星って言うのかな。そこから映像を読み取ってここが分かった。駄目だよ。ネットだけ警戒してたら」
「そうね。ちゃんと上を見て歩かないといけないわね」
富士川ゆきは振り向き「それで部下たちは?」と訊ねる。
「必要な分だけ殺したよ。全員は殺していない。後で皆殺しにするけど」
「はあ。まったく。人殺しは怖いわね」
仁井悠介も富士川ゆきに同意して「そうだな」と短く言う。
「それで、あなたの目的は私たちを殺すことよね」
「もちろんだよ。まさか殺されないと思っていたのかな」
富士川ゆきはにやりと笑った。そして右手で『リーダー』を指し示す。
「でもそれは無理ね。だって、あなたはもう死ぬんだから」
『リーダー』は反射的に逃げようとしたが、しかし人間の反応速度よりも『弾丸』の速さのほうが速かった。
社長室には富士川ゆきを守るために仁井悠介が考案した護衛システムがあった。
右手で指すだけでその人物を射殺できるようにプログラムされていたのだ。
『リーダー』の背中に無数の銃弾が当たる。いくら防弾のスーツを着ていたところでダメージは免れない。肉が千切れて骨が砕ける感覚に『リーダー』は不味いと思った。
そこに仁井悠介が富士川首相から貰った、暗殺用のナイフで襲い掛かる。左手だったが問題はなかった。仁井悠介は両利きだったからだ。
『リーダー』がどうしてあっさりと脇腹にナイフを突き刺されたのか。
それは最上階に至るまでに決して少なくない戦闘をしたこと。
ここに来るまでに既に重傷を負ってしまったこと。
加えて『リーダー』のメンタルに変化があったことなどが挙げられるが、そんなことは関係ない。
要するに、富士川ゆきと仁井悠介の執念が勝ったということだけなのだ。
ただそれだけのことで人はあっさりと死ぬ。
『殺し屋同盟』の『リーダー』でさえ例外ではなかったのだ。
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