ストーカー女のストーカー(13)◯スイーツ言葉◯

◯スイーツ言葉◯ Side:八切キリヤ



 お手洗いを済ませて元の席に戻ろうとすると、見知らぬ男が席の近くに突っ立っているのが目に入った。

 なんだと思ってよく見てみると、どうやらひとみと会話をしているようだ。


 知り合いなのだろうか?


 疑問に思いながらも、俺は構わず席に近づいて行く。

 すると近いてきた俺に見知らぬ男が気付いたようで、まるで「誰だ?」とでも言いそうな怪訝な目を向けてきた。

 いや、お前こそ誰だよ。


「おかえりぃ」


「えっ……」


 ひとみが俺に声を掛けると、見知らぬ男が驚きの声を漏らした。

 なんでそんな声を漏らしたのかよく分からないが、表情を見るに何やら動揺しているようである。


「か、彼は知り合いなのかい?」


「知り合いも何も、さっき言ってた連れですよ。一緒にここのスイーツを食べに来たんです」


「連れって、……男……だったんだ」


「そうですけど……」


 見知らぬ男が漏らした言葉に、ひとみは不思議そうに答える。

 その答えに、男の動揺が増したように見えた。

 動揺を隠すかのように片手を顔に添え、思案するように顔を少し俯ける男。

 何を考えているのか知らないが、少しずつ顔に添えていた手に力が入って行き、今や手を添えているのではなく顔に押し付けてる形になってしまっている。


 しばらくそうしていたら、手の跡が顔に残りそうだな。


 そんなことを考えていると、片手を顔に押し付けたままで男がこちらに顔を向け、まるで値踏みするかのような視線を向けてきた。


 ……日に二度も値踏みされるような視線を向けられることがあるとは、予想外だ。


 黙って値踏みされたままというのも癪なので、俺は俺で見知らぬ男を観察してみることにした。

 短髪の黒い髪、スクエアタイプの黒縁メガネ、白いシャツにグレーのジャケット、アンクルパンツに黒のスエードシューズと、いわゆる私服スーツと言ったコーデ。

 身長は俺より高く一八〇センチぐらい、体型は少し痩せ気味で、歳は三〇代ぐらいか。

 そうやって見知らぬ男を観察していると、ふと男と目が合った。

 すると、男の顔が少し歪んだのが見て取れた。


「……?」


 なんだ今の反応はと疑問に思ったが、男はすぐに目を逸らしてしまい、ひとみに向かって口を開いた。

 

