ストーカー女のストーカー(9)◯美影のご趣味◯
◯美影のご趣味◯ Side:八切 キリヤ
「――おしまい。どうでしたか先輩、今回のネタは面白かったですか?」
趣味の語りを終えて、自分の話はどうだったのかを聞いてくる『影女』こと折紙美影。
付け加えるように、「ちなみに私としては、結構気に入っています」と口にする。
「男の素っ裸でも見れて満足なのか?」
「そっ、そんなわけないじゃないですか!?」
俺の問いかけに、美影は顔を真っ赤にして焦ったように反論する。
そして、まるで言い訳しているかのように早口で喋り出す。
「私は単に、人気者であるデキスギくんの趣味があんな意外なものだったことに、話のネタとして素晴らしいと思っているだけです。決して、先輩が言っているようなところを評価してるわけじゃありません。決してです」
「でも、見たんだろ?」
「もう、そんな話は別にいいじゃないですか。それより私の質問に答えてください。今回のネタはどうでしたか? いつもの五段階評価でお願いします」
「そうだな……」
美影に言われた通りに、今回のネタについて考えてみる。
頭脳、体力、社交性と様々な能力が高く、性格も良くて周りからの期待と信頼も厚い、デキスギくん(仮名)。
そんな完璧に近い彼の唯一の欠点とも言える異常なご趣味。
表の顔とは裏腹な、
俺はいろいろ考えた上で、美影に今回のネタの評価を口にする。
「まあ、今までの話の中じゃあ面白い方なんじゃない。五段階評価なら、四ってところかな」
「やりました。高評価です」
美影は嬉しそうに両手でガッツポーズを作る。
そんな可愛らしい姿を見せる女の子のご趣味は、まったく可愛いものではない。
その趣味とは、先ほど語っていたデキスギくんにも負けないくらい異常なもの。
影が薄く存在感がない美影は、他者が自分を認識できないことをいいことに、他者の生活や周りの関係、秘密などを間近で盗み見て楽んでいる。
美影の趣味とは、『人間観察』というものだ。
他者から認識されないという異常な体質を持っているからこそできる、その異常なご趣味を美影は中学生の時から始めたと言っていた。
異常な体質の所為で生まれた歪んだ趣味。
もしもそんな体質がなければ、美影の趣味はどんなものになっていたのだろうか。
考えはしない。
考えても仕方がない。
俺にはどうでもいいことだ。
「優秀過ぎたデキスギくんの唯一の欠点ってところだな」
「そうですね。やはり、完璧なんてこの世にはないと言うことでしょうか?」
「そりゃあ、そうだろう。欠点のない人間なんていたら、化け物と一緒だろ」
「でも、見てみたくありませんか? 『完璧な人間』というのも」
「そんなの見てもつまんないだけだと思うぞ」
「どうしてですか?」
首を傾げる美影に、俺は呆れてしまう。
そんなの考えなくても分かるだろうに。
『完璧な人間』という名前だけに引っ張られてしまい、気づいていないようだ。
「欠点一つのない人間って、言えば外面のデキスギくんまんまってことだろ。想像してみろよ、何の欠点も隠し事もない、自分を解放することもないデキスギくん。……面白いか?」
「……」
視線を上向きにして、何の欠点もないデキスギくんを想像してみる美影。
そして、俺の言っていることが理解できたようで、呑み込み顔で頷いた。
「……確かに、これっぽっちも面白くありませんね」
「だろう。そんな奴の話だったら、五段階評価なんて一しかつけねぇよ。……というか、ヒトの欠点や秘密を知るのが『人間観察』の醍醐味だろ。原点を思い出せよ、原点を」
「うぅ、自分の趣味のことなのに情けないです……」
美影は悔しそうに頭を抱える。
彼女のそんな姿を見ながら、慰めるようなことはしない。
これからも面白おかしい話を提供して貰うために、ここは大いに反省してもらおう。
「それにしても、デキスギくんもなんとも危ない趣味に走ってしまったよな。バレたらお先真っ暗だろうに」
「そうなったら、簡単に今の立場を失って腫れ物のような扱いをされるんでしょうね」
「今のところ、その趣味を知ってるのはお前だけみたいだけどな」
「先輩も、ですよ。まあ、周りにバラしたところで、写真などなければ信じて貰えないでしょうが」
「そりゃあ、普段の姿からは絶対信じられないだろうよ。……まさか、盗撮してたり?」
「してません。なんで私がデキスギくんの破廉恥な姿を撮らないといけないんですか」
