××男の一日(5)
「また出掛けるの?」
テレビの前を陣取って、画面を独占していたユウノが問いかけてくる。
もっとテレビの前から離れて見ないと目が悪くなるぞと注意したくなるような光景だが、ユウノにはもう縁のないことだ。
「ああ」
「いってらっしゃーい」
朝と変わらない見送りの言葉を受けながら、俺は部屋を出た。
夜の帳が下りた町。
明るく陽気な昼間とは一変し、暗く物静かな夜。
俺は昼間以上にカツン、カツンという音がやけに響くアパートの鉄骨階段を降りて道路に出た。
街灯に照らされて、ぼんやり暗く何処か危うい雰囲気を漂わせている道路。
実際、見通しが悪く人通りがほとんどない夜に出歩くというのは、危ういものだろう。
この町では
そんな穏やかでないこの町の夜を、俺は歩き廻る。
一人、ひっそりと、目的なく。
そんな夜廻りを日課とまではいかないが、ほぼ毎日行なっていた。
通常こんな時間に、学生が一人で歩いているところを警官などに見られれば、補導されること間違いなしだ。
そこのところは一応注意しているので、今まで補導されたことは一回もない。
今後もそれをキープするつもりだ。
まあ、警官のパトロールは通常パトカーで行われるため、遠目でもすぐ気付くことができる。
よっぽど注意力散漫になっていなければ、補導されることなんてないんだけど。
そんなことを考えていれば、前方からこちらに向かって歩いてくる人影が目に入ってくる。
約100m。
その人影が少しずつ近づいてくると、ガラガラガラとキャスター付きのバックを引く時のような音が聞こえてきた。
ガラガラガラという音は、物静かな夜によく響いている。
あと40秒。
俺と小さな人影の距離がある程度近づいてきたところで、そいつが自分の体半分ぐらいの大きな箱を押して運んでいるのが確認できた。
顔はまだ確認できず、相手が男か女かも分からない。
残り10歩。
そいつと俺が相対するまでの距離。
その相対する場所には、まるで用意されてたかのように街灯が設置されており、スポットライトのようにその場所を照らしていた。
俺とそいつが同時に街灯の光に照らされて、その顔が露わになる。
「……こんばんは」
「こんばんは」
頭の上でリボンを揺らす相手が挨拶をしてきたので返事を返し、同時に立ち止まったので俺も立ち止まる。
人影の正体は朝にも会った、『ゴミ拾い女』こと夢島チリノだった。
そしてチリノが持っている大きな箱は、人一人が入れそうなぐらいのサイズがあるキャスター付きのゴミ箱であった。
こんな時間にそんなものを持って、女の子が一人何をしているのか?
普通の人なら、そんな疑問が湧いて出てくるだろう。
だが、俺はチリノが今何をしているのか知っているため、そんな疑問も湧いてこない。
それは朝と変わらない、ただのゴミ拾い。
ただ朝とはまた違う、夜のゴミ拾い。
「今日も頼まれたのか? お前も大変だな」
「……もう慣れた」
「そうかい。そんで中身は?」
「……ある」
「……」
俺はチリノが持つゴミ箱を見ながら、その中に入っているだろうゴミを想像しようとして、止めておく。
想像しても意味がないし、どうでもいいことだ。
「ヘルプは?」
「……大丈夫」
「そうかい。じゃ、気をつけろよ」
「……うん」
そう言って俺は止めていた歩みを進め、チリノの横を通り過ぎようとする。
瞬間、俺にしか聞こえないぐらいの小さな声で彼女が呟いた。
「……つけられてるよ?」
「……」
俺は足を止めずに、そのまま歩き続ける。
少しすると後ろの方からガラガラガラという音が聞こえ出し、やがて消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます