ストーカー女のストーカー(8)◯趣味語り◯

◯趣味語り◯ Side : 折紙 美影


 ある学校で有名な一人のイケメン男子生徒の話です。

 名前は仮に、『デキスギくん』としますね。

 身長一七九センチ、体重約六〇キロ、容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、優れたコミュニケーション能力、抜群の社交性と、超ハイスペックなデキスギくん。

 そんなデキスギくんは、家族、友達、先生と多くの人に、慕われ、信頼され、期待されていました。


 そんな人望のあるデキスギくんの一日の始まりは、朝早くからのジョギングから始まります。

 すれ違う人達に爽やかな朝の挨拶をしながら走って行き、一時間ほどして気持ちの良い汗をかいて家に帰ってきます。

 家に帰れば、ひとまずシャワーを浴びて汗を流し、母親が準備してくれた朝ごはんを食べて、学校へ向かう。

 その朝の準備から学校に向かうまでの動きには、全く無駄がありません。

 まるで機械マシーンのように流れる動きでした。


***


「ちなみに、先輩はいつもどんな風に朝を過ごしていますか?」


「普通に朝起きて、飯食って、学校に行く準備整えて、家を出る。そんだけ。ジョギングなんてせんよ」


「私も家にいる時は同じような感じです。朝起きて、ごはんを食べて、身支度を整えて、学校に出発。なんの変わりもない朝の過ごし方です。……朝は何食べました?」


「バナナヨーグルト味の飲料ゼリー」


「……変わった朝食ですね。それだけですか?」


「そんだけ」


「ゼリー飲料だけって、身体に良いんでしょうか……」


「そっちは?」


「私は食パンを焼いて食べます。ついでに、デキスギくんはまさにザ・日本の朝ごはんという朝ごはんでしたね」

 

***


 学校までは歩いてだいたい一〇分〜一五分ぐらいの距離にあり、とても通いやすい場所に住んでいるデキスギくん。

 登校の合間に出会った友人達と一緒に歩いている光景は、なんともキラキラしたものでした。

 学校に着くと、デキスギくんと同じクラスの人、隣のクラスの人、先輩から後輩の人達と多くの生徒に挨拶されるデキスギくん。

 しかも生徒から挨拶するべき先生からも、たまに挨拶されたりするんです。


 学校にいるほとんどの生徒や先生に周知されてるデキスギくんは、朝の風景からも分かる通り学校一の人気者です。

 そんなデキスギくんは、生徒達の手本となるほどの素晴らしい生徒でもあります。

 当然のごとく成績は優秀で、学年のトップ。

 しかし、それを鼻にかけない謙虚さを持ち合わせ、授業中の私語は慎み、まじめに先生の話を聞き、問われたことはしっかりと答えていく。

 そんなの普通のことだろうと思うかもしれませんが、それだけではありません。

 デキスギくんは他の生徒が私語していればやんわりと注意をしたり、当てられて困っている生徒をこっそり助けたり、何かいざこざがあったら率先して仲介役になるのです。

 わざわざ周りの人達にまで気を回せる人というのは少ない中、そこがまたデキスギくんは違うんです。


***


「私達とはもう人種が違いますよね。私達が日陰にひっそり生きる陰キャラなら、デキスギくんは日向で輝き生きる陽キャラという感じです」


「まさに生きてる場所が違うよな。まあ、俺達には日陰がピッタリ。この場所だって日陰と言えるところだし」


「そうですね。陽キャラの人達は図書室なんて静かな場所にはなかなか来ませんし、図書室は陰キャラの集まる場所と言えますね」


「陰キャラつどいの部屋だな」


「そうです、これからは隠し言葉で図書室を『日陰の間』とでも呼びましょうか」


「……いつそんな隠し言葉を使うんだよ」


「例えば、誰にもバレないようにこっそりと会いたい時とか、でしょうか」


「すでに、誰にもバレないでこっそり会っているけどな」


「……確かに。となると、あまり意味がないですね。やっぱりいつも通りに呼びましょうか。そうしましょう」

 

