ストーカー女のストーカー(10)◯待ち合わせ◯

◯待ち合わせ◯ Side:八切キリヤ


 ひとみとの約束の土曜日。

 俺は待ち合わせの場所に、五分前で着くように向かっていた。

 ちょうど良い時間に着く電車に乗って、目的の駅に到着する。

 俺と同じようにこの駅を目的とした乗客が電車から降りていくが、その数は多いこと多いこと。

 着いた駅付近はある程度栄えているために、ここで降りる人が多いみたいである。

 その降りて行く人の波に任せて、俺も駅の出入り口まで進んで行く。

 そして、改札を通り駅の出入り口前に着いたところで、通行人の邪魔にならないように壁際まで寄って立ち止まった。


 決めていた待ち合わせ場所は、駅の出入り口前。

 つまり、今いるこの場所だ。

 時間も予定通り、待ち合わせの五分前。

 あいつなら待ち合わせの時間より早く待っているだろうと思い、俺はひとみがいないか周囲を見渡して探してみる。

 何かしらのオブジェクトやポスターなどの目印になるものがあれば、その付近を明確な待ち合わせとして使えたんだが、残念ながらここにそのようなものは置かれていない。

 そのため、待ち合わせ場所は駅の出入り口前といった漠然とした感じでしか決めておらず、着いたら何処にいるのかを探さなければならないのだが、人が多くて難儀する。

 壁際に背中を任せて一人立ちスマホをしている人、ベンチに座って友人同士で楽しくお喋りしている人、何かを探すように周囲をキョロキョロと見回す人。

 いろんな人がいるのだが、そんな中からひとみの姿を見つけることが全然できない。

 そうやって探している内に待ち合わせの時間にもなったので、俺はスマホを取り出して『LINK』というチャットアプリを開き、ひとみに連絡を取ろうとする。

 

 すると、トントンと右肩を叩かれた。

 反射的にそちらを振り向こうとして、右頬に何かが当たる。

 そして、「やーい、引っかかったぁ ♪ 」と嬉しそうな声が聞こえてきた。

 どうやら、肩トントンから頬をつつくという悪戯に引っかかってしまったようだ。


「普通に声掛けろよ、ひとみ」


「それだと面白くないでしょ。キリヤくん」


 ひとみが指を退けたので、俺は声のする方に振り向いた。


「お待たせ、待った?」


「ちょー待った」


「ふふっ、う・そ・つ・き。いま来たばっかりなんだから、『今来たところ』っていうテンプレ台詞を言ってくれてもいいんだよ」


「言わねぇよ。ていうか、見てたのかよ」


「うん、ちょー見てた」


 俺の言葉を真似て、とても楽しそうに言うひとみ。

 いつもより声のトーンが少し高いところから、ひとみのテンションが高いことが窺える。


「よく俺って分かったな。こんな人混みが多い中で」


「それは分かるよぉ、キリヤくんのことだもん。『キリヤくんを探せ!』のゲームがあったら、負ける気がしないね」


「あっそ」


 そんなゲームがあっても、参加するのはお前ぐらいだろ。

 

「それにしてもキリヤくんの私服姿、いつもと違っておしゃれだよねぇ。いつも以上にカッコいいよ」


 上から下へ下から上へを繰り返し、俺の姿を舐めるように見て、そう述べるひとみ。

 今日の俺の服装は、黒キャップ×黒マスク×白パーカー× 黒コーチジャケット×黒パンツ×白スニーカーと、黒と白で統一したコーデだ。

 ちなみに、黒キャップと黒マスクについては、周りから顔を隠すために付けている。

 目をキラキラさせながら、まじまじと俺の服装を見ていたひとみは、いきなりパシャリとスマホを使って写真を撮ってきた。


「おい」


「――はっ、無意識に」


 パシャリ


「止めろ」


「ごめんねキリヤくん。指が勝手に」


 パシャリ


「……」


 パシャリ


「あぁ……」


 俺は注意しても一向に手を止めないひとみからスマホを取り上げて、盗撮を強制的にやめさせる。

 ひとみはスマホを取り上げられて残念そうな顔を見せるが、すぐに取り繕うように「こほん」と咳払いをした。


「ちなみに、私の服はかわいいかなぁ?」


 自分の服を見せ付けるように身体を動かし、期待の眼差しを向けてひとみは問いかけてくる。

 彼女の今日の服装は、白キャップ×白マスク×白トップス×ベージュワイドパンツ×青スニーカーに、青デニムジャケットをラフに肩がけした、いわゆるこなれ感のあるコーデだ。

