ストーカー女のストーカー(14)◯寝不足な理由◯

◯寝不足な理由◯ Side:八切キリヤ



 ひとみと遊んだ土曜日を過ぎ、散々な時間を過ごした日曜日の後にやって来るのは、学校に行かなければならない月曜日。


「いってらっしゃーい」


「……」


 元気いっぱいのユウノの声に送り出され、俺は口に手を当て欠伸をしながら部屋を出た。

 部屋の外ではチリノが待っており、朝の挨拶だけ済ませて俺たちは学校まで歩き始める。

 無言で歩き続けて、時折チリノが落ちているゴミを拾いに行き、また歩き出す。

 それを何回か繰り返した後、チリノが話しかけてきた。


「……寝不足?」


「ああ、ちょっとな」


「……珍しい」


「そうか?」


「……そう。……夜ふかし?」


「夜ふかしは、いつもしてるんだけどな」


「……じゃあ、なんで?」


「……………………いろいろあったんだよ」


 俺は昨日のこと思い出しながら、そう口にした。

 あの日、ひとみと別れて部屋に帰った後、待っていたのはユウノの質問攻めだった。


。。。


 どこに遊びに行ったのか、誰と行ったのか、どんな映画を見てきたのか、面白かったのか、喫茶店では何を食べたのか、美味しかったのか、どんな味だったのか、など。

 とにかく色々な質問をしてきたユウノ。

 俺は適当に返答して相手をしていると、ユウノは最後に「わたしも行ってみたい、連れてって」とおねだりしてきた。

 普段なら連れて行くことに何の問題もないのだが、今日受けた視線の集中砲火を思い出すと、行くのが躊躇われる。

 行くなら、もう少し時間を置いてからにしたい。

 なので「また今度な」と伝えたのだが、ユウノはそれで納得してくれず、しかも「明日(日曜日)、連れてって」とおねだりをしてきた。


 明日なんて、絶対嫌だ。


 俺は検討する間もなく率直に「嫌だ」と断った。

 それでもユウノは諦めず、俺も譲歩するつもりは1ミリもなく。

 そこから、ユウノのおねだりと俺の拒絶の応酬がしばらく続いた。


 どれだけ拒絶を返しても、なかなか諦めないユウノ。

 拒絶を返すのももう面倒臭くなり、俺は途中から無視シカトを決め込んだ。

 それに怒ったユウノが感情を爆発させ、部屋中のものを引っ掻き回し始めたが、それでも俺は無視を続けた。

 しばらく、部屋中を暴れ回ったユウノ。

 しかし、俺が一向に何の反応を見せずにいると、やっと諦めてくれたのか、ユウノが暴れ回るのをやめて静かになる。

 そして、まるで拗ねた子供のように部屋の隅に座っておとなしくなった。

 やっと静かになったと俺は安堵し、もので散らかった部屋をある程度片付けてから、部屋の電気を消して布団に入った。

 明日になれば、機嫌も直ってるだろ。

 そう軽く考えて、俺は眠りに着いた。



 ――だが、甘かった。


 眠りに入ってどれぐらいの時間が経ったか定かではないが、草木も眠るような真夜中にユウノの逆襲が始まった。


「――うぅぅぅあぁぁぁぁ!!!」


 そんな大声が聞こえて、俺はすぐに目を覚ました。

 途端に俺の上に掛けてあった毛布が引き剥がされ、頭の下にあった枕も抜き取られた。

 いきなり枕がなくなったことで、布団の上に頭が落ちる。

 痛くはないが落ちた衝撃で、「いっ」と反射で声が出た。

 いったい何事かと思い、身体を起こして状況を確認しようと掛け声のした方を見る。

 そこには、立ち上がってこちらを見ているユウノ。

 寝るために電気を消した部屋は暗いため、ユウノの顔はよく見えない。

 だが、発せられる雰囲気からなんだか嫌な予感がする。

 とにかく、眠りの妨害をしてきたことに対して文句の一つでも口にしようとして――


「明日いくのぉぉぉぉぉ!!!」


 ユウノの大声に遮られた。

 そして、初めにあった時よりもさらに大きく、まさに感情の大爆発を引き起こしたユウノ。

 せっかくある程度片付けた部屋が、またユウノによって引っ掻き回され散らかされ始める。

 しかもその勢いはさっきよりも酷く、部屋にあるものというものが飛び回り、壁や天井にぶつかっても止まらない。

 加えて飛び回るものは、俺の方にも飛んでくる始末。

 危ないので当たりそうなものは避けるか手で防ぎ、「やめろ、危ない」とユウノに訴える。

 だが、ユウノは聞く耳を持たず暴れることをやめない。

 そこからはもう寝るどころではなく、ユウノを止めるのに必死だった。

 

