ストーカー女のストーカー(5)◯学年のアイドル◯

◯学年のアイドル◯ Side:八切 キリヤ



 「おはよう」「オッハー」「はよー」「グッモーニング」


 学校に登校し、自分の教室まで到着するまで、色んな朝の挨拶があちらこちらから聞こえてくる。

 普段は気にも留めないそれらの挨拶だが、こうやって聞いてみると本当に色んな形があるのだなと思ってしまう。

 教室内はすでにクラスの半分以上の人数が見られ、それぞれ談笑談話や睡眠に読書と各々がSHRショートホームルームの時間まで自由に過ごしている。


「ハロハロー、ハローキィちゃん」


 席に着くと、馴れ馴れしく挨拶をしてくる男の声が聞こえてくる。

 そちらに顔を向ければ、カチューシャで前髪を上げた黒髪ヘアの男子生徒――若林わかばやし麟太郎りんたろうがひらひらと手を振りながらこちらに寄ってきていた。

 俺は、麟太郎に「ハロー」と挨拶を返す。


「相変わらずの暗い挨拶だねぇ。もっとハキハキ元気良く、声出して行こうよ」


「朝からそんな元気良く声出せねぇよ」


「朝だけじゃなくても、出せてないけど?」


「これが限界ってことだな」


「いや、まだだ。まだいける。キィちゃんならもっと頑張れる!」


「……いきなりなんなんだよ」


「いやぁ、キィちゃんを陰キャラから陽キャラに大変身させたいと思って」


「その第一歩が声の出し方だと?」


「その通りのおっしゃる通りー」


 楽しそうにパチパチパチと手を叩く麟太郎。

 相変わらず元気の良すぎる陽キャラである。

 いつもいつもよくそんな元気に過ごせるもんだと、感心もとい呆れてしまう。

 朝から何を食えばこんなに元気を出せるのだろうか。

 せっかくだし、聞いてみよう。

 

