ストーカー女のストーカー(17)◯ 宛名もない届け物 ◯
◯宛名もない届け物◯ Side:八切キリヤ
ゲームセンター内に置かれたベンチに座り、どこかに目を向ける顔見知りに俺は声を掛けた。
「美影」
「あっ、先輩」
俺の声に反応して、こちらに顔を向けた美影が少し驚いた顔見せる。
「こんにちは、遊びに来てたんですか?」
「ああ、ゲームしにな」
「お一人で?」
「いや、クラスの奴らと。今は多分あっちらへんで遊んでる。……お前は?」
「一人ですけど。……それは分かってて聞いてます?」
何やら不満げな顔でこちらを見てくる美影。
何が不満だったのかすぐに理解できず疑問に思ったが、理由に気付き思わず「あー」と口に出す。
「別にお前が誰かと来てるなんて思ってねぇよ。ぼっちだって知ってんだから。……聞いたのは、お前も遊び目的でゲーセンに来たのかどうかだよ」
「……それはそれで、何やら不満が残る回答です。……事実ですけど」
「じゃあ、どうやって返せば不満がなかったんだよ」
「私をぼっちと揶揄する言葉はいらなかったんじゃないかと。素直な謝罪があれば不満はありませんでした」
「はいはい、悪ぅござんした。それで、お前も遊びに来たのか? なんか意外なんだけど」
「すごく適当な謝罪で流されました。まぁ、私が勝手に勘違いしただけだったのでいいんですけど……」
美影が肩をすくめながらそう言った後、俺の質問に答えてくれる。
「遊びには来ましたけど、ゲームをしに来たわけじゃないですよ。先輩のイメージ通り、私ゲームにあまり興味がないですし」
「ゲーセン来てゲームで遊ばないとか、何しに来たんだよ」
「そんなの決まってるじゃないですか。『人間観察』ですよ」
「ゲーセンで?」
「はい、ゲーセンでです」
「…………」
「どうしました?」
「……別に」
可笑しいところなど何一つないと言った顔で、普通にそう答える美影。
普通なら可笑しいとこだらけの回答の筈だが、彼女にとってはそれが普通だということだ。
まあ、俺も彼女の趣味を知ってるんだから、そこを今さら可笑しいと思うのは変かもしれない。
「観てて面白い奴でもいたか?」
「何人かはいましたよ」
「どんな奴がいたか聞いても?」
「そうですね……」
俺の問いに、美影が思い出すように答える。
「一人で黙々とクレーンゲームをしていた人は、あそこにある景品が欲しかったみたいで何度も挑戦してました」
美影が指差すクレーンゲームを見れば、景品は何かのキャラクターがプリントされた丸みのあるクッション。
一雄がやっていたクレーンゲームとは、また取り方も違ってくれば難易度も違ってくるものだ。
一雄がやっていたのが上級者向けなら、あれは初級者から中級者向けと言ったところだろうか。
「他のクレーンゲームみたいに景品を動かして棒と棒の間に上手く落としたり、輪っかを地道にずらして景品を落としたりするような難しいものには見えないのに、見た目に反して簡単に取れないようでした」
「ああいうタイプのクレーンゲームは、アームの力が弱く設定されていて、簡単に取れないようになってんだよ」
「なんですかそれ、インチキじゃないですか。……でも、何度も挑戦していた人は、最後には景品をゲットしてました。掴んだ景品がするりと落ちてしまうのを繰り返していたのに、最後は何故か景品が落ちることなくしっかり掴めてて。あれはなんで落ちなかったんでしょうか?」
「さすがに何回やっても取れないようになってたら、マジでインチキだし誰もやらなくなるだろ。けど簡単に取れたら店側も利益になんないから、確率でアームの掴む力が強くなるようになってんだよ。何回も挑戦していた奴は、それを引き当てたんだろ」
「そうだったんですね。だとしたら、あのクレーンゲームは他の難しいものと違って、技術よりも運が大事ってことですか」
「運も大事かもしれないけど、やっぱり一番は金じゃないか。金があればいつかは引き当てられる」
「それは、お店側にとってはとても有難いお客さんになりますね」
「それが嫌なら、確率なしでも取れそうかどうかを見極めるしかないだろうな」