 結局、ユウノが止まったのは、疲れて暴れる勢いを落とした彼女に、俺の観念した声が届いた頃だった。

 「やったー!」と、わがままが通り遊びに行けると喜びはしゃぐユウノ。

 俺はやっと止まったと安堵して、壁にもたれ掛かりながらため息を付く。


 ……こんなことになるくらいなら、初めからこっちが折れればよかった。


 後悔が先に立たない現状を嘆きつつも、もういいかと気にすることをやめて、寝ることにする。

 昼間のひとみとの付き合いに、夜中のユウノの大爆発。

 本当に疲れた。

 そう思って身体を起こそうとしたところで、カーテンの隙間から光が漏れていることに気付く。

 まさかと思いながら、俺はカーテンを開いた。

 そして、窓から見える信じたくない事実に、「嘘だろ」と声を漏らす。

 外ではすでに日が昇り、朝が来ていた。

 つまり、ユウノが口にしていた明日がすでに来てしまっていたのだ。


「もう明日だー! 出発だー!!」


 という元気すぎるやかましい声が背後から聞こえてきたが、すぐには反応できなかった。



 ……気を取り戻して、すぐにでも出発する気満々なユウノをひとまず落ち着かせ、俺は眠気を飛ばすためにシャワーを浴びることにした。

 できれば、少しでも睡眠を取ってから出発と行きたかったが、散歩出発前の犬っころのように気分上々↑↑なユウノの様子からそれが出来そうにないことを悟り、もう眠ることは諦めた。

 また、大爆発でも起こされたら敵わないからな。


 出発する準備を整えた俺はユウノを連れて、嫌々ではあるが昨日と同じ駅に向かった。

 前日のひとみと遊んだ道をなぞるように、ぱぱっと進んでささっと帰って、部屋の片付けをしよう。

 そう思って駅に到着し、すぐに俺の主動で歩き出そうとする。

 しかし、はしゃぐユウノに対してこちらの思惑通りに進むわけもなく。

 俺の指示を無視してユウノは、「あっち!」「こっち!」と自分の興味の示す方へ思うがままに進んで行き、俺は仕方なく後ろを付いて歩いていくしかなかった。

 何度か道を修正しようと働きかけはしたが、ことごとく無駄に終わる。

 途中から諦めた俺はもうどうにでもなれという気持ちで、もうユウノの好き勝手にさせることにした。

 目の前で楽しそうにしているユウノ。

 俺はため息を吐かずにはいられなかった。

 


 そうしてユウノが遊び疲れるまで連れ回され、帰宅したのはなんと夜中。

 徹夜で一日中歩き回され、心身ともにヘトヘトだ。

 シャワーを浴びて、さっさと寝よう。

 疲れた体で部屋の中に入り、目の前の光景に俺は思考が停止した。

 ものというものが散乱し、雑然とした部屋。

 ユウノの大爆発によって引き起こされた部屋の現状。

 疲れすぎて忘れていた現実に打ちのめされながら、なんとか思考を再起動させて、どうするか悩む。

 部屋を片付けてから寝るか。

 それとも、このまま放置して今日はもう寝てしまうか。

 悩みに悩みんだが、部屋の片付けをすることにした。

 そのまま放置して寝るのは、気になって気分良く眠れないと思ったからだ。

 部屋を散らかした張本人にも手伝わせようと、ユウノに声をかけようとして姿が見えないことに気付く。

 さっきまで確かに隣に居たはずなのに、周りを探しても見当たらない。

 いつの間にか静かに姿を消したユウノ。

 その理由に気付き、俺は唖然とした。

 