 昼休みの屋上で言いつけておいたことを守って、白キャップと白マスクでちゃんと顔を隠している。

 ただ、そうして顔を隠しても、目の前の俺以外からひとみに向けられる視線というのはゼロにはならないようだ。

 俺達の近くを通り過ぎて行く何人もの人が、ちらりちらりと彼女に視線を向けくる。


 もう、ひとみに向けられる視線を完全になくそうと思ったら、キャップとマスクに加えてサングラスまで付けないといけないのかもしれない。

 それか、顔を完全に覆い隠せるような被るマスクでも付けるかだ。

 その状態を頭の中で想像してみて、安易な発想だったと気付く。

 顔を完全に覆い隠せるような被るマスクなんて付けたら、逆に目立ってしまい視線が集まってしまいそうである。

 そんなのを付けても目立たないのは、ハロウィンの日に仮装した人が増える時ぐらいだろう。

 やはり、今の状態から付け加えるならサングラスが現実的だと一人結論付ける。

 まあ、向けられる視線が近くを通り過ぎて行く人ぐらいで済んでいるのだから、キャップとマスクだけでもちゃんと効果は出ているようだ。

 あの時、顔を隠すよう忘れず言いつけておいたのは、正解だったということである。


 話しが脱線してしまったので、ひとみの問いかけてきた件に戻ろうと思う。

 今日の服装について、だったか。

 俺はいま一度、ひとみの服装に目を向けた。

 今日の服装が彼女に似合う似合わないかの話で言えば、普通に似合っていると言える。

 なので、「普通に似合ってるぞ」と返しておいた。

 それを聞いて、ひとみは残念そうな顔をする。


「できれば、カタコトでもいいから『かわいい』って言ってくれると嬉しかったんだけど」


「カタコトでいいのかよ」


「カタコトでもいいんだよ」


「……」


 気持ちの入っていない褒め言葉で、何が嬉しいんだか。


 俺は呆れながらひとみを見ていると、あることに気付く。

 偶然かもしれないことだが、一応の確認のために俺は彼女に問いかけた。


「美影に嫉妬でもしたのか?」


「……あはは、バレちゃった」

 

 ひとみの答えに俺は一度ため息を吐いてから、口を開く。


「あんな上辺だけの言葉に嫉妬すんなよ」


「上辺だけでも『かわいい』って言われたいの。特に今日は」


「それぐらい言われ慣れてるだろ」


「そこら辺の有象無象にはねぇ」


「ならいいだろ。映画の時間も近づいてきてるし、もう行くぞ」


「……はーい」


 俺が先に歩き出すと、ひとみも隣に立って付いてくる。

 横目で彼女の様子を確認すると、「ちぇー」と不満そうな声を漏らしていた。


「……」


 別にスルーしてもいいのだが、このまま不満を持たれたまま今日を一緒に過ごすと言うのもどうなのだろうか。

 ひとみの様子を見て、そんなことを思い始める。


 せっかくの暇な休日の退屈凌ぎ、自分も相手も楽しめなければ損というもの。

 初っ端から雰囲気を落としてしまうのも、よくないのかもしれない。

 上辺だけの言葉でいいのなら、言ってしまった方が楽だろうか。

 だが、すでに俺から切り上げてしまった話だ。

 今から言ったところで、どうなのだろう。

 ………………。


 そんなことをつらつらと考えた末に、答えを出す。

 ただの言葉一つ、気は進まないが……。


「仕方ないか」


「何か言った?」


「別に。……スマホ返すけど、勝手に撮るなよ」


「はーい」


 反省の色が見られない空返事で、ひとみは手を差し出して自分のスマホを受け取ろうとする。

 なんの注意も払っていない油断した彼女に、俺は顔を近づけた。

 「えっ」と驚いた声を無視して、耳元で囁く。


「――――――」


「……………っっっ!?」


 声にならない声というものが聞こえた気がした。

 耳元から離れて、ひとみの顔を確認する。

 マスクでほとんど見えないが、目元と耳の様子から顔が赤くなっていることが分かった。

 どっかの誰かさんと同じように、マスクの下はリンゴのように真っ赤っ赤になっているのかもしれない。

 ただ、そのどっかの誰かさんとは違って熱暴走までは起こさず、惚けたような目は一瞬で歓喜の目に切り替り、俺の片腕に抱き付いてくる。


「……調子のんな」


「ふふっ、だってぇ〜」


 嬉しそうに俺の腕に抱きつきながら、無邪気な声を漏らすひとみ。

 マスクで隠れていない目元だけでも、彼女が満面の笑みを見せているのが伝わるってくる。

 不満が解消されたのなら、とりあえずは良かったか。


 ――途端に、ゾクゾクと冷たいものが背筋に走った。


 何かが不味いと、身体が警報を鳴らしている。

 いったい、何が不味いのか。

 その原因を考える前に、俺は答えを思い知る。

 先程から、ちらほらとしかなかったひとみへの視線が急増したのだ。

 彼女の見えない満面の笑顔に反応したのか、釘付けになるように視線を向けてくる有象無象ども。

 そして、彼女に向けられる視線から流れ弾のごとく、隣にいる俺にも視線が突き刺さる。

 まるで、視線の集中砲火だ。

 急な事態に、「嘘だろ」と心の中で驚きの声を漏らす。

 マスクと帽子を身に付けて、顔が隠れるようにしておいて良かったと心底思いながら、さらに顔が隠れるように帽子を深く被り直す。


「さっさと行くぞ」


「はーい ♪ 」


 元気な返事を返すひとみを連れて、その場から逃げるように俺は映画館まで向かうことになった。

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