××男の一日(3)
目の前に、俺とチリノが通う学校が見えてきた。
何とか遅刻することなく、辿り着くことができそうである。
あとは校門まで横道もなく真っ直ぐに続くこの道を歩いていけば、五分も掛からない。
そこで俺はチリノに目配せをすると、彼女はその意図をちゃんと理解し、一人で歩き出した。
俺がチリノと一緒に登校するのは、いつもここまでだ。
ここからはお互い離れた位置を取って、校門まで歩いて行くようにしている。
なるべく他の生徒に俺達が一緒に登校しているところを見られないようにし、変な噂を立てられないようにする為だ。
まあ、すでにここまでの登校途中で遭遇してしまった何人かの生徒には見られてしまっているのだが、それは仕方がないと割り切っている。
今より早く起床して、他の生徒がほとんどいない時間帯で登校すればそういうのも減らせるかも知れないが、それでも絶対見られないという保証はない。
そこまでして、チリノと一緒に登校していることを隠すのも面倒である。
そこを妥協した所為で変な噂が立ったら、その時はその時だ。
俺はチリノが校門に向けて歩いて行く後ろ姿を眺めつつ、時間差で彼女の後を追うように歩き出した。
校門の前には先生が立っており、その校門を俺達と同じ制服を着た生徒達がくぐっている。
そんな生徒達の中、完全装備(軍手・黒いゴミ袋・トング)で登校してきたチリノは、同じように登校してきた他の生徒達から奇異の目を向けられるが、彼女は気にした様子もなく校門前にいる先生に朝の挨拶をして校門を潜って行く。
そんなチリノの変わった格好に、他の生徒と違って先生達は不思議がったりせず、他の生徒と同じように彼女に挨拶を返していた。
先生達はその格好の理由を知っているし、もう何度も見てきた光景だからである。
チリノは他の生徒とは違い校舎には入らず、ゴミ集積所がある所に向かって行った。
その後ろ姿を見届けて、俺は他の生徒と同じように校舎に入って行く。
すると、見知ったおさげヘアの女子生徒が下駄箱の前で上履きに履き替える姿を見つけた。
あちらも俺のことに気が付いたようで、目が合う。
その女子生徒は俺に軽く頭を下げて挨拶すると、その場から立ち去って行った。
立ち去って行く彼女を見て、俺は思い出す。
そういえば、今日は
放課後。
退屈な授業から解放された俺は、図書室に足を運んでいた。
ドアを開いて一歩中に入った瞬間、『静かに』という空気が襲ってくる。
慣れていない人だったら、少し息苦しく感じてしまい、思わずきゅっと口を引き締めてしまうような空気。
図書室の中はそんな空気に包まれおり、普段は聞き逃しそうな小さな物音を察知してしまうぐらい静かである。
俺は慣れているので、少しも息苦しく感じはしない。
むしろ、この空気を心地良く受け入れていた。
図書室の中に入った俺は、『今月のおすすめ』と書かれたPOP紙の前に並ぶ本を一冊手に取って、迷わず隅の方へ向かう。
そこにあるのは、一つの丸テーブルに一人掛けソファが二つ、グラウンドが見える窓際に置かれていた。
俺は一つのソファに腰掛けて、持ってきた本を開いて適当に読み始める。
しばらくすると、目の前にあるもう一つのソファに誰かが座り、「お待たせしました」と小さな声を掛けてきた。
俺は読んでいた本から視線を上げると、朝に目が合ったおさげヘアの女子生徒が目の前に座っていた。
「今日は教室の掃除当番でしたので、いつもより遅くなってしまいました」
「本読んで待ってたからな。全然問題ない」
「それならよかったです」
俺の言葉に少し安心した様子を見せる女子生徒。
この女子生徒の名前は、
俺より一個年下の後輩だ。
「今日はどんな本を読んでたんですか?」
「山荘を舞台にしたミステリー小説。登場人物が続々と出てきて、そろそろ誰か死ぬかなってところまで読んだとこ」
「物語の初めも初めですね。面白そうですか?」
「序盤すぎてまだなんとも言えないけど、面白いんじゃないか。『今月のおすすめ』って所に置いてあったし」
それに今までも、『今月のおすすめ』と書かれた場所に置かれた本を読んできたが、大きなハズレは無かったしな。
「そういえば、前読んでた本はどうだったんですか? 面白かったんですか?」
「前読んでたって言うと……、主人公がタイムリープで過去と未来を旅するSF小説だな。普通に面白かったぞ」
「五段評価するとどうですか?」
「……三だな」
「面白かったと言う割には低いですね。どうしてですか?」
「俺が特別好きな話じゃなかっただけだよ。お前の
「そうですね、確かにあります。……というか、今日用意してきたお話もちょうどそんな具合です」
「なら、そろそろ始めるか? いつもの『趣味語り』」
「そうですね。では、始めさせて頂きます」
美影はいつものように、自分の趣味を語り出した。
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