ストーカー女のストーカー(11)◯映画館◯
◯映画館◯ Side:八切キリヤ
有象無象からの視線の集中放火を逃れて、映画館まで辿り着いた俺とひとみ。
歩けど歩けど新しい視線が襲ってくるのを鬱陶しいと感じていたところ、途中でひとみの帽子を深く被せて目元も見えづらい状態にしたのが功を奏したようだ。
映画館に来ても、俺達に――主にひとみに――視線が集中することがない。
加えて、映画館の薄暗い雰囲気のお陰で、顔がより見えづらいというのもあるかもしれない。
「やっと着いた」
映画館に来るまでで、結構疲れてしまった。
無意識に、ため息を吐いてしまう。
「あれ、もう疲れちゃったの?」
「誰の所為だと思ってるんだよ」
「えっ、私の所為だと思ってる? それは違うでしょ」
「じゃあ、誰の所為だと?」
「人のことを無闇やたらと見てくる、有象無象どもの所為だよね」
「……」
「今日の私が一段と
「……確かに、そうだな」
視線を向けられるのはお前の所為だろと言ってやりたかったのだが、ひとみの言葉に丸め込まれてしまった。
屁理屈を捏ねてきたら反論してやれたが、彼女の言う通りではある。
ひとみが悪いのではなく、遠慮なく視線を向けてくる有象無象が悪い。
どこかモヤモヤとしてスッキリしないが、飲み込むことにした。
「それにしても、相変わらず人目を引きすぎだろ」
「ひとみちゃんは、
「キャップとマスクで顔隠してる筈だろ。どうなってんだよ、マジで」
「隠しても隠しきれないんだよ、ひとみちゃんの
「……」
先程から、やけに
なんだか調子に乗っているようだ。
指摘するのも面倒なので、「ソウダナー」と適当に相槌を打っておく。
「さっさとチケット買って、中に入るか」
「そうだねぇ、そうしよう」
チケット購入の窓口に向かい、ひとみと二人で観ると決めた映画をどの座席で観るかを決めて、チケットを購入する。
映画の始まる時間も近いため座席もかなり埋まっていたが、なんとか後ろ側で隣同士に座れる場所を確保できた。
座席が意外と埋まっていたことに、ひとみが「意外にヒト入ってたねぇ。危なかった」と口にする。
別に隣同士で座れなかったら、別々に座って見ればいいんじゃないかと思ったが、「せっかく二人できたのに、別々で座ることになったら寂しいもんねぇ」との言葉に、余計なことは言わないでおいた。
危ない危ない。
「飲みもの買おうと思うけど、お前はどうする?」
「私も買うー。食べものは? ポップコーンとか買う?」
「どうせ映画見た後にスイーツ食べるんだろう。俺はいらない」
「なら私も飲みものだけでいいかなぁ」
映画館内にある売店でお互い好きな飲みものを買い、それを持って入場ゲートに向かった。
映画館のスタッフにチケットを渡し、チケットに書かれた番号のシアターに入って、自分達の選んだ座席に座る。
スマホで時間を確認すれば、映画が始まる時間まであと一〇分ぐらいだ。
「ねぇねぇ、キリヤくんってこの映画のどこに惹かれたの?」
隣の席に座ったひとみが問いかけてきた。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ。キリヤくんがこの映画決めた時に、私も聞かなかったしね」
「……」
ひとみにそう言われて、映画を決めた時のことを思い出す。
あの時に何の映画を見るかは、とりあえずひとみが観たい映画候補をいくつか出してもらい、そこから俺が選ぶという流れで決めた。
彼女が出した候補はジャンル別に、恋愛、アニメ、ミステリーの三つで、その中で俺はアニメとミステリーで悩みつつ、あらすじを聞いてミステリー映画を選んだ。
そして、何を見るかを決めた後は、すぐに何時の上映で観るのか、何処の映画館で見るのか、待ち合わせの場所をどうするのかなどを決めたりした。
そういえば、ミステリー映画を選んだ理由などは話していなかったなと思い出す。
「そういえば、そうだった。逆に、ひとみが選んだ理由は何だったんだ?」
「ミステリーものが好きだからだよ。誰が犯人なのか予想したりするのって面白いし」
