××男の一日(4)
俺は時たまに、こうして放課後の図書室で美影と会っては、彼女の『趣味語り』を聞いている。
美影の趣味は変わっていて、人に言えるようなものでもなく、世間一般的に推奨されるようなものでもない。
彼女の趣味を初めて聞いた時は、こんな人畜無害そうな女の子
そんな美影の異常な趣味をそこそこ面白がって聞いてしまっている俺という存在も、この世の終わりに拍車を掛けてしまっているんだろうけど……。
美影の『趣味語り』が終わった。
初めに彼女が言ってた通り、今回の『趣味語り』はそこまで面白いと言えるもではなかった。
五段階評価で言えば、二と言ったところである。
そう思っていると、ちょうど美影に「どうでしたか?」と感想を聞かれたので、正直にその評価で伝えれば、「ですよねー」と彼女は苦笑いしていた。
「次回に期待だな」
「はい。次は先輩にも面白いと思って頂けるように頑張りますね」
「ああ、頑張ってくれ」
俺は適当に返しながら、スマホを取り出して時間を確認する。
まだ帰るには少し早い時間帯だ。
「もう、帰るお時間ですか?」
寂しげな雰囲気が漂わせて、美影はこちらを窺うようにそう聞いてくる。
そんな彼女の気持ちを俺は簡単に察する。
「いや、まだだな」
「それなら、もう少し私とお喋りに付き合って頂いてもいいですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
俺の答えに美影は嬉しそうに感謝を述べ、早速と言った感じで質問してきた。
「先輩の生き甲斐ってなんですか?」
またいきなりな質問だな。
そう思い、なんでそんな質問をするのか聞いてみる。
「先輩の死人のような目を見てると、この人は何を生き甲斐にして生きてるのかなと気になったもので」
「死人のような目で悪かったな。生まれつきなんだよ」
「そうなると、生まれた先輩を見た親御さんはさぞかし心配したでしょうね。生まれた瞬間に、死んでると勘違いしたんじゃないですか?」
「知るかよ。聞いたことないし、自分が生まれた瞬間なんて興味ないしな」
「あまり可愛げないのない赤ちゃんだったんでしょうね」
「だから知るかっての」
何かを想像して、くすくすと笑う美影。
彼女が想像した何かについては考えないようにし、話を戻すことにする。
「それより、俺の生き甲斐についてだろ。生き甲斐……生き甲斐ねぇ……」
自分の生き甲斐というものを考えてみるが、特に思いつかない。
生き甲斐なんてなくても、別に不満はないしな。
「ないな」
「ないんですか?」
「ああ、ない」
「なら、探してみたらどうですか? 生きがいがあれば先輩のその死人のような目も、辛うじで死ぬ寸前の目になるかもしれませんよ」
それでも生きた目にはならないんだな。
「死人のような目をしてても、生き甲斐なんかなくても俺は至って健康体だ。お前と違って、ちゃんと
俺の言葉に美影はムッとした顔をする。
「嫌みはやめて下さい」
「言い出しっぺはお前だろ」
「先輩は後輩に優しくするものだと思います」
「十分優しいだろ。こうやってお喋りに付き合ってやってるんだからな」
「――あれれ、何やってんのこんなところで?」
ムッとした顔を深くする美影を眺めていると、そこに割り込むように横から声が掛けられる。
そちらを振り向けば、カチューシャで前髪を上げた黒髪ヘアの男子生徒――
「図書室でやることと言ったら、読書か勉強しかないだろ」
俺は自分の手にある本を見せつけるように、目の高さまで掲げた。
「麟太郎こそ何やってんだよ。図書室とは縁の遠い人間だろ」
「いやー、昨日見た漫画で文学少女もいいなと思って。ちょっと探しに」
「お前巨乳好きじゃなかったけ?」
「もちろん文学
麟太郎は恥ずかしげもなく言い切る。
その右手のグッドサインと、歯をキラリとさせるのをやめてほしい。
「それで、見つかったのか?」
「残念賞。見つかったのは図書室の隅で
ガッカリというため息を麟太郎が吐く。
すると何故か俺のことをもう一度見て、次は首を振って先程よりも深いため息を吐いた。
そのあからさまな態度にイラっとしてしまう。
残念賞で悪かったな。
「俺は福引きの白玉賞品かよ」
「ポケットティッシュの方が需要がありそうだけどねー」
「……クラスメイトをポケットティッシュよりも下扱いする人間ってどうなんだよ」
「ならポケットティッシュよりも扱いが上になるように、努力しないとね。ジュースを奢ったり、課題を見せてあげたりして、好感度を上げるべきだね」
「なんで俺がお前の好感度を上げないといけないんだよ……」
「数少ないの級友は大事にし方がいいと思うよ。ただでさえ目付けが悪い所為で、友達少ないんだし」
「……」
こいつとの付き合いは、一度改めた方がいいかもしれない。
内心でそんなことを考えてると、くすりと今までだんまりだった奴が笑った。
「――嫌みですね」
「ん? なんか言った?」
「……なんも」
麟太郎が一人不思議がっている中、一人はくすくすと遠慮がちに笑っている。
麟太郎はすぐそこで笑っている美影がいることに気付いていない。
そして、彼女は気付かれていないことに動じていない。
気付かれないことが、彼女にとって普通で当たり前だから。
影が薄い、存在感がない、認識できない。
そんなこいつを俺はこう呼ぶ、『影女』と。
逆に気付かれたならば美影は激しく動じるだろう。
あの時の様に――
「んー、まあいいや。んじゃ、文学巨乳少女は見つかんなかったし、俺は新たな巨乳美少女を探しに行くけど、一緒にどう?」
「興味ねぇよ。女のケツを追いかけたいなら一人でやってくれ」
「いつもいつもつれないなー。じゃあまたねー」
麟太郎が手を振って去っていくのを見送った後、俺はスマホで時間を確認した。
帰るには、丁度いい時間帯だ。
「そろそろ帰るわ」
「そうですか。今日持ってきた話は不評でしたけど、また用意して置きますので楽しみにしていて下さいね、先輩」
次会うときにする話を心待ちにするかのように、美影は笑顔で答える。
『影女』である彼女にとって、俺と会うことは誰かと会話できるという数少ない機会だ。
しかし、美影がそれだけを楽しみにしているわけではないと、俺は知っている。
「……俺にはするなよ」
「もちろん。先輩には嫌われたくないので」
そう言って別れる間際に、俺は美影の肩から下の部分を彼女にバレないようちらりと確認する。
そして、先ほど俺のことをポケットティッシュよりも下扱いした男に向けて、ざまあみろという言葉を密かに送る。
もしも目の前の彼女を麟太郎が認識でき、見つけることができていたならば、こう思っただろう。
『特賞だっ!』と。
「じゃあな、美影」
俺は図書室を後にし、帰途についた。
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