 …………あいつ、逃げやがった。


 普段なら「ふざけんなよ」と悪態を吐くところだが、疲れすぎてそんな気力も湧いて来ない。

 代わりに、大きなため息が口から出てきた。

 いなくなった奴のことを考えるのはやめて、さっさと手を動かそう。

 俺は一人で部屋の片付けを始め、そしてなんとか朝を迎える前に終えることができた。

 これでやっと眠りにつくことができる。

 俺は布団に倒れ込んで、そのまま眠りについた。


。。。



 昨日のことを思い出し、また欠伸が出てしまう。

 まったく、ユウノの所為でひどい寝不足だ。

 今日は授業中の睡魔に勝てないかもしれない。


「……寝不足なのに、寝坊はしてない」


「ちゃんとアラームは鳴るようにしてたからな。チリノは設定してないのか?」


「……してない」


「よくいつも起きれるな」


「……勝手に目が覚める。……けど、前は寝坊した」


「アラームを設定すればいいじゃないか?」


「…………」


「どうした?」


 チリノの受け答えは通常の人よりも遅いため、返答が来るのをワンテンポ、ツーテンポ待たなければならない。

 だが、いくら待っても返答が来ないことに疑問を感じ、こちらから声をかけた。

 すると、チリノが立ち止まり、おもむろにスマホを取り出して俺に突き出してくる。

 意図が読めずそのままにしていると、ようやくチリノが口を開いた。


「……分かんない」


「教えてくれってか」


 こくりと頷いて、ずいっとスマホを再度突き出してくるチリノ。

 俺はチリノからスマホを受け取って、思い出す。

 そういえば、チリノはスマホを全然使えなかったな、と。

 今や若者から年寄りまで、誰もが持ってると言える必需品のスマホ。

 電話、メール、写真・ビデオの撮影・再生、メモ、計算機、カレンダー機能、アラーム機能など多彩な機能を搭載している。

 スマホにある全ての機能を使いこなしている人間は少ないかもしれないが 、スマホを持つなら今例に並べた機能ぐらいは最低限使えるようになっておくべきだろう。

 ましてやほぼ一年間スマホを持っているなら尚更だ。

 そんな最低限の機能も使えないまま一年間スマホを持っているチリノは、別に機械音痴というわけではない。

 ちゃんと教えればすぐに使えるようになるし、分からなければ自分で調べられるし、今のように人に頼って教えを請うこともする。

 ただ、本当に必要と思った時や興味を持った時にしか使い方を学ぼうとしないため、彼女のスマホレベルは低いままだ。

 今のチリノのスマホレベルは俺の知っている時のままなら、彼女が使える機能は電話とメッセージアプリだけだったはず。

 これからその中に、新たな使える機能が増える。

 停滞していたチリノのスマホレベルが何ヶ月かぶりに上がるのだ。

 めでたいことだが、特になんの感情も湧いては来ない。

 たかがスマホのレベルが上がった程度で、湧くはずもないか。


 俺はチリノから受け取ったスマホをチリノが見えるように操作して、アラーム機能のやり方を教えていく。

 『時計』アプリを開いて、アラームの項目から鳴らしたい時間を設定してアラームをONにするだけの簡単な操作。

 あとは必要ない時はアラームをOFFにしておくことやアラーム音の変更、スヌーズ機能、繰り返し機能についてなどを説明しておく。

 ついでに、それ以外にもタイマーやストップウォッチなど『時計』アプリの中でできる機能も教えておくか。

 そう思ってアラーム機能の次に教えようとすると、チリノがこちらを見ず後ろに目を向けていることに気付く。


「どうした?」


「…………」


 チリノは俺の顔をチラリと見てから、再度後ろに視線を向けた。

 俺も気になって後ろに視線を向けるが、俺たちが通ってきた道には特に何もない。

 その後、チリノは「……なんでもない」と言って、手を出してスマホを要求してきた。

 なんだか知らないが、俺は気にせずスマホを返す。

 まだ、タイマーやストップウォッチなどの機能は説明してないのだが、別にいいか。


「一度自分でアラームを設定してみろよ」


「……」


 ちゃんと教えたことを覚えているかの確認のために俺がそう言うと、チリノはこくりと頷いて受け取ったスマホを操作し出した。

 少しして、彼女のスマホからアラーム音が鳴る。


「……できた」


 スマホをこちらに見せるように掲げるチリノ。

 

 パパラ・パッパッパッパー ♪


 RPGでよくある効果音がどこからともなく鳴り響く。

 チリノのスマホレベルが上がったようだ。


「よかったな」


 チリノに賛辞を送り、学校への道のりを気怠げに再開する。

 時折り、口に手を当てて欠伸をしながら。


 ……眠い。

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