「声の出し方とかの前に、なんでお前はそんなに元気を出せるわけ。朝から何食えばそうなるんだよ?」


「俺の朝ごはん? 俺の朝ごはんは普通だよ。いつも変わらず N・T・K・G だね」


「N T K G ?」


納豆NたまごTかけKご飯G、だよ! 」


「……なーる」


 健康的な朝ごはんだ。

 俺の朝ごはんに比べれば、十分過ぎるほど元気が出そうな食事である。

 だけど、俺には無理だな。

 納豆は無理だ。


「なんの話してるの?」


「あっ、カズちゃん。ハロー」


「ハロー」


「ハロハロー!」


 これまた元気良く挨拶をしてきたのは、茶髪セミロングの男子生徒――相馬そうま一雄かずおが近寄ってきた。


「朝ごはんに何を食べたら元気が出るのかって話してたんだぁ。カズちゃんは、朝何食べてる?」


「俺はやっぱりコーンフレークだね。甘くて美味しい、ビタミン豊富の僕らのエネルギー!」


「えー、マジでぇ。朝に白米とお味噌汁は欠かせなくない?」


「白米もお味噌も甘くないじゃん。俺は甘いものが好きなんです」


「それでも日本人かよぉ」


「これでも日本人ですー」


「嘘だぁ!」


「マジでーす!」


 何故か一雄の朝ごはんにショックを受ける麟太郎。

 別に朝ごはんなんて、誰が何を食ってても自由だろうに。

 麟太郎はふぅーと一息つくと、やれやれと言った態度で「……仕方ないなぁ」と呟く。


「今からその甘さに毒された頭に、白米の良さってものを分からせてあげるよ。お覚悟しなさい」


「こっちこそ甘さこそ至高だということをそのハゲ散らかした頭に叩き込んでやる」


「誰がハゲだってっ! このちびっ子がぁ!!」


「誰がチビだ、コラッ!!」


「……」


 まさかの朝ごはんの話から、麟太郎と一雄の間で謎の喧嘩が勃発してしまった。

 拳を撃ち合うほど殺伐としていない、言い合いのようなものだが。

 白米の良さ、コーンフレークの良さ、お互いにお互いの朝ごはんの良さを熱く語り始める。

 両者の主張は平行線で、なかなか決着は付かない。

 ……数分が経ち、議論が一度止まった。

 ゼェハァゼェハァと、肩で息をしてしまっている二人。

 熱弁しすぎて、息切れを起こしてしまったようだ。


 朝から無駄にエネルギーを消費しているなぁ。


 外野から高みの見物を決め込んで、二人の疲れ果てた様子にそんなことを考えていると、示し合わせたかのように二つの顔がこちらを見てきた。

 そして、「「キィくん(八切)は、どっちが良いと思う??」」と聞いてくる。


 こっちに振るなよ、めんどくさい。


「どっちでも良くね」


「「良くない」」


 二人仲良く声を合わせて、俺の言葉を否定してくる。


「確かに、朝に何を食べるのもその人の自由。だけど」


「ひとたび、互いの主張に否が出てしまっては、白黒付けるまで議論を繰り返すのが我らの戦い」


「……なら、白黒付くまでお二人で充分に――」


「「しかーし!」」


「……」


「これだけの意見を交わし合っても、お互いの意見を理解し合えない状況では、第三者から白黒を付けてもらうしかない」


「キィくんは選ばれたのだ。この議論の決着を付けるジャッジマンに」


「これは名誉なことだ。それをしっかりと理解した上で、公正公平な判断を下すのだ」


「「さぁ、どっち??」」


「……」


 それだけ言葉を合わせられるほど仲が良いのなら、こんなくだらないことで言い合いになるなよ。


 二人の朝ごはんに対する謎の熱意と、言い合いをしていたはずなのに謎の息ぴったりさに、深いため息が止められない。

 こんな議論、心底どうでも良いし、どっちでも良い。

 いっそ、ここで「俺の朝ごはんは飲料ゼリーだから」と第三の意見でもぶつけてしまおうかとも考える。

 しかし、そんなことをすれば第三の意見として議論を始めなければいけなくなるか 、二人から「それはないわー」とか「考えられない」とか返されそうな気がする。

 どうでも良い議論なんかに参加する気は毛頭ないし、想像した反応を二人にされたら癪である。

 そのため、俺の朝ごはんを口にするはNGだ。

 まあ、きっかけは俺が朝ごはんの話題を出してしまったからというのもあるし、さっさとこの話題を終わらせてしまいたいので、ここは俺の一言で二人の意見に白黒を付けてしまおう。