***


 とても優秀なデキスギくんは、クラスの代表とも呼ばれる学級委員を務めており、その能力を遺憾なく発揮しています。

 そして、その能力はクラス内だけでなく、学校内の権力者と称される生徒会にも伸びていました。

 生徒会に所属はしていないデキスギくんですが、助っ人として頼られまくりです。

 書記、会計、広報、副会長、会長とデキスギくんは役職を与えられているどの人達よりも、完璧に仕事をこなしてしまいます。

 しかも、しっかりと役職を与えられている人達を立て、蔑ろには決してしません。

 それを分かっている生徒会の人達は、自分より仕事のできるデキスギくんに嫉妬のような感情を抱くことなく、さすがデキスギくんだと尊敬さえしていました。


 まさに頼れる存在、なくてはならない生徒、スクールカースト最上位。


 もういっそ、デキスギくんが生徒会に入ってくれれば、と生徒会の面々はいつも思っていました。

 ただそう思っているのは、なにも生徒会だけではありません。

 様々な運動部や文化部、はたまた同好会の人達にさえデキスギくんは引っ張りダコです。

 運動部はデキスギくんの運動神経の良さを見込んで、文化部はデキスギくんの美しさに惚れ込んで、同好会はデキスギくんの人を引き寄せる力に目を付けて。

 デキスギくんを狙う人は多くいました。


 しかし、そんな様々な人達に狙われているデキスギくんは、ハイスペックのイケメン男子に目がない女子にはあまり狙われていませんでした。

 ただそれは、デキスギくんが女子にモテないということではありません。

 容姿も優れ、頭脳も優れ、振る舞いも優れているデキスギくんを恋人にしたいと思う女子は多くいます。

 ですが、デキスギくんに告白しようとする人は誰もいません。

 なぜなら、デキスギくんはデキスギくんであり、誰かが独占していいものではない、という暗黙の了解が女子の中で出来上がっているからです。


 女子の中の暗黙の了解ルールを破ればどうなるか?


 間違いなく学校の中に居場所がなくなるでしょうね。

 それが怖い女子達は、わざわざ危ない道を通らず、デキスギくんに近づけるポジションに落ち着いています。

 ですから、デキスギくんは女子にモテていながらある意味ではモテていないのです。


***


「注目の的に、引っ張りダコね。疲れそうな生き方」

 

「私がそんな立場だったら、ストレスで死んでしまいます」


「少しは羨ましくならねぇの? ぼっちちゃんだろ」

 

「ないですね。少し前の私なら羨ましいと思うこともあったかもしれませんが、今は全く思いません。……先輩は羨ましくならないんですか?」


「ないない、まっぴらごめん。性に合わん」


「まあ、その前に先輩の容姿では、天地がひっくり返ってもデキスギくんのような立ち回りムーブはできないでしょうしね。まさに、藪にいる蛇、空を飛ぶ蜂、洞窟の虎。触らぬ神には祟りなしというふうに、避けられてしまうんじゃないでしょうか」


「そっちこそ。お前の体質じゃあ、まかり間違ってもデキスギ立ち回りムーブはできないだろ。まさに、道端の石、夜道の影、輝かない星。日の目を見ることもなく、忘れられていくんじゃないか」


「……」


「……」


「お互い、今の生き方が身の丈に合っているということですね」


「おっしゃる通り」


***


 エリート街道まっしぐらに見えるデキスギくんの学校生活。

 学校が終われば、部活動などに参加していないデキスギくんは基本的に真っ直ぐ家に帰ります。

 もしクラスメイトと寄り道して帰りが遅くなるようなら、必ず親に連絡を付けるため、家族に心配をかけることはありません。

 デキスギくんが家に帰ってやることは、晩ご飯ができるまでその日の授業の復習と予習を行い、余った時間を筋トレに使います。

 晩ご飯を食べ終わったら、一番風呂はデキスギくんがいつも頂き、あとはリビングか部屋で時間を過ごしてゆっくりします。

 優秀で完璧とも言えるデキスギくんにピッタリな、なんとも普通な過ごし方と言えるでしょう。

 

 ――ここまでは。


 完璧人間とも言えるデキスギくんには、ちょっと人には言えない秘密のがありました。

 それは、夜中の出来事。

 デキスギくんは家族みんなが寝静まると、首から膝下まで隠れるコートを着込んで、気付かれないよう静かに家を出るのです。


 草木も眠るという丑三つ時に、いったい何処に行くというのか?


