ストーカー女のストーカー(7)◯お誘い◯

◯お誘い◯ Side:八切キリヤ



 昼食を食べ終わり、昼休みの時間はまだ三〇分以上も残っていた。

 さて、残り時間をどう過ごそうかと考える。

 昼食後の昼休みにいつもやることといえば――


・スマホでの読書

 

 電子書店で購入したマンガや小説を読むか、小説投稿サイトから素人が自作したもので面白そうなものを探して読むか。

 どちらをするかは、その時の気分次第だ。


・満たされた腹での昼寝


 教室に戻り、自分の机の上で突っ伏しながらクラスメイト達の声をBGMにしての睡眠。

 それか、教室までわざわざ戻らなくても、今自分のいるこの場所でも良い。

 とても静かで、暖かい日差しと爽やかな風がたまに吹く、心地のよい屋上。

 昼寝にはベストポジションと言っても過言でもない屋上ここで、昼寝するというのは至高の時間かもしれない。

 想像したら、あくびが出てしまいそうだ。


・クラスメイトとの雑談


 教室に戻って、麟太郎や一雄と各々がいま興味を持っていることについてや、テレビやSNSなどで話題が上がっていることについてなど、たわいもない会話で時間を潰すのも悪くない。

 だけど、今の気分的には、会話よりも読書か昼寝をして過ごしたいかもしれない。


 やっぱりここは……。


 と、一人で昼休みの過ごし方を決めようしていると、「ねぇねぇ、キリヤくん」とひとみが話しかけてきた。


「ん?」


「来週の土曜日って何か予定ある?」


「来週の土曜日……」


 何か予定があったか、思い出してみる。

 運動部や文化部といった部活動などには所属してないし、

塾などの習い事もしていないので、俺の予定は基本すっかすかだ。

 あってもバイトぐらいだが、来週の土曜日にバイトの依頼は入っていないし、入ってたとしても俺がやっているバイトは深夜に行うので何の問題にもならないと思う。

 最近は『』もないし、呼び出されるようなこともしていないため、そちらも大丈夫だろう。

 というわけで、来週の土曜日は暇ではある。


「暇だけど。なんで?」


「デートしない?」


「………………は?」


 ひとみからの急なデートのお誘いに、思考がフリーズしかけてしまった。

 こいつはいきなり何を言い出すんだろうか。


「なんでお前とデートしないといけないんだよ?」


「えっとねぇ、私のバイト先の喫茶店でなんだけどぉ――」


 と、何故そんなひょんなことを言い出したのか、その理由をひとみが説明してくる。

 どうやら、彼女のバイト先である喫茶店でカップル限定のスイーツを売り出してるらしく、それを一緒に食べに行かないかというお誘いだったようだ。


「だったらデートなんて言わないで、普通にそう言って誘えばいいだろ?」


「何言ってるのキリヤくん。男子と女子で予定を決めて、一緒に遊ぶんならそれはもうデートなんだから、デートしよって誘うのが普通でしょ。それにカップル限定のスイーツを一緒に食べに行こうなんだから、デートしよって誘うのはむしろ当然のことだと思うけど」


「……」


 気の所為だろうか、まるで「あたま大丈夫?」とでも言いそうな心配顔でひとみが俺のことを見ている気がする。

 あたかも、俺の方が可笑しなことを言っているかのようである。

 まさかそんな筈はない、と俺はスマホを取り出して『デート とは』と検索してみた。

 検索結果は……。


「……」


「キリヤくん?」


 黙ったままの俺に、声をかけてくるひとみ。

 俺はなんの抑揚もなく、検索した結果を声に出す。


「デートとは、交際中または互いに恋愛的な展開を期待していて、日時や場所を決めて会うこと。 どちらか片方でも相手を完全な友達として認識している場合など、約束の段階で既に『恋愛的な展開を期待していたのは片方だけ』という場合、デートではとされる」


「……」


「……」


 スマホから顔を上げて、ひとみを見る。

 ひとみも無言でこちらを見てくる。

 そして、彼女はニコリと笑顔を見せると、おもむろにスマホを取り出して操作し始めた。

 少しして、ひとみはスマホを見ながら楽しそうに話し始める。

 