「でも、朝のジョギングとか、筋トレとかしてたってことは、立派な肉体だったんじゃないのか?」
「知りませんっ、そんなことはもう忘れました」
「本当かよ?」
「忘れましたっ!」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら、美影はそっぽを向く。
その反応を見て、しっかりと覚えてるんだろうなぁとは思いつつも、これ以上の指摘はやめておく。
あまり揶揄い過ぎすと、ヘソを曲げられてしまうからな。
「もう、いくら先輩でも怒りますよ。そんなに私を困らすのは楽しいですか?」
「めんごめんご。もうやらないって」
俺は全く反省した様子も見せないで、形だけの謝罪をしておく。
そして、言葉の端で「今日はな」と思ったことは呟かなかった。
だって後輩を困らせて楽しむのは、先輩の特権だし。
「それって
「……」
「先輩」
問い詰めるようにじっと見詰めてくる美影に対して、俺は無意識に視線を逸らす。
やっべー、ばれてーら。
感情の読みづらい顔と周りからよく言われる俺の思考を読み取るとは、勘の良い女である。
別に隠していたことが彼女にばれたからと言って、焦ることは何もない。
ただ、美影の指摘とジト目に対して、目を逸らしてしまったのは不味かった。
その所為で、図星ですと自ら吐露したような状況になってしまっている。
美影の指摘に対して、「そんなわけだいろう」と適当に答えて煙に巻いてしまえば、こんな状況にはなっていなかった。
無意識とは言え、失敗である。
ここは、彼女のご機嫌を取って誤魔化すことにしよう。
「アー、カワイイオンナノコニアツイシセンヲムケラレテ、ハズカシイナー」
「……」
やっば、めっちゃカタコトになってしまった。
さすがに、これで誤魔化し切るのは無理か。
自分の下手な演技に呆れつつ、諦めながら視線を美影の方に戻す。
すると、先程まであった射るような視線がなくなっており、いつのまにか顔を下に向けている美影。
どうしたのかと表情を確認したくても、長い髪で顔が隠れている所為でよく見えない。
下から覗き込むようにして、ようやく美影の顔を確認できた。
その顔は、
まるで、熟したリンゴのようになっていた。
そして、小さく呟いた声がかろうじて俺の耳に入ってくる。
「……か、かわいい」
ちょろいな、こいつ。
どうやら、あんなカタコトのご機嫌取りで誤魔化し切ることできたらしい。
これは今後も使えそうだな、と忘れないように頭のノートにメモしておく。
さてと、美影の熱暴走した頭が冷めるまで、何も言わずに待つとするか。
――数分後。
「……すみません。お待たせしました」
「……おう」
俺は顔を上げて、読んでいた本を閉じた。
美影の顔を確認すれば、先程まで赤かった顔はいつも通りの平常色に戻りかけている。
まだ少し赤みは残ってはいるが、そこは見えていないことにしておいてやろう。
「急に先輩が変なことを言うので、ビックリしちゃって頭がフリーズしちゃいましたよ」
「ああ、そう。それは、悪いことをしたな」
フリーズじゃなくて、オーバーヒートだと思うけど。
そう頭の中で思ったが、口には出さない。
わざわざ指摘することでもないしな。
俺は窓から見える日の傾き具合を見て、スマホで時間を確認する。
「それじゃあ、今日はそろそろお開きにするか。いい時間だしな」
「本当ですね。もうこんな時間ですか……」
美影も自分のスマホを取り出して、時間を確認する。
時間は、一六時五〇分。
日陰の間――もとい図書室が開いているのは一七時までなので、そろそろ退出しなければいけない時間だ。
「それじゃあ、今日はこれでお開きってことで」
俺が椅子から立ち上がって先に帰ろうとすると、「あっ、先輩」と美影が呼び止めてきた。
「ん?」
「……今日は、一緒に帰ってもいいですか?」
こちらの顔を伺うようにして、おそるおそると言った様子で聞いてくる美影。
そういえば、今まではどちらかが先に図書室を抜け出す形で解散していたので、一緒に帰ったことはなかったなと思い出す。
「別にいいけど、帰り道の方向って一緒だったっか?」
「はい、朝に先輩が登校しているのを見たことがあるので、途中までは一緒の筈です」
「そっか、それじゃあ一緒に帰るか」
「ありがとうございます!」
美影は嬉しそうに椅子から立ち上がる。
そうして、俺達は二人で図書室を後にした。
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