 デキスギくんは目的地が決まっているかのように、軽やかな足取りで夜道を歩いていきます。

 流石にこの時間ではほとんど人は見られず、そんな中で一人歩くデキスギくんはどこか怪しい雰囲気を醸し出していました。

 もしも警官にでも見つけられれば、真っ先に補導されてしまうでしょう。

 しかし、デキスギくんはそのようなことを気にする素振りも見せず、何処かへ向かって歩いていきます。


 二~三〇分ほど経ったところで、デキスギくんは足を止めました。

 すると、先程までとは裏腹に警戒するようキョロキョロと周りを見回し始めます。

 そして、誰もいないことを確認すると、目の前にあった柵をよじ登り、廃ビルの中に入って行ったのです。

 その廃ビルは、だいぶ前から放置されているのだと一目で分かるほど古びており、見える窓ガラスが所々割れていて、周りの草木は乱雑に生い茂っていました。

 夜の暗さも相俟あいまって、お化けが出てきても不思議がなく、肝試しにはピッタリの雰囲気がある廃ビルの中は真っ暗で、入り口付近が外の街灯でわずかに見える程度。

 奥の方までは光は届かず、廃ビルの中はほとんど何も見えません。

 デキスギくんはコートのポケットからスマホを取り出すと、ライトをつけて迷いなく進んできました。

 足音を鳴らせば、その音が壁に反響し広がっていく。

 聞こえる音は、その足音とデキスギくんの息吹く音だけです。

 ひっそりとした空気に、どこか寂しげな様子が見える廃墟。

 人に作られ、人に使われ、人に捨てられた可哀想な建造物。

 そんな誰もが怖がる場所に、誰もが怖がる時間に、一人でいるデキスギくんは怖がるような素振りも見せず、ひたすら歩いていきます。

 そして、歩き着いた場所は屋上、一〇階もある高さの屋上は下よりも強く風が吹き、デキスギくんのコートをなびかせる。


 そこがデキスギくんの目的地。

 

 そこで何をするのか?

 何のためにそこに来たのか?

 デキスギくんの秘密のご趣味とはいったいなんなのか?


***


「何だと思いますか? 先輩」


「さぁ」


「もう、ちゃんと考えて下さい。別に間違えてもいいんですから」


「じゃあ、……天体観測?」


「そんなの家族にも友人にも秘密にするようなご趣味じゃないですよ。ちゃんと頭を回してください」


「えー、秘密のご趣味ね…………。廃ビルの屋上からダイブとか?」


「一〇階もある高さの屋上ですよ。死んじゃいますよ」


「…………一日の不平不満を大声暴露?」


「ありそうですけど、違いますね。それでは、最後の回答権です」


「もう答えに行ってくれてもいいんだけど」


「ダメです。頑張って考えてください」


「んー……、星に向かって――」


「ぶー、時間切れでーす!」


「おいおいおい……」


「…………(くすくす)。してやったりです。では、答えはですね――」



***


 デキスギくんはおもむろに屋上の端まで行くと、自ら着るコートに手を掛けました。


 聞いて驚け、泣いて喚け、見て笑え!

 これがデキスギくんの秘密のご趣味!!


 デキスギくんはバサッと大胆にコートを脱ぎ、それを投げ捨てました。

 脱いだコートの下から現れたのは、デキスギくんの姿

 そう、デキスギくんの秘密のご趣味とは、『屋外ですっぽんぽんになり、自分を解放すること』だったのです。


 そして、屋上から見える家々と、学校と、夜空に向かって、デキスギくんは自分の姿を見せつけるんです。

 その時のデキスギくんの顔は、なんともご満悦なもの。

 興奮しているのか、ハァハァと息も荒れ荒れです。

 しばらくして、自分を解放することに満足したデキスギくんは再度コートを身に付けて、家に帰って行きましたとさ。


 おしまい。

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