「ちなみに、君と彼の関係って何か聞いてもいいかな?」


「関係ですか?」


「あ、ああ…………」


 冷や汗を垂らしながら唾を飲み込み、ひとみの言葉を待つ見知らぬ男。

 まるで、今から死刑宣告でも受けるかのような緊張感を漂わせている。


 もうどうでもいいから、さっさと椅子に座りたい。


「従兄弟ですけど、それが何か?」


「…………従兄弟。そっか、従兄弟か。…………つまり、恋人ではないと?」


「あぁ、はい。そうですけど」


「そっか、そっかぁ」


 ひとみの答えに見知らぬ男は、先程までの緊張感を漂わせていた雰囲気とは一転して、弛緩した雰囲気を漂わせる。

 そして、顔に押し当てられていた片手が離れ、花開いたように嬉しそうな顔が出てきた。


 おっさんがそんな顔を見せても、気持ち悪いだけだな。

 あと、やっぱり跡は残ったか。


 あれだけ強く手を押し当ててれば当然だろうが、手の跡とおっさんの嬉し顔がアンマッチして、気持ち悪さが割り増しである。

 本人がそれに気付いていないのが、幸いなのか可哀想なのかどっちなのかは、知ったことではないが。

 そんな感想を抱きつつ、そろそろ黙って成り行きを見守るのも止めようと口を出そうとする。

 しかし、その前に見知らぬ男が口を開いた。


「いや、すまない。これ以上君達の時間を邪魔するものじゃないね」


「「……」」


「それじゃあ、ひとみちゃん。さっきの返事だけど、また会った時にでも聞かせてくれればいいから。じゃあ、また」


 見知らぬ男は最後にひとみに向かってそう言うと、俺達から離れて行く。

 そして、俺達とは離れた場所の席に座った男を見届けて、俺はようやく椅子に座れた。


「なんだったんだ、あれ?」


「よくこの喫茶店を利用するお客さん。バイト中もたまに話しかけられたりしてたんだけどね。まさか非番な時にも話し掛けられるとは思わなかったよ」


「お前にお熱の一人ってことか」


「まあ、そんなとこ」


 それなら、見知らぬ男が所々見せていたおかしな反応の理由もようやく理解できる。

 ひとみが俺に声をかけた時に驚いたような声を漏らしたのは、お熱な相手の連れが女ではなくまさかの男だったから。

 値踏みするかのような視線を俺に向けてきたのは、お熱な相手と一緒にいる男がどんな奴なのかをよく確認するため。

 ひとみと俺の関係を聞いた時、答えを待つのに緊張感を漂わせ、答えを聞いた途端に嬉しそうな顔を見せたのは、想像していた最悪の結果ではなかったことに対しての安堵と喜びの表れだろう。

 ただ、目が合った時に見せたあの反応だけは、よく分からないが。

 まぁ、どうでもいいな。


「バイト中ならともかく、こんな時にも話しかけてくるとか迷惑甚だしいけどね」


「言ってやればよかったんじゃないか。迷惑なんだよ、ゴミ野郎って」


「そんな野蛮な言葉がひとみちゃんの口から飛び出すわけないでしょ」


「でも、迷惑だったんだろ」


「それはそうなんだけどねぇ」


「はっきり言わないと、つけ上がって後々面倒になると思うけどな」


「なに、心配してくれるの?」


「なわけ。お前の考えがよく分からんって言ってるんだよ」


「うん、ありがとう」


「…………」


 人の話を聞かないやつだな。

 

 俺が眉をひそめると、それを見て楽しそうにひとみがクスクスと笑う。

 そんなやり取りをしていると、ウェイトレスが注文した品を持って来た。

 注文通りに、俺の前にはコーヒーをひとみの前には紅茶おを置き。

 最後に、お互いの前にバームクーヘンを置いて、ウェイトレスは「ごゆっくり」と口にして下がって行った。

 俺はひとまずコーヒーを口にし、ひとみはスマホを取り出して自分の前に置かれた紅茶とバームクーヘンを写真に収めた後に、紅茶を口にしていた。

 

「それって、撮ったらSNSにでも載せんのか?」


「ううん、載せないよ。思い出に撮ってるだけ。それにああいう他人と繋がるSNSアプリって、私やってないしね」


「そうなのか、女子なら全員やってるのかと思った」


「付き合いでアプリは入れてるし、友達の投稿を見たりはしてるよ。けど、自分から投稿したりはしないかな」


「それまたなんで?」


「そんな時間があったら、キリヤくんをストーキングしてた方が有意義なんだもん」


「…………迷惑なんだよ、ゴミ野郎」


「きゃっ、私が言われちゃった ♪ 」


 悪し様に言っているのに対して、堪えた様子が微塵もないひとみ。

 つけ上がって後々面倒になった結果が、目の前のいい例かもしれない。

 だが、俺はひとみと違って当初から口に出して、「迷惑だ」「止めろ」とは注意してきた。

 それなのに目の前の女はストーキングを一向に止めることはなく、今となってはもう俺も諦め気味になっており、思い出したら注意する程度になってしまっている。

 まあ、実害もあまりないので、もういいやという感じだ。

 それに、『ストーカー女こいつ』も役に立つことが時にあるしな。


 バームクーヘンを口にしながら、時折りコーヒーを味わう。

 どちらも普通に美味しいし、組み合わせとしても悪くない。

 黙々と味わっていると、「ねぇねぇ」とひとみが話し掛けてきた。


「ん?」


「なんでカップル限定スイーツがバームクーヘンなんだと思う?」


「さぁ。何か意味でもあんのか?」


「ちゃーんと御座いますとも。花言葉ってあるでしょ。あれみたいにスイーツにもスイーツ言葉ってのがあるんだけど、知ってる?」


「知らない」


「例えば、今年のバレンタインで私はキリヤくんに本命の手作りチョコレートを渡し、キリヤくんはホワイトデーにお返しとして市販のクッキーをくれましたね。……覚えてる?」