 そう決めて、俺は黒になってしまう相手に心の中で謝っておきながら、口を開いた。


「……やっぱ、一雄の方だなぁ。俺も甘いの好きだし」


「嘘ぉーっ!」


「だよねぇー!」


 両手で頭を抱えて叫ぶ麟太郎と、両拳を握ってガッツポーズをする一雄。

 俺が飲んでる飲料ゼリーはバナナヨーグルト味だし、甘い方が好きなのも間違いではない。

 頼むから、ここで興味を持って俺の朝ごはんが何かなんてことは聞かないでくれよ。

 特に喜びに震えてしまっている一雄さん。

 そう静かに願っているが、座して待つのは間違いだと途中で気付く。

 ここは話が変わるのを待つのではなく、聞かれる前に自ら話を変えてしまおう。


「そもそも、なんで朝からそんなに元気が出せるんだよって話だっただろ。朝ごはんの話はもういいよ」


「そうだったけ?」


「そうだったの?」


 首を傾げるお二人さん。

 それ以上何かを言われる前に、俺は「そうだよ」と話しをゴリ押ししていく。


「なんか元気の源でもあんの?」


「元気の源ねー……」


 一雄が元気の源とは何かと考え出すと、麟太郎が彼の肩をぽんっと叩く。


「そんなの決まってるでしょ。なぁ、一雄」


 その麟太郎の言葉に、ぴーんと何かを察したような顔をする一雄。


「確かに。そうだねぇ」


「健全な男子ならぁ……」


「やっぱりー……」


 麟太郎と一雄が目を合わせて、何かを通じ合っているかのようにニヤリと笑う。

 何を通じ合っているのだろうかと答えを待っていると、「ひかりちゃーん」と呼ぶ女子生徒の声が聞こえてきた。

 その声に、二人はハッと反応して即座にそちらを振り向く。

 釣られるように、俺も二人が振り向いた場所に顔を向けた。

 そこには、開かれた教室のドア前に立つ、ゆるふわパーマに茶髪ヘアの女子生徒。

 その女子生徒に、教室内にいる生徒の視線が集まっていた。


「どうしたの、ひとみちゃん?」


「ちょっとねぇ、ひかりちゃんにお願いがあって」


 教室のドア前に立ち生徒の視線を集めた女子生徒――空乃ひとみは、名前を呼んだ黒髪ボブヘアの女子生徒に何か用があるようで、二人が会話を始める。

 特に珍しくもないその光景。

 しかし、未だに視線を逸らさない教室内の生徒達。

 主に男子は、心を奪われたかのようにうっとりとした顔をしてしまっていた。

 

「はぁー、朝からひとみちゃんの顔を見られるなんて、今日は朝から運がいいなぁ。相変わらずかわのいい」


「マジで。アイドル顔負けだよなー」


「そりゃあ、芸能事務所にスカウトされるぐらいだもん。そっち方面に踏み出したら一躍人気者の時の人だよ」


「なんでアイドルにならないんだろうな」


「あんまり興味ないんだってさ。もったいないようなぁ」


「でもそのおかげで、こうしてひとみちゃんを間近で眺められるんだよなー」


「そうだよなぁ。しかも眺めるだけじゃなくて、お友達として話しかけることもできるし」


「……ワンチャン、付き合えるかもしれないし」


「……うん」


 何を想像しているのか、鼻の下を伸ばして上の空な二人。

 よくそんなだらしない顔を恥ずかしげもなく、教室で晒せるものだ。

 自分の妄想で幸せそうな二人は放っておいて、俺はもう一度だけ目を向ける。

 

 人の目を一瞬で惹きつけてしまうほどの究極の容姿を持ち、学年のアイドル的存在である空乃ひとみ。

 この学校でその存在を知らない生徒はいないのではないかと思うほど、彼女の認知度は高い。

 その認知度は学校中だけでは留まらず隣町にまで広がっているらしく、空乃ひとみを見たい・会いたい・付き合いたいという人間が足を運びに来るほどらしい。

 そして、彼女に愛の告白をした数多くの人間は全員が全員、撃沈・轟沈・意気消沈して行っているみたいだ。

 中には諦めが悪く、それを繰り返している猛者もいるらしいけど。

 そんな奴らを相手取るのも大変なんだろうから、さっさと誰かとお付き合いしてしまい、それを周知させてしまえば歯止めが効きそうなものだが、未だ彼女にそのような存在がいないというのが事実。

 その事実故に、空乃ひとみに気がある人間の中でよく討論されることがある。

 空乃ひとみの心を射止めることができる相手というのは、いったいどんな人物なのだろうかと。

 彼女自身にどんな人がタイプなのかと聞いた人間は何人もいるそうだが、その答えはいつもはぐらかされるばかりだという。

 いったい、どんな人間であれば空乃ひとみとお付き合いできるのか。

 未だに、その結論は出ていない。

 ここまでの話しは、未だ上の空である麟太郎から聞いた話だ。

 

 用事が終わったのか会話していた二人が別れると、集中していた視線も霧散する。


「あぁ、可愛かったぁ」


「今日は最高の一日になりそうだぜー」


 目の前で上の空だった二人の意識も戻り、幸せの余韻に浸るように呟いている。

 そして、再び二人は目を合わると、何かを通じ合うかのように笑う。


「やっぱ俺たちの元気の源は――」


「空乃ひとみちゃんのような――」


「「かわいい女の子だよなぁ!!」」


 最後はお互いの意見がマッチして、肩を組み合い高笑いするバカ二人。

 そこで学校のチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきたので、朝の談笑は終わりを告げた。

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××男と異常女共 シイタ @Shiita_F

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