「デートとは、男性と女性が、日付や時間、どこで何をするかなどを決めて行うこと、また、と日時を定めて会うことである」


「……」


「……」


 スマホから顔を上げて、またニコリと笑顔を見せてくるひとみ。

 ただ、先ほどと違って、ほんのわずか顔に赤みがあるように見える。

 デートのお誘いは問題なかったくせに、さっきのセリフは恥ずかしかったのだろうか。


「……」


「……」


 お互いに言葉を発さず、無言になって見つめ合う。

 気の所為かもしれないが、時間が経つごとにひとみの顔の赤みが増しているようにも見える。


 ストーカーにも、羞恥心というのがあるのだなぁ。


 なんて感想を抱きつつ、限界が来るとどうなるのだろうかという意地の悪い考えが頭をよぎった。

 しかし、そんな考えはすぐに霧散させる。

 つい羞恥心を見せるひとみというのが珍しく、悪戯心というものが出てしまった。

 そのことを心の中で反省して、彼女から目を逸らして口を開く。


「ま、考え方はヒトそれぞれだよな」


「……そう、だねぇ」


 俺の言葉に、ぎこちなく相槌を打つひとみ。

 そんな態度も珍しいものだ。

 いつもの彼女は、浮ついているが地に足はしっかりと付けた態度で、たまにおどけて本気か冗談か分からないことを言い出したり、途端にはしゃぎ出して無断で俺をスマホで撮り始めたりと、ストーカーのくせにやけにフレンドリーに接してくる女だ。

 だけど今日は珍しく、羞恥心で顔赤らめたり、ぎこちない相槌を打ったりと、いつもと違う。

 だからだろうか、いつもとは違う態度に俺の気持ちも変わってくる。

 ストーカーとのデートなんてする気は起きないが、友達と遊びに出かけるぐらいはしても良いかもしれない。

 どうせ土曜日は暇なんだから、退屈凌ぎにちょうど良いだろう。


「その喫茶店ってどこでやってんの?」


「××駅の近くだけど……」


「じゃあ、来週の土曜日にその駅前に集合ってことで」


「え、いいの!?」


 驚いた声を発するひとみ。

 その反応に、驚きすぎだろと感じてしまう。


「驚きすぎじゃね?」


「だって、断られる流れなのかなぁって思ったから。それに、内心は断られちゃうかもって思いながら、当たって砕けろで誘ってたし」

 

「それじゃあ行くのやめるか。しっかりと砕けてくれ」


「い・や。土曜日が待ち遠しいなぁ」


 俺の冗談を軽く笑顔で一蹴して、来たる土曜日に胸を高めるひとみ。

 どうやら、いつもの調子に戻ってきたみたいである。


「時間はどうする?」


「うーん、……スイーツ食べるだけっていうのも味気ないし、その前に映画でも観たりなんて、どうかな? 駅近くに映画館あるし」


「いいけど、何か面白いやつやってたか?」


「えっとねぇ……」


 軽やかにスマホを操作して、上映中の映画を調べ始めるひとみ。

 幾つかの候補を口に出していき、あれはどうかこれはどうかと何の映画を見るか二人で決めていく。

 そして、そろそろ昼休みの時間も終わりが近づき、来週の土曜日の予定も決まったところで解散しようとした時、大事なことを思い出して、「ひとみ」と名前を呼ぶ。


「なに?」


「土曜日だけど、しっかりと顔隠してこいよ。目立つんだから」


 顔も隠さないまま待ち合わせ場所になんて来られたら、遊ぶどころではなくなってしまう。

 朝の教室で見た光景が頭に思い浮かぶ。

 ひとみが教室のドア前に来た途端、教室内にいた生徒の視線が一気に集中したあの光景。

 もしも駅前であれが起きれば、視線の数は教室の比ではないだろう。

 駅前に集まる衆人しゅうじんの視線がひとみに集まり、次いで側にいる俺にもその視線が集まってしまう筈だ。

 しかも、その視線の中にひとみにお熱な奴らがいたら、それはまた大変面倒なことになってしまうのは、想像に難くない。

 そんなことを俺が好まないということぐらいは、今までの付き合いでひとみも理解しているようで、ラジャーポーズを取って「がってんしょうち ♪ 」と返事をしてきた。

 

 こうして忘れてはいけないことは伝え終えて、俺たちは別々に屋上を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る