「見極めるって、どうやってやるんですか?」
「アームの爪部分に滑り止めが付いているかとか、景品獲得口周りにあるシールドの高さとか、掴みやすそうな景品かどうかとか、……他にもあるけど、だいたいそれらを確認して取れそうか見極めるんだよ」
「へぇ、単純そうに見えて意外に奥が深いんですね」
「まあ、
「たかがゲームですもんね」
「ああ、たかがゲームだ。そんなゲームにめちゃくちゃお金をかける奴もいるけどな」
「……ちなみに、何度も挑戦してた人はこれぐらい使ってました」
「……マジか」
「マジです」
美影が指で示した数に驚いてしまう。
よっぽど欲しい景品だったのか、やめるにやめられず沼にはまってしまったのかは知らないが……。
「つぎ込んだなー」
「見ていて気持ちもいいぐらいの使いっぷりでした。躊躇う様子もまったくなく、どんどんお金を入れていくんですもん」
「てことは、沼とかにはまったんじゃなくて、よっぽど欲しい景品だったわけか」
「だと思います。景品を手に取る時、すごく大事そうにしていましたから」
「ある意味ガチ勢だったわけだ」
運も技術も度外視に、欲しい景品を完全にお金だけで取りに来ていた。
いかにお金の消費を抑えて景品を取るかを考えるクレーンゲームのガチ勢とは違う。
いくらお金を積んでも欲しいものを手に入れる
美影が観察していたのは、そういう人間だったわけだ。
「家の中は
「確かめに行ってみましょうか?」
「いらない。つまんない結果にしかならない気がするし。お前もそう思ったから付いて行かなかったんじゃないか?」
「……そうですね。クレーンゲームをしている所は、観てて面白かったんですけど。それだけでしたね」
「だろ。そもそも付いて行ってたら、ここにお前はいないしな」
「……はい、付いて行かなくて正解でした」
何やら嬉しそうに、そう口にする美影。
何が嬉しいのか知らないが、それよりも今の会話をきっかけにふと気になったことができたので、聞いてみることにする。
「そういえば、お前ってどうやって観察する相手を選んだりしてんの?」
「選び方ですか?」
「ああ」
今まで美影の観察した相手の話ばかり聞いてきたが、そんな相手をどうやって決めているのかは聞いたことがなかった。
この前に聞いた『デキスギくん』の話しは、容姿に優れ、周りに慕われ、欠点一つなさそうな優秀な生徒と言った目立つ人間だった。
『デキスギくん』のような分かりやすく観察してみても面白いかもしれないと思える人間なら、選ぶ理由は分かる。
だが今までに聞いた話しの中には、そうじゃない人間の話しもいくつかあった。
容姿に優れもせず、周りに慕われもせず、欠点なんて普通にあるような目立たない人間。
しかし、そんな目立たない人間が裏では想像もつかないような秘密があったりもした。
どうやってそういう人間を選び出しているのか、気になるところではある。
「選ぶ時は、まず周りから見て浮いている人がいないかを見ますね」
「浮いてる?」
「はい、周りと違って何か違和感があるような、引っ掛かりがあるような人を探します。そんな人がいたら、何を違和感だと自分が思ったのか探してみますね。すぐにその違和感に気付く時もあるんですけど、いくら探しても全然気付かない時もあります」
「違和感って例えば、今までだったらどんなものがあったんだ?」
「えーっと……、例えば四人の高校生がいたとしまして、普通に見たら楽しくお喋りに興じてるだけの仲の良いグループなんですけど、四人のうち一人の視線が何処か不自然なように見えたんです」
「不自然?」
「はい。なんだろうと思って見てたんですけど、どうやらその視線が不自然だった人は、他三人の内の一人を少し怯えるように見ていたんです」
「へぇ、それは確かに気になるな。……それで、そいつを『人間観察』することにしたのか?」
「はい、観察してみました。そこで分かった事なんですけど、どうやらその一人の生徒が行ったことに対して、怖がっていたみたいなんです」
「怖がってたって、一体何したんだよそいつ」