「ふーん、ちなみに候補の中の何番目に観たかったやつ?」
「二番目」
「……一番目は?」
「アニメかな」
「……意外だな。お前のことだから、恋愛ものかと思った」
「中学までは好きだったんだけど、今は現実でも物語の中でも、
「ふーん」
「私の興味は、キリヤくんでいっぱいいっぱいなんだよ!」
「あーはいはい、そうですか」
キリッとした顔で謎アピールをしてくるひとみは、いつものように適当に流しておく。
そんな俺の態度にはもう慣れているようで、ひとみも特に気にもせず話を続ける。
「それで話を戻すんだけど、キリヤくんが選んだ理由って何だったの? 私みたいに犯人当てが好きだとか?」
「いや、違うけど」
「じゃあ何が理由だったの?」
「…………」
俺達が観ようと決めた映画のあらすじは――
主人公が昔住んでいたアパートの古びたエレベーターに乗ったことでタイムスリップが起こり、意識は大人のまま小学生に戻ってしまう。過去に戻ったことに困惑しつつ、出会ったのは小学生時代に死んだ筈のクラスメイトの女の子。未来に戻る方法を探りつつ、子供の時には知り得なかった事件の真相に迫る。
――というものだ。
あらすじにある『子供の頃には知り得なかった事件の真相』というのが物語の柱となる部分で、小学生となった身体でその真相に迫る主人公というのが醍醐味なのだと思う。
そこも面白そうだと思ったが、俺が一番気になったは別の場所だった。
「主人公がタイムスリップするってところが気になったからだな」
「タイムスリップものが好きってこと?」
「まあ、そう」
「なんで?」
「やっぱ、未知の現象だからな。普通に興味がある」
「タイムスリップしてみたいってこと?」
「できれば、タイムスリップじゃなくて、タイムトラベルがいいな。元の時間に戻れなかったら困るし」
ちなみに、俺達が今から見る映画の主人公のように、偶発的な事故で起こる時間跳躍がタイムスリップで、機械やシステムを使って任意で起こす時間跳躍がタイムトラベルだ。
タイムトラベルなら、機械やシステムが壊れない限りは元の時間に戻れるが、タイムスリップは偶発的な事故のため、起きてしまったら戻れる可能性が低い。
そのため、時間跳躍をするならタイムトラベルの方が良いに決まっている。
「キリヤくんとのタイムトラベルならしてみたいかも」
「なんでお前も付いてくるつもりなんだよ」
「子供の頃のキリヤくんとか見てみたいなぁ」
「見せるわけないだろうが」
「…………うわぁ、理性を保てる自信がないよぉ」
「何勝手に想像してんだ」
「きゃあー、ちゅっちゅっしちゃう」
「おい、ふざけんなっ」
「きゃん ♪ 」
ひとみの頭を小突いて、ふざけた妄想をやめさせる。
妄想の中でとはいえ、目の前で好き勝手されるのは御免だ。
もし子供の頃にこんな危険な女と遭遇したら、『にげる』選択待ったなしだろう。
『たたかう』なんて無謀な選択肢は、選ぶ余地なしである。
それか『どうぐ』の中に防犯ブザーでもあれば、それを選んでも良いかもしれない。
……選ぶ余裕があればだけど。
兎にも角にも、目の前の――妄想の中の――子供の俺を救えたことには一安心だ。
そう思っていたところで、俺が小突いた拍子にズレた帽子を整えているひとみがボソリと恐ろしいことを呟く。
「続きはお家でっと」
「!?」
そこまでは、もうどうすることもできない。
こいつの家に凸って、止めるわけにもいかない。
やめろと忠告したところで、こいつはきっとやめないだろう。
上手く逃げ延びてくれ。
ひとみの妄想の中の子供の俺へ、心の中でエールを送っておく。
俺にできるのは、もうそれぐらいだった。
すると、ブーという映画が始まることを知らせるブザーが鳴り響き、照明がゆっくりと消えて行く。
映画の始まる合図に俺もひとみも口を閉ざし、目の前のスクリーンに視線を移した。
暗くなった空間で、スクリーンが明るく照らされる。
開演だ。
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