「そんなこともあったな」


 ひとみにチョコレートを貰い、貰ったのなら返すべきだろうと思って適当に市販で売っていたのを選んで渡したのを思い出す。

 あのクッキーにも意味があったのか。

 変な意味だったら嫌だな思いながら、ひとみの回答を待つ。


「私が渡したチョコレートは言わずもがなとして、キリヤくんがくれたクッキーの意味はなんと……」


「…………」


「なんと……」


 謎に答えを勿体ぶってくるひとみ。

 俺が渡したクッキーには、そんな勿体ぶる程の意味でもあったのだろうか。

 気になりはするが早く話せと催促はせず、ひとみの無駄な遊びに付き合ってやる。


「なぁんと………………、『友達でいよう』って意味があったのでしたぁ」


「……」


 勿体ぶった割には軽々しい感じで、ひとみが答えを口にする。

 その答えに、俺は拍子抜けであった。

 とりあえず、変な意味でなかったことには一安心だ。


「クッキーを貰った時、ひとみちゃんは少し残念な気持ちでした」


「知ったこっちゃねぇ」


 がっくりと言った感じでわざとらしく肩を落とすひとみに、俺は容赦なく素直な感想を述べる。

 義理は果たしたのだから、それ以上を求められても知ったことではない。

 欲しいものがあったなら、口に出して言って欲しいものだ。


「でも、お返しを貰えたことの方が嬉しかっし、マシュマロやグミじゃなくて良かったって安心したんだけどね」


「そっちはどんな意味があったんだ」


「どっちも一緒な意味で、シンプルに『あなたが嫌い』って意味だよ」


「分かった。しっかり覚えておこう」


 良いことを聞いたかもしれない。

 忘れないようにしっかりと、頭のノートにメモしておく。


「例えマシュマロでもグミでも、キリヤくんに貰えるものなら喜んで受け止めて見せるよ」


「じゃあ、何もなしで」


「それは流石に悲しいよぉ。ひとみちゃん泣いちゃうかも。しくしく」


「嘘つけ」


 ハンカチを取り出して、わざとらしく涙を拭くひとみ。

 そんな程度のことで涙を流すような奴ではないということは、一年の付き合いですでに分かりきっている。

 逆にそんな程度で涙を流して心が折れてしまうような奴だったら、今までの付き合いはなかっただろうな。

 俺は下手な演技を続けるひとみに構わず、話を戻すように促す。

 

「それで、このバームクーヘンにはどんな意味があるんだよ」


「……バームクーヘンにはねぇ、『幸せが続きますように』って意味があるんだよ」


 そう言って、ひとみはカットしたバームクーヘンを口に入れ、美味しいそうに味わう。

 俺もコーヒー味わいながら、話の続きを待つ。


「店長に聞いたんだぁ。なんでカップル限定のスイーツがバームクーヘンなんですか? って。そしたらねぇ、自分のお店に来てくれたカップルが末長く幸せになって欲しいから、だって。それで特別感も出したいから、カップルにしかメニューを提供しなかったり、店員の子私たちにも味見とかさせないんだってぇ」


「変なこだわりだな」


「だよねぇ。でも最後に、長く続いてくれたらまた二人でお店に来てくれるかもしれないしねって、商売っ気出してたけど」


「しっかり売り上げも考えるところは、商売人の鏡だな。さすがは、店長」


「なぁに、店長のこと知ったかぶってんだい。今日初めて会ったくせに」


「そうだった」


「そうだよぉ」


 そんなくだらないやり取りしながら、お互いに飲み物を飲んで一息つく。

 その後も雑談をしながら時間を潰し、キリの良いところで俺達は帰路についた。

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