「実はその四人が通うクラスでスクールカースト上位の子を激怒させてしまった生徒がいて、喧嘩が起きたみたいなんです。ちなみに逆鱗に触れた生徒のカーストは中位ぐらいです」
「それは恐ろしいことをしたもんだな。自分よりカーストが上の奴を怒らせるなんて。……なに、その激怒したっていうのが怖がれてた生徒だったとか?」
「いえ、喧嘩にその生徒は関係ありませんし、怖がっていたという一人も関係ありません。ただ自分達のクラス内で起こったというだけの喧嘩です。また喧嘩と言っても、カースト上位の方の一方的なものだったみたいで、最終的には中位の方が泣き出してしまい、次の日から学校に来なくなってしまったみたいなんです」
「そのまま不登校からの転校ルートに見えるな」
「何もなければ、そうなっていたかもしれません。ですが、そこで初めに話していた怖がられていた生徒…………、言いづらいので仮に『ミナモトさん』と名付けておきます」
「……」
美影の付ける仮ネーミングに、思うところが出てくる。
話しを止めないために何も言わないが、今後金持ちの坊っちゃまが出てきたら、『ホネカワくん』とでも仮に名付けてしまいそうだ。
仮名なのでどんな名前を付けようと別に構わないのだが、その『ミナモトさん』という生徒の外見のイメージは勝手に出来上がってしまった。
イメージしやすくなったのは、間違いないけど。
「その『ミナモトさん』が事の解決に動いたみたいなんです」
「立派なことじゃねぇか。不登校になった生徒のために動くなんて。そんな怖がれるような要素が出てくるとは思えないんだけど」
「それが、その解決方法に少し問題があったみたいなんです」
「問題?」
「はい。……不登校になってしまった生徒を登校できるようにしようと思ったら、まずその生徒の家に行って話を聞きに行きますよね」
「まあ、それが無難な方法だよな」
「『ミナモトさん』はそうではなく、不登校になってしまった生徒が安心して学校に来れるように、まず場を整えることにしました」
「……確かに、不登校になった原因の激怒したって生徒を収めておかないと、登校しようなんて思えないもんな。まずはその生徒と話し合いでも始めたのか?」
「いえ、それが……」
「それが?」
「その激怒した生徒のことについて色々調べて、その生徒の悪い噂を流し始めたんです」
「…………は?」
予想外の行動に、思わず声を出して驚いてしまう。
「どういうことだよ」
「その不登校になった生徒なんですが、『ミナモトさん』にとっては疎遠気味になっていた幼馴染だったらしく」
「らしく?」
「簡単に言うと、激怒した生徒以上に幼馴染を不登校に追い込んだことに、激おこぷんぷん丸だったみたいなんです」
「……」
『激おこぷんぷん丸』って、いつの時代だよ。
古い言葉を使う美影に呆れながら続きを聞く。
「それで『ミナモトさん』は意趣返しを含めて悪い噂を流し始めたんです。実際、激怒した生徒は過去や裏での素行があまり良くない部分もあって、今まであった人気や信頼を失っていき、スクールカーストは上位から下位にみるみる落ちて行きました」
「エグいな、そこまですんのかよ。……まあ、噂を流した理由は分かったけど、そいつのカーストを下げたところで、不登校の幼馴染は安心して学校に来られるようにはならないんじゃないか。逆にその状態で学校に来たら、腹いせの対象になりそうだけど」
「いえ、『ミナモトさん』の意趣返しはまだ終わっていなくて……、次に『ミナモトさん』は素行の良くない先輩グループを唆して、カーストの下がったその生徒をいじめの対象に仕向けたんです」
「……」
「そして、周りからは敬遠され、先輩グループからはいじめを受けるようになったその生徒は、学校に行くことを耐えられなくなって不登校になってしまいました」
「…………」
「反対に、不登校の原因になった生徒がいなくなったおかげで、『ミナモトさん』の幼馴染は学校に来れるようになり、不登校時に何度も家を訪れ幼馴染を励ました『ミナモトさん』は、幼馴染と昔のように仲の良い関係に戻れたのでした。――めでたし、めでたし」
「………………」
