ストーカー女のストーカー(2)◯僕が関心を向けるもの◯
◯僕が関心を向けるもの◯ Side : ストーカー
ドアを開くと、からんからんと設置されていたベルが鳴り響く。
同時にコーヒーの深みある独特の芳香が、スゥーと鼻腔に広がってきた。
何度も入店したことで、この匂いにももう慣れてしまった。
そして、ほの暗い照明に照らされたレトロでノスタルジックなこの店内の雰囲気にも。
だが慣れたからと言って、飽きが来たりはしていない。
僕はこの喫茶店『たけあき亭』を気に入っていた。
「いらっしゃいませ」
女性の声がした方に目をやると、白いシャツに黒いエプロンを着飾った大学生ぐらいの女の子が笑顔を向けていた。
白と黒を基調としたその服はこの喫茶店で働く店員の制服だが、その女の子の顔に僕は見覚えがなかった。
何度も来ているだけあって、僕は『たけあき亭』で働く店員達の顔はほぼ覚えている。
おそらく、その大学生ぐらいの女の子は最近入ったバイトの子なのだろう。
僕はそう納得して軽く頭を下げ、自分がいつも座る場所が空いていることを確認し、その席に座る。
すると、先程の大学生ぐらいの女の子がこちらにやって来た。
「こちらお冷と今日のおすすめメニューになります。ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
「ホットコーヒーとホットサンドをお願いします」
僕はその大学生ぐらいの女の子が踵を返す前に、注文を告げる。
メニュー表も確認せずに注文する僕に少し驚いた顔を見せた女の子だったが、すぐに笑顔を見せ「かしこまりました」と言ってカウンターの方へ歩いて行った。
僕は鞄からタブレットを取り出すと、ネットアプリを開いて今日のニュースを読み始める。
注文したコーヒーとホットサンドが来て、僕はそれらを時折口にしながら、タブレットに映っているある記事に注目していた。
『神残し殺人事件』
最近この町を騒がせているこの事件は、妙なことに殺人事件と言われながらも、死体が見つかっていない。
ならばなぜ、殺人事件と呼ばれているのか。
それは、人が死んだと思わせるあるものが現場にあるからだ。
そのあるものとは、『血』だ。現場には血の跡や血だまりが残っており、その量は人が死ぬには十分なほど、大量らしい。
だがこれだけでも、殺人事件と呼ぶにはまだ不十分。
血だけでは人が死んだとは分からない。
死体という確実なものがなければ、人が殺されたとは断定できない。
それを裏付けるあることがこの事件にはある。それが、『神隠し』。
『血』の現場が発見された後、必ず行方不明者が現れるのだ。
『血』の現場に行方不明者、この二つの事件に繋がりがあると疑われ始めたのは、三つ目の『血』の現場が発見され、そのあとすぐに三人目の行方不明者が現れてから。
そして五人目の行方不明者が現れたところで、二つの事件はには繋がりがあると断定された。
決め手は『血』の現場に残された血と、行方不明になった者のDNAが一致したことによる。
その後、今まで現場にあった血と行方不明者のDNAを確認したところ、それぞれの『血』の現場が発見された時と同じ時期にいなくなった行方不明者のDNAが全て一致した。
これらの事柄により死体のないこの事件は殺人事件と呼ばれ、人が忽然と消えることから『神隠し』、合わせて血を残していくことから『神残し』と呼ばれるようになった。
今日の記事には七つ目の『血』の現場が発見されたと書かれているが、警察は未だに何の手がかりも掴めていない様子だ。
犯人は一体誰なのか?
男なのか女なのか?
単数犯なのか複数犯なのか?
行方不明者はどうなったのか?
何故血だけが残されているのか?
何故こんなことをするのか?
多くの疑問が出てくるこの物騒な事件は世間の注目する的であり、僕自身も新たなニュースが出れば確認したくなるぐらいの関心はあった。
だけど、事件の真相や犯人が誰なのか、行方不明者はどうなったのか、そんなことは今の僕にはどうでもよかった。
空になったカップを置いて、こっそりとある女の子に目を向ける。
その子は帰ったお客さんが残していった皿やカップを片付けて、テーブルを布巾で拭いていた。
彼女は僕の視線に気付いているだろうか、いないだろうか。
もし気付いているのなら、彼女は僕のことをどう思っているのだろうか、どう感じているのだろうか、どう見ているのだろうか。
そのウェーブのかかった長い髪に、くりっとした目、整った可愛らしい容姿は人の目を惹きつけ虜にさせる。
世間が注目するニュースも、過去にあった出来事も、飲み干したコーヒーの値段も、どうでもいい。
今、僕が一番に関心を向ける的は彼女だけだ。
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