それはめでたしなのか? と疑問に思うが、『ミナモトさん』と幼馴染にとってはめでたしかと、一応納得しておく。
意趣返しされた奴は、ご愁傷様だな。
「ちなみに、初めの話で『ミナモトさん』を恐れていた生徒は、『ミナモトさん』が裏で噂を流したり、先輩グループを唆したりしているところをたまたま目撃してしまったんです」
「普段とは違う顔を見て、怖がってたのか」
「それもあるんですけど、みんなには内緒だからねと裏で釘を刺されたみたいで、その時の『ミナモトさん』がよっぽど怖かったみたいです」
「……なるほどね」
それは怖がるのも納得である。
しかも、今後下手に『ミナモトさん』の気分を害して自分が目をつけられたら、今度不登校へと追い詰められるのは自分になるかもしれない。
そういう不安も抱えているだろう。
知らなければ変わらない平穏な関係だったかもしれないのに、その生徒も不運だったな。
それにしても……
「話しが脱線したな」
「ふふっ、いつもの図書室でのお話しみたいになってしまいましたね」
「そうだな」
麟太郎と一雄とのいつものお遊びだけのつもりだったが、まさかゲームセンターで美影と出会うことになるとは思わなかった。
想定外ではあったが、面白い『趣味語り』も聞けたし、良い時間ではあったな。
散々な時間を過ごした昨日とは、比べるまでもない。
思わずそんな感想が出たことで眠気を思い出してしまい、欠伸が出てくる。
今日は夜廻りは止めて、帰ったらさっさと寝ることにしよう。
そう思っていると、ホクホク顔でいくつか景品を抱えた一雄に、お菓子袋を持って隣を歩く麟太郎の姿が見えてきた。
……ここらでお開きだな。
そう判断して美影に声を掛けようとすると、何処かに目を向けている彼女。
何だと思って俺も同じ方向に目をやるが、特に変わった物もなければ人もいない。
「どうした?」
「あっ、いえ、……なんでもないです」
「そうか。クラスの奴が戻ってきたし、俺はもう行くわ」
「分かりました」
「じゃあ、またな」
「はい、またです」
美影と別れて、俺は麟太郎と一雄と合流した。
その後は麟太郎が獲得したお菓子を食べながら駄弁って時間を潰し、解散した後は寄り道もせずに帰宅。
いつもより、早めの就寝に入った。
×××
ゲーセンで遊んだ日以降は特別な事は何もなく、休日を迎えることとなった。
先週の休日は何かと慌ただしかったので、今回はゆっくりと過ごそう。
そう考えている俺の元に、あるものが届いた。
それは宛名も何も書かれていない茶封筒。
俺の住む二〇一号室のドアポストに投函されていたもので、朝にユウノが見つけて知らせてくれた。
昨日の学校帰りに確認した時はなかったので、夜中か朝一に投函されたのか。
また、宛名も何も書かれていないところを見ると、郵送ではなく誰かが直にドアポストへ届けたのだろう。
一体中身は何なのか、封を開けて取り出して見れば、出てきたのは数枚の写真だった。
「……」
「うわぁ……」
横から覗いていたユウノが、写真を見て驚きの声を漏らす。
数枚の写真には全て俺が写っており、撮られた記憶がないことと撮られたアングルから見るに、盗撮されたものだとすぐ分かる。
そこはまあ『ストーカー女』で慣れているので別にいいのだが、一番気になる点は別にある。
ユウノが驚いたのもその点だろう。
その一番気になる点とは、全ての写真で俺の顔が刃物で八つ裂きにされているところだ。
まるで、俺に何らかの恨みでもあるかのような不気味な写真である。
そんな写真の中でも特に異彩を放つ一枚が、唯一ひとみと写っているものだった。
その写真の俺とひとみの服装から、写真は先週の土曜日に彼女と遊びに出かけた時のものだと分かる。
そして、その写真にだけ書かれた『彼女に近づくな』という文字。
……まあつまり、これは俺への脅迫状ってことだ。
××男と異常女共 シイタ @Shiita_F
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。××